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「本当なら最終審査は私の部下が行う予定だったが、どうしても君のことが気になって自らこの国に来たんだ。王太子妃の座を捨ててまで皇宮文官になりたいと思う彼女は一体どんな人なのかなってね」
皇太子殿下が口にしたのは、私が昨日から疑問に思っていたことに対する答えだった。
「私は留学生のラルフ・カーソンとして皇宮文官や帝国、それにこの国について君がどのように考えているのかを知るために、君と学園生活を共に過ごすようになったんだ」
「……」
「最終審査は順調に進めることができた。君は真面目で努力家、知識も豊富で自身の考えをしっかりと持っている。それでいて公爵令嬢という身分を笠に着て傲慢に振る舞うこともない。当然最終審査は合格ということで私の任務は終わり、この国に留まる理由がなくなったから国に帰る予定だったんだ。……だけど最終審査の過程で私に一つの誤算が生じてしまったんだ」
この国に残る決断をさせるほどの誤算とは一体なんなのだろうか。純粋に気になった私は皇太子殿下に問い掛けた。
「……誤算とはなんだったのですか?」
すると皇太子殿下は突然立ち上がり、私の側まで来るとその場で跪いたのだ。
「こ、皇太子殿下!?何を」
「ラルフ」
「え?」
「君にこの名を呼ばれる日々を手放せなかったんだ」
「!」
皇太子殿下の赤い瞳と目が合うと、私は咄嗟に視線を逸らしてしまった。目が合ったのは一瞬だったのに、ルビーのような美しい瞳の中に囚われそうな感覚に陥り、心臓が激しく鼓動を打つ。こんなに心臓がドキドキするのは生まれて初めてだ。
「リリアナ嬢」
「っ!」
皇太子として私の前に現れてからは名前で呼ばれることはなかったのに、急に呼ぶなど不意打ちすぎる。見た目は違うが優しい声はやはり彼と同じで、共に過ごした時間を思い起こさせた。
「私は今まで君にどれだけ支えられてきたのかをまったく理解していないあの男を絶対に許せなかった。だから私はあの男の弱味を握ろうとウィストリア王家について調べ始めたんだ。そしてその過程で、公爵も王家を調べていることを知って私から話を持ちかけたんだ」
「だからあの日のうちに計画がすべて実行できたのですね」
「ああ、そういうことだ」
皇太子殿下と父の繋がりはわかった。だけどどうしてもわからないことがある。
「……でもどうしてですか?この件に関してはこの国の問題です。皇太子殿下がどうして元王太子を許せないと思ったのかはわかりませんが、皇太子殿下には何も利益がないはずです。それなのになぜ手を貸してくださったのですか?」
婚約破棄と慰謝料の件は、当事者の私がメルトランス皇室の庇護下にあるのでまだわかる。でも国王の退位と新王の即位はこの国の問題だ。それなのにどうして皇太子殿下が手を貸してくれたのかがわからない。
一体どんな理由があるのかと返事を待っている私に、皇太子殿下から思いもしない言葉が返ってきた。
「君の憂いを払いたかったんだ」




