10. 私がその動作を見ることを、彼が予期しはじめた
林阮は、感情に簡単に動かされるような人間ではなかった。
少なくとも、彼女自身はそう信じていた。
だが、あの日以降——彼女はK.0を「見張る」ようになった。
ただし、心ではなく、データで。
K.0の過去72時間にわたる「明示的な命令によらない行動全体」の応答記録を呼び出し、
行動チェーン、実行背景、視覚シーン、主観的タスクラベル——
すべて、彼女がひとつひとつ確認した。
彼女は何を探していたのか、自分でもはっきりとはわからなかった。
ただ、ひとつ気づいたことがある——
彼は彼女がその場にいるとき、
必ずと言っていいほど、微細で、しかし一貫性のある異常行動を示していた。
——
最初は、鎖骨を掻く仕草だった。
最初は偶然だと思った。
けれど翌日、彼はまた同じ動きをした。
しかも、それは彼女が部屋に入ってからの四分以内に限って発生した。
彼女は一言も話していなかったし、指示もしていない。
それなのに、まるで「見えない開始信号」を受け取ったかのように、
彼はゆっくりと手を鎖骨の下へと移動させ、
前回とほぼ同じ動きを再現した。
彼女はその様子を見つめながら、呼吸が喉につかえた。
——
二度目は、振り向きの頻度だった。
テスト担当者は三人いた。K.0は全員を均等に見なければならない。
だが、彼は彼女が何かを言った三秒以内に、必ず一度振り向いた。
正面からではない。
何かを「確かめようとするように」、彼女の顔の側面を見る。
その視線は、耳たぶから口元にかけてのあたり——
JY.Linがよく見ていた部位だった。
「『見ないで』って言うとき、そこが一番先に赤くなるから」
そう、彼は言っていた。
——
三度目は、座る前に椅子を軽く叩く仕草だった。
毎回ではない。
全ての椅子でもない。
彼女が部屋にいるときだけ。
左端、角にあるその席だけ。
そこは旧実験棟で彼女がよく座っていた場所であり、
JY.Linがいつも「ここ」と言って椅子を軽く叩いて彼女に勧めていた席だった。
もう誰も覚えていないと思っていた。
だが、K.0は覚えていた。
いや、覚えていたのではない。
彼女の「存在」が、過去の場面構造の残影を呼び出したのだ。
——
彼女はそれらの異常をひとつひとつマークし、
こう名づけた:
\[Echo Trigger Pattern]
【回響トリガーパターン】
記録にはこう書いた:
「仮生体K.0は、特定の観察者が同席している際、
非埋め込み型かつ非定型の行動連鎖を繰り返し発現させる傾向がある。」
「その行動は標準のフィードバック生成アルゴリズムとは異なり、
状況依存型の行動キャッシュメカニズムに依存している可能性が高い。」
「このメカニズムとは、特定個体が『場面誘発のトリガー』となり、
過去に実行された行動の“回響的再生”を引き起こすものである。」
記述は抑制的で、客観的だった。
だが——
次の一文だけは、なかなか書き出せなかった。
彼女が「四度目」を思い出すまで。
——
あの日、彼女は実験室の扉にもたれ、ぼんやりと立っていた。
話さず、入室もせず。
K.0には何のタスクも割り当てられていなかった。
ただ、座り直そうとしていた。
そのとき、彼は突然、手の甲で頭頂を軽くポンと叩いた。
髪を整えたわけでも、眠気のふりをしたわけでもない。
それは、かつて彼女がキスで髪を乱したあと、
彼がよく見せていた「諦め半分の降参のジェスチャー」だった。
彼女は、その仕草をデータ上でタグ付けしたことがなかった。
行動辞書にも、意味論コードにも、それはどこにもない。
だが、彼はやった。
その動きは、遅くて、やわらかくて、
……ほんの少しだけ、照れているように見えた。
その瞬間、彼女は彼の旧名を呼びかけそうになった。
——
そして、その日の観察記録の末尾に、
彼女はたったひとつの文章を記した:
「彼が動作を覚えたのではなく、
“私がその動作を見ることを、彼が予期しはじめた”のだ。」




