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「っ!」
「お前ごときが俺に口答えするな!」
あまりの痛みに私は頬を押さえた。自分の身に何が起こったのかはすぐには理解できなかったが、どうやら私は頬を打たれたようだ。
「……」
「お前はただ家が金持ちだからってだけで選ばれたに過ぎない存在なんだよ!それに比べユランは―――」
シェザート殿下が長々と何か話しているようだが、私の耳には入ってこない。打たれた頬がジンジン痛むが、私は頬を抑えながら自分自身に冷静になれと言い聞かせていた。
(ここで焦ってはダメ)
まさか暴力を振るわれるとは思っていなかったが、この状況は悪くない。むしろ好都合だ。これなら確実に慰謝料をもらうことができる。私はにやつきそうになる口元を手で覆い、周囲からの同情を誘うように涙を一筋流してみせた。
「うっ……」
周囲にいる生徒や教師は私の言い分を聞きもせず、一方的に暴力を振るう王太子の姿に衝撃を受けたことだろう。元々低いシェザート殿下の評価は底辺にまで落ちているはず。そして私の迫真の演技が功を奏したのか、周囲からはシェザート殿下を非難する声がヒソヒソと聞こえてきた。
「女性に手を上げるなんて……」
「ルーシェント嬢が可哀想」
「浮気男のくせに」
「あれが次の国王だなんて、この国大丈夫か?」
「最低ね」
王家に不満を抱いている人は多い。おそらくこの出来事は今後の国の行方に少なからず影響を与えることになるだろう。
「こっちです!」
シェザート殿下からの罵倒に耐えているフリを続けていると、再び廊下が騒がしくなった。どうやら学園長が学園の衛兵を連れて教室へとやって来たようだ。
「放せ!俺は王太子だぞ!」
シェザート殿下は激しく抵抗しているようだが、連行されるのは時間の問題だろう。だから私はその前に一言、シェザート殿下だけに聞こえるように言葉を発した。
「……この代償は必ず払ってもらいますから」
「なっ!?生意気な!おい、放せ!放せーっ!」
そしてシェザート殿下は叫びながら衛兵に連行されて行った。
「ふぅ……」
私は大きく息を吐いた。やはり馬鹿の相手は疲れる。打たれた頬の痛みがなかなか引かないことに違和感を覚え、打たれた頬に充てていた手を見てみると、そこには赤い何かが付着していた。血だ。どうやら打たれた際に爪がかすり、傷ができたようだ。
「……どうりで痛いわけね」
こうして立て続けにやって来た嵐は、私の頬に傷を残し去っていったのだった。




