27 ラルフ視点
「ご本人に直接渡して参りました」
「ご苦労だった。今日はもう下がっていいぞ」
「はっ!失礼いたします」
「……はぁ」
誰もいなくなった部屋で大きくため息をついた。私は自分の手を眺めた。
「……手、小さかったな」
あの小さく柔らかな手と、あの時の彼女の表情を思い出し、頬が熱くなる。彼女と共に過ごす時間は不思議と心地よかった。できることならずっとこの時間が続いてほしい。だが私がただの留学生でいられるのはあと少しだ。
――翌日。
やるべきことは一通り終ったので、もう学園に通う必要はないのだが、学園に行けば彼女に会える。だから私は一仕事終えてから学園へと向かった。昨日の今日なので彼女がどんな反応をするのかが少し楽しみだ。私はそんなことを考えながら教室に入ると、教室内の雰囲気がおかしいことに気がついた。いつもと違い空気が重く感じる。それにいつもいるはずの彼女がいなかったのだ。嫌な予感がした私は、すぐに近くにいたクラスメイトに声をかけた。
「リリアナ嬢がいないけど何か知っているか?」
「ルーシェント嬢?あ、カーソン様は今来たから知らないんだね……」
「何かあったのか?」
「その……さっきの授業中、突然王太子殿下がこの教室に来たんだ」
「!」
「ルーシェント嬢にアンバー男爵令嬢をいじめたとかなんとか言いがかりをつけて、それで……」
「それでどうしたんだ?」
「……王太子殿下がルーシェント嬢に手を上げたんだ」
「っ!」
あの王太子のことは事前に調べていたが、まさか女性に、しかも自身の婚約者に暴力を振るうなどとてもじゃないが信じられない。あの馬鹿は彼女にどれだけ支えてもらっているのか全く理解していないようだ。
「それで、彼女は……」
「叩かれた時に頬に傷が出来たみたいで、大事をとってさっき帰っていったよ」
「傷……?」
「うん。ルーシェント嬢泣いていたよ」
「っ……」
叩かれるだけでも相当な衝撃を受けただろうに、さらには頬に傷が付いたなど彼女の心情は計り知れない。
(くそっ!私が側にいれば……!)
悔やんだところで今さらどうにもならないことはわかっている。だけどこの感情をどこにぶつければいいのかわからない。
「あれが次の国王だなんて、この国はどうなっちゃうんだろうな……。はぁ、メルトランス帝国が羨ましいよ」
「!……それだ」
彼女の身体と心に付けた傷の代償は大きい。愚かにも帝国の宝に手を出したことを身をもってわからせなければ。
「……まずは父に連絡を取らないと」
本音を言えば今すぐ彼女に会いに行きたいが、私にはやるべきことがある。それに彼女には休息が必要だ。
私は会いたい気持ちをなんとか抑え込み、今来た道を戻りながらこれからの算段を立てることにした。




