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プロセントシリーズ

空文_2017

作者: サモエド

「昨日も言った通り、食ったあとのゴミはゴミ箱に捨てるかビニール袋にまとめろ、皿を使うなら洗え、あとまず着替えろ、そんでテレビ見るんなら電気つけろ。わかったな?」


 午前10時、黒鵜カイのセーフハウス。とあるマンションのワンルーム。外は明るかったが、意外と広い部屋の中は薄暗さのせいで全容が見えない。


「………」


 クッションらしきものの上に、タオルケットに包まれた人らしいものがうごめいて、はっきりとしないうめき声をあげた。それを呆れたような目で見る黒鵜カイ──ライダースジャケット、オールバック、痩身の刺々しい印象の男だ──は数秒待ったが、起きる気配なしと判断する。

 玄関のドアを開けて外へ踏み出し、黒鵜は振り返って再度声をかける。


「夜までには帰る。もうちょっと健康的な生活したほうがいいぞ」


 そう言い残して、黒鵜は扉を閉めた。玄関の扉から差していた外の光は消え、ぼんやりとした闇が部屋を包み込む。動かない空気はさながらスポンジのように、音すら吸収してしまっているようだった。


「………」


 数分後、なんの前触れも無く、クッションの上のタオルケットの塊から細い腕と足が伸びて、突き出された。


「…ん〜〜〜〜〜………っあぁ」


 体を伸ばすにつれ、タオルケットの塊から伸びをする張本人の顔もあらわになる。完全に寝起きの顔で前髪、横髪、後ろ髪全てが頭の周りでとっ散らかっている少女、彼女こそがかつての異能力者集団『八瀬童子』のリーダー、現在ニートのモモだった。服装はサイズの大きすぎるTシャツ(カイのものだ)にハーフパンツ。完全に部屋着で、かつて八瀬童子を率いていたころにしていたカッコいい(と自分では思っていた)服装とはかけ離れていた。

 モモは小柄な猫のような体躯をひねってクッションの横の小さなテーブルの上をまさぐると、部屋の電気のリモコンを掴んでボタンを押し込む。一瞬で電気がつき、部屋の全貌を明らかにした。

 この部屋は黒鵜の多くあるセーフハウスの内の一つで、この近辺で仕事がない限り使われないような場所のため、当初はこの部屋も大分生活感の無いモデルルームめいた風体だった。だがモモが住み着いてから、このセーフハウスには生活感が増してきていた。というより、単純に散らかり始めていた。色とりどりのスナックのゴミがすけて見えるゴミ袋(これは昨日黒鵜がまとめたものだ)、洗濯したあと畳まれずに山になっている下着類、アマゾンのダンボール、飲み切れていないタピオカドリンク。子供用のおもちゃドローンはひっくり返ってテーブルの下で沈黙している。モモの最近の流行りはアマゾンで注文した何かで小一時間遊んで飽きることだった。

 最近このセーフハウスの近くで仕事をしているため黒鵜はこの部屋に寝泊まりしているし、それ相応の彼の荷物はあるものの、その3倍ほどの物体が部屋に転がったり立て掛けてあったりして、その全てがモモのものだ。意図的にやっていると言ってもいい。モモは完全に、この部屋を自分のものにしようとしていた。

 電気のリモコンを放ると、両足を真上に上げてから振り下ろし、その勢いを利用してクッションから跳ね起きる。着地する床は物が散乱していたが、モモは猫めいたつま先立ちでやすやすと降り立ってみせた。そのまま物の合間を縫うようにすり抜け、モモは洗面台へ向かう。

 洗面台の鏡の前で顔を洗って、ふと視線を上げると、やさぐれたような自分の顔と目が合ってしまう。爆発している髪型と眠そうな瞼をひとしきり睨みつけて、タオルに顔を埋める。

 洗面台から出てきたモモは床に転がった妙に角張った拳銃を蹴っ飛ばして、クッションに尻から飛び込む。背中と頭をクッションに預けていると、後頭部に感じる自分のぬくもりと、顔を洗ったことによる涼しさがアンバランスで気持ち悪く、まだ少し濡れた前髪をかき上げるとモモはクッションからのそりと起き上がる。

