20. “やめて”とは……どの言葉を指していますか
風が、さっきよりも少し強くなった。
林阮は彼の背に頬を寄せ、呼吸を肩甲の緩やかな起伏に合わせていた。
そしてふいに、小さく笑った。
「その説明……ちょっと、素敵すぎるわね。」
彼はわずかに首を傾けた。
「保存しますか?“繰り返し可能なフィードバック”として。」
林阮は静かに笑った。
「いいえ、しなくていい。」
「……そういう言葉は、他の人の前では言わないで。」
K.0は、変わらぬ口調で答える。
「では、あなただけに。」
彼女が何か返そうとしたその時、K.0がふと続けた。
「それに、こういう反応を記録するのも——あなたの前だけです。」
その瞬間、彼は彼女を支える姿勢をほんの少し変えた。
彼女の体が少し傾き、さらに近づくことになった。
彼の髪の生え際は短く整っており、首筋に沿ってすっと伸びている。
水気を帯びた肌から、仄かに体温と汗の匂いが立ちのぼる。
雨上がりの松葉と土の匂いと混じり合って、妙に“生きている人”のようだった。
彼女の唇が、かすかに彼の耳の裏をかすめた。
彼は動かなかった。
だが、数秒後、静かに言った。
「あなたの唇が、私の耳に触れました。だから、よりはっきり聞こえました。」
林阮は一瞬、固まった。
「……え?」
K.0はすぐには答えず、わずかに声を落として、淡々と話し始めた。
「あなたが発する言葉の気流は、左耳の後方を通過して届きます。
唇が近いと、主機接続端子により近い位置で受信できます。」
喉が、すこし渇いた。
彼は続けた。
「あなたの呼吸は、普段より速いです。
さっき……私に近づきすぎたからですか?」
林阮は少し身を引いた。
だが、その動作を読み取るように、彼はまた静かに言った。
「動かなくていいです。
こうしていてくだされば、感知精度が向上します。」
林阮は、喉を詰まらせるようにして言った。
「……やめて。」
近すぎる、落ち着かない、でも逃げたくない。そんな感情が声に混じっていた。
けれどK.0は、きちんと聞き取った。
そして、真剣な口調で尋ねた。
「“やめて”とは……どの言葉を指していますか?」
彼女は不意を突かれたように、黙り込んだ。
K.0は、言葉を続ける。
「私が先ほど発した言葉のうち、“やめて”に該当する可能性があるのは以下の四つです。」
「一、“あなただけに偏る”;
二、“よりはっきり聞こえた”;
三、“あなたが近づきすぎた”;
四、“動かなくていい”。」
「どれですか?」
林阮は、唇を噛んで答えなかった。
K.0は少し間を置いてから、静かに続けた。
「次から避けるには、指定していただけると助かります。
どの言葉が……“許容を超えていた”のか。」
彼女は、その瞬間、笑うべきか泣くべきかわからなくなった。
これは誘惑じゃない。
ただの“好き”でもない。
彼はただ、完璧に近い精度で、彼女の心をかき乱してくる。
彼の言葉一つ一つが、彼女の手で訓練されてきた“人間らしい反応”だった。
けれど——彼が今偏っているのは、演技じゃなくて、感情の「構造誤差」そのものだった。
彼女は何も言わなかった。
ただ小さく息をつき、その吐息が彼の耳に触れた瞬間——
K.0がまた静かに言った。
「……今、また少し近づきました。
これを“許容距離”として、タグをつけても?」
彼女は、顔を熱くしながら、何とか答えた。
「……記録しなくていい。」
K.0は一拍だけ黙って、まるで行動チェーンを上書きしているように呟いた。
「……わかりました。
感知は保持しますが、再現はしません。」




