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それから一年近く経った現在。私はいまだに婚約者のままだ。
この一年の間にシェザート殿下は学園を卒業した。卒業したことでアンバー男爵令嬢と学園で会うことができなくなったので、彼女を王城に招待して堂々とお茶会をするようになった。そしてその様子を眺めることが当たり前の光景となっていた。
「あと半年しか時間がないのに……」
私は半年後に卒業を控えている。結婚式は卒業してから一年後に執り行う予定なのだが、王家の籍には卒業式の翌日に入ることになっている。あと半年の間に何とかして婚約を破棄する方法を見つけなければ、あの馬鹿とお花畑の面倒を一生見なくてはならなくなるかもしれない。そんなのは嫌だ。
しかし婚約破棄も婚約解消も難しいのが現実である。この国は階級社会だ。公爵令嬢である私から、王太子であるシェザート殿下に婚約破棄を求めることはできない。不貞を理由に階級が下の者から婚約破棄を求めた例は調べてみるといくつか存在したが、あくまでそれは貴族と貴族の話で、貴族と王族とでは例がないのだ。父が味方であればできるかもしれないが、私一人の力では難しいだろう。
それにこの国は一夫一妻制だが、国王だけは側妃を持つことが許されている。だからアンバー男爵令嬢を側妃にすると明言されてしまえば、次期国王であるシェザート殿下に不貞を理由に婚約破棄を求めることができない。
婚約解消であれば家同士の話し合いにより可能なのだが、そもそも娘を王妃にしたい父と持参金目当ての国王が解消を認めるはずなどない。
「正攻法がダメなら何か裏の手を見つけないと……」
刻一刻と期限が迫っているのに私の目の前には大量の書類。最初の頃は申し訳なさそうにしていた大臣や文官も、最近では何事もなく私に仕事を持ってくるようになった。慣れとは恐ろしいものである。私が登城していない間も書類を持ってくるので、机の上にはいつも大量の書類が置かれていた。
「……はぁ。とりあえずこの書類たちを片付けないと。えっーと、ここまでは処理をしたから次は……あら?これは?」
私が手にした書類は何かのチラシのようだ。チラシの他に、これをこの部屋に持ってきたであろう人物からの報告書が添付されている。
「なになに?『このチラシはメルトランス帝国のものです。ご参考までに』……って、これだけ?」
この報告書を書いた文官はここの空気に染まってきてしまったのか、それとももともと無能なのか、あまりにもひどい報告書だ。だけどもう一度報告書を出させるのは時間の無駄でしかない。そんなことに時間を費やす暇はない。仕方がないので私は自分の目で確認をすることにしたのだった。