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私とシェザート殿下の婚約が結ばれたのは今から十年前。私が八歳の時だった。
この婚約は娘を王妃にしたい父と、国一番の富豪であるルーシェント公爵家からの持参金に目が眩んだ国王によって結ばれた婚約である。
『これでお前は幸せになれる』
婚約が決まった時、父から言われた言葉だ。
母は私を生んですぐに亡くなり、父は仕事で忙しく顔を合わせるのは年に数回あるかないか
だったが、特に寂しいと感じることなくそれが当たり前だと育ってきた。だから私と父の間には、世間で言うような父娘の情などない。だから婚約が決まった時に、私の幸せを決めつけた言葉を口にした父に怒りを覚えた。私は王妃になることなど望んでいなかったのだから。
ルーシェント公爵家に子どもは私しかいない。だから私が将来公爵家を継ぐものだと思い、毎日たくさんの勉強をしてきた。たしかに父から後継者に指名されていた訳ではないが、普通に考えて私が後継者になると思っていた。
それなのに私の知らぬ間に父と国王の間で話が纏まっていて、私はシェザート殿下の婚約者になってしまったのだ。
『王妃になりたくない』
婚約は家同士の契約。私一人が駄々をこねたところでどうにもならないことを理解していた私は、この言葉を最後まで口にすることはできなかった。
それからすぐに王太子妃教育が始まり、忙しさからさらに父と顔を合わせることはなくなっていったのだった。