 クッションを手で押しやると、その先にあった何かしらの物も押し込まれ、それ相応の軋み声をあげる。スペースを開けたモモはテーブルの前に座り、足でテーブルの下のドローンも押しやる。


(変な時間に起こされたせいで、ご飯のタイミングには微妙なのにお腹はすく…)


 ほぼ逆ギレみたいなことを思いつつ、テーブルの上に伏せてあった自分のスマホを手に取り、スイスイと触り始める。画面に映るのは、デリバリーサービスのアプリだ。


(ハンバーガーは昨日食べたし、寿司…を食べる気分じゃないな。う〜ん…どれもこれも…)


 しばらくスクロールを繰り返して渋い顔をしていたモモだったが、ピンとくるものが見つからなかったのかスマホを投げ置いて鼻でため息をつく。


「う〜〜〜〜ん……」


 頬杖をついて唸る。目線がふよふよとあてもなく泳いで、まとめられたゴミ袋から透けて見えるカップ麺のパッケージに落着する。もうカップ麺でいいか…と思い始めたあたりで、モモは「あ」と一声発してむくりと立ち上がる。

 ほっ、と勢いをつけて壁に垂直に立つと、そのまま雑多な部屋の床の横を歩いて通り過ぎる。リビングと地続きのダイニングキッチンまでたどり着くと、まるで当たり前かのように壁から床に一歩で戻った。

 モモは冷蔵庫を開けると、何かを探し始める。


「たしかここら辺に入れたって……ん、あった」


 探し当てた大小様々なタッパーを、モモは一つずつキッチンに並べていく。

 透けたタッパーの中には、それぞれ異なる作り置きのおかずが入っていた。カイが作って保存しておいたもので、モモが食べてもいいように、カイが普段作り置くよりも多くの料理が用意されていた。居候生活が始まってしばらくたつが、モモが作り置きの料理に手をつけたのは今回が初めてのことだった。

 モモは冷凍庫に手をつっこみ、ご飯が冷凍されているタッパーを取り出してレンジに放り込む。あたためボタンを押してから、再び並んでいるタッパーの前に戻り腕を組む。


「う~~~ん…」


 うなりながら、おかずで満ちたタッパーを一つ一つ冷蔵庫に戻して、モモの目の前には"豚肉と玉ねぎの炒め物"と"サバ缶のトマト煮"が残った。

 醤油、酢、みりんの三杯酢で味付けられた和風の炒め物と、ケチャップ、ウスターソースが加えられた洋風のトマト煮。洗い物が面倒で作り置きに手を出していなかったが、カイが夕食時にタイミングよく部屋に居れば出してくれる彼の料理が、並以上に美味しいことをモモは知っていた。それ故、この選択は悩ましいものだった。

 ひとしきり悩んだ後、モモは炒めものを冷蔵庫にしまった。昼食のおかず、和洋の戦いを制したのは、トマト煮だった。

 ピーという音が、冷凍ご飯が息を吹き返したことを伝える。ダイニングキッチンの食卓(この上はカイによってきれいに片付けられている)に温まったご飯タッパーを滑らせると、その空いたレンジの口にトマト煮のタッパーを入れて、ふたたびボタンを押し込んだ。

 どうせタッパーは洗わなければならないので、モモは普段使わないコップも出してきていた(カイのものだ)。冷蔵庫に備え付けられた製氷機の引き出しから氷を一掴みすると、コップに放り込む。冷蔵庫の扉の棚に突っ込まれたモモの飲みかけのペットボトル麦茶の中身をコップに注いでしまうと、カラカラと音をさせながらそれもまた食卓の上へ置いた。

