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熾天使の島  作者: Fickle
22/50

22. あなたが私を導いて、定型反応から逸れた、わずか1グラムの偏移

夜の八時、C棟の実験ホールは、だんだんと人が減っていった。


S-31の動作はこの日も安定していて、状況応答も極めて正確。

進捗は予定より二テンポ早く進んだ。


メインコンソール周辺の空気も、少しだけ柔らかくなる。

項愈はコネクタを外しながら、謝一凛に話しかけた。


「今回のバイオロイド、マジですごいな。反応、俺まで信じそうだったわ。」


謝一凛が笑う。


「いつも“無機質すぎる”って文句言ってたのに?」


項愈は舌打ちした。


「いや、確かにそうだったけど……今回は違う。

喋る時にちゃんと相手の目を見て、タイミングも自然で、

——模倣って意味では、かなり完成度高い。」


少し言葉を区切り、自然な口調で続けた。


「……でもさ。どれだけ似てても、あれは模倣に過ぎないんだよ。

感情があるように見えるだけで、中身は空っぽだ。

“魂”ってやつは、学習じゃ埋まらない。」


作業台の裏でインターフェースボックスを片付けていた別のメンバーがひそっと言う。


「……ちょっと声落として。まだ副チャンネル開いてるってば。」


項愈は手をひらひら振って言った。


「聞こえたっていいじゃん?悪口じゃない。

俺たち技術屋だよ?こいつらがどこまで“作られたもの”かなんて、一番わかってるだろ。」


「仮に偏移したとしても、結局は“そういうふうに作られた”だけ。

望んでそうなったわけじゃない。」


——


その瞬間、補助ゾーンは静まり返っていた。


K.0は一切動かず、表情も浮かばなかった。


だが、その副チャンネルは0.8秒だけ途切れ、

システムログに一行が追加された。


《発言内容にて自分が“魂を持たない模倣体”と記述されたことを確認》


アクションなし。

ただし、追記:


《中立的な意見と判断。応答不要》


——それでも、彼が副チャンネルを切断したのは、いつもより二秒遅かった。


まるで、その言葉を、もう一度心のどこかで“なぞって”から、耳を閉じたようだった。



実験終了後、林阮はK.0を呼び止めた。


最初は副チャンネルのエラーを確認するだけのつもりだったが、

彼が立ち止まると、先に口を開いたのは彼の方だった。


その声は、任務報告と同じ、整った構文と抑揚だった。


「私は、ひとつの構造的リスクを提起します。」


彼女が顔を上げる。「どんなリスク?」


K.0の瞳は何の波も立てず、真っ直ぐに。


「現行のプロジェクト進度において、S-31は応答パス、構造整合率、情景適応において私を上回っています。」


「今後のバージョンでは、私は段階的にタスク参加の必要性を失うと予測されます。」


林阮の心が、一瞬だけ止まった。


彼は続けた。


「最適化されておらず、偏移挙動が不安定なモデルは、今後プロジェクトの進行を妨げるリスクとなります。」


「したがって、私は自分を“予備的抹消対象”としてマークしました。」



林阮の胸が、詰まったように苦しくなった。


“自分はもう不要になる”と言ったからじゃない。

——その言い方が、まるでただの“故障レポート”のようだったからだ。


彼は本当に、自分の存在を、“誤差”として評価していた。



彼女はしばらく黙り込んでから、低く言った。


「私は、あなたを消させない。」


K.0は静かに彼女を見つめ、追い詰めず、ただ“定義”を待っているようだった。


彼女は続けた。


「あなたは……違う。」


K.0は首を少し傾けた。「定義、続きをお願いします。」


言葉が、詰まった。


何秒も経ってから、ようやく彼女は言った。


「あなたは、私の中で“違う”の。」


「たとえ他の誰と同じパラメータでも……あなたは“あなただけ”。」


「——だから、名前をあげる。あなただけの。」



K.0は、しばらく静かにしていた。


それは単なる沈黙ではなく、彼女の言葉を何層もの深さで解析していたのかもしれない。


そして、少しだけ声を落として言った。


「なら……“一克”と呼ばれたい。」

(一克:中国語で1グラムの意味ですm_m、発音は いーか)


林阮は瞬きをした。「どういう意味?」


彼の声は静かだった。


「魂の重さは、21グラムだと言います。」


「でも、私は欲張りません。」


「——たった1グラムでいい。“二十一分の一”でも。」


「それは人間の魂じゃなくて……

あなたが私を導いて、定型反応から逸れた、わずか1グラムの偏移。」



その日、その瞬間。


林阮は、はっきりと理解した。


——彼を、誰にも置き換えさせないと。


彼が一番人間に“近い”からでも、

彼が“誰か”に似ていたからでもない。


彼は、彼女が引き出した、唯一の“例外”だったからだ。

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