36
「父上どうしたんですか!その女は俺たちを侮辱したんですよ?それならそれ相応の罰を与えなければ!」
「っ、シェザート!それはならん!」
「なぜですか!ここはウィストリア王国です!メルトランス帝国?皇宮文官?そんなの俺たちには何の関係もないじゃないですか!」
「シェザート!!」
国王が止めるのも聞かず、シェザート殿下は私へとまっすぐに向かってきた。腰に下げていた装飾用の剣を引き抜いて。
「いいです!父上がやらないというなら次期国王である俺が罰を与えます!」
「っ……」
まさか剣を抜くとは思っていなかったので、反応するのが遅れてしまった。
(斬られるっ!)
装飾用とはいえ斬られれば無事では済まないだろう。このままでは斬られると目を瞑った次の瞬間、
―――ガキンッ!
(……え?)
一瞬何が起こったのかわからなかった。あのままいけば、私は激昂したシェザート殿下に斬られていたはずだ。それなのにいまだに私が無事に立っていられるのは、目の前にいる人のお陰だろう。後ろ姿しか見えないが、黒い髪の人物がシェザート殿下の剣を受け止めてくれたようだった。
(誰?……あっ)
その時、私はふと今朝の出来事を思い出した。
◆◆◆
今朝、卒業式に参加するため学園に向かおうと家から出ようとすると、使用人に呼び止められたのだ。
「お嬢様にお手紙が届いております」
「手紙?もう出掛けないといけないから帰ってきてから読むわ」
「それが至急とのことでして……」
「差出人は?」
「差出人は書かれていません」
「その手紙の差出人はずいぶんと失礼な人ね。そんな人に割く時間はないわ。だから手紙は私の机の上に」
「……あっ!」
「どうかしたの?」
「す、すみません!そう言えば手紙を持ってきた人はこの国の人ではありませんでした」
「!……手紙を読むわ」
「は、はい!」
私はその場で封を開け内容を確認した。
「っ!」
手紙にはこう記されていた。
《リリアナ・ルーシェント殿
本日パーティー会場に人を送るので、必要でしたら使ってください。あなたの側で見守っております。
追伸:怪我だけはしないでくださいね。
――ラルフロット・フォン・メルトランス》
ラルフロット・フォン・メルトランス。
この名前を知らない者は、この世界のどこを探してもいないだろう。彼はメルトランス帝国の若き太陽、皇太子殿下である。
この手紙は皇太子殿下からの手紙だった。
今日の計画を知っているのは私と父と叔父の三人だけのはずだが、さすが世界の覇者だ。私ごときの考えなど簡単にお見通しのようだ。それなら皇宮文官になろうとした理由が婚約破棄をするためであることも知っているはず。それなのに協力してくれるとは驚いた。しかも怪我をしないようにと心配してくれるなんて、皇太子殿下は素晴らしい人だ。近い将来、この方のために働けることはとても光栄なだと思った。
私は手紙を大事に懐へと仕舞う。
(とても心強い味方だわ)
今日は素晴らしい門出になることを確信した私は、馬車に乗り込んだのだった。