 再びレンジの音が鳴る。レンジからタッパーを取り出すと、「あちち」などと言いながら、トマト煮のタッパーを食卓の上に据える。


「よし」


 まるで一料理作り終えたかのように、モモは満足げに頷いた。

 椅子を引いて座ると、がぱり、がぱりと、タッパーのフタを開ける。

 レンジで熱を与えられた米は白くたなびく湯気を吹き上げ、まるで炊きたてのように艷やかに輝く。トマトとサバ缶の香りもまた熱気と共に巻き上げられ、酸味と旨味を匂いに乗せて運んでいた。数日ぶりの手料理を前に、モモは無意識に深く息を吸っていた。彼女は考えてもいなかったが、ここのところカイが忙しく夜遅くの帰宅で、モモ自身はインスタントや出前で食事を済ませていたために、人の手料理、もっと言うならカイの手料理を体が求めていたらしい。

 熱々の白飯特有の心地よい香りと、熱されたトマトのジューシーな香り、そして確かに感じる黒胡椒の刺激が、モモの怠けていた食欲を奮い立たせた。


「いただきまーす」


 トマトのソースに浸かっているぶつ切りのサバを、箸で掴む。ほぐされずにそのまま投入されたサバ缶のサバはずしりと重く、トマトの塊と玉ねぎをひっかけて持ち上げれば、香りと湯気がむわりと顔を撫でていく。

 息を吹きかけるのもそこそこに、モモはサバにかぶりついた。


「…!」


 柔らかいサバは噛みついたところからほぐれ、口の中でサバの脂の猛烈な旨味を流れ出させる。トマトの酸味と甘みはサバの旨味と合流し、少しだけ食感の残った玉ねぎが、噛むごとにアクセントを加える。そしてそのどれもが十分な熱を持っていて、ぼんやりとしていた頭と体に、熱量エネルギーを直に送るようだった。

 モモは白飯に箸を差し込むと、その断面から解き放たれた湯気もろともを呑み込むように、ご飯のかたまりを口にかき込む。

 はふはふと口から湯気を逃しながら、モモの手は再びトマト煮へと向かう。

 ときおりキンキンに冷えた麦茶を挟みながら、モモは黙々と食べすすめた。

 久方ぶりのカイの手料理に、モモはとある日の───モモがカイの家に住みついて間もない頃の深夜のことを思い出していた。


 ………


 深夜2時、突然電気が点き、モモはびくりと肩を震わせた。


「お前なあ、泣くなら廊下で泣いてくれよ」


 部屋着で前髪を下ろしたカイが、呆れた顔で天井を見上げる。そこには泣き腫らした目をしたモモが、逆さまに体育座りしてきた。目元を隠すように膝に顔を埋めて、モモはかすれた声で言い返す。


「…ヤダ。寒いもん」

「"もん"じゃないよ本当に…。お前の涙がパタパタ落ちてきて雨漏りしてんのかと思ったわ」


 カイは頭に手をやって、深くため息をつく。


「…おい。降りてこいよ」


 ふいと首を傾けてカイは逆さのモモの顔を覗き込むが、ふてくされたようにモモは顔を背ける。足を抱えている腕にきゅっと力を込めて、縮こまるように体ごとカイの視線を避ける。

 その時、

 "ぐぎゅるぅ〜…"

 といった、いわゆる腹の虫の鳴き声が響き渡った。


「………」

「………」


 二人の間に妙な静寂が生まれる。モモは腫れた目元を隠す以外の理由で、腕の下から顔を出すことが出来なかった。隠れていない耳が、徐々に赤くなっていくのがわかった。

 カイは呆れた視線をモモに向けたあと、寝室を出ていってしまった。



 しばらくして、モモは部屋の扉から香ばしい匂いがしてきていることに気づいた。天井から床に降り立って、いい匂いに誘われるように部屋を出ると、食卓の上には皿が2枚あって、それぞれにトーストが鎮座していた。その焼き立てのトーストには、四辺に塀のようにマヨネーズが盛られ、そのマヨネーズの堀に、半熟の目玉焼きが収まっていた。小麦と焦がしマヨの香りは、モモの唾液をじゅわりと湧かせるのに十分な力を持っていた。

 カイは先に席について食べ始めており、垂れそうになる白身と格闘しながら、モモに目で座るように促した。

 モモは素直にそれに従って、カイの前の席に座る。先程まで涙を零していた赤い目は、今は目の前のトースト、マヨネーズととろとろの卵の輝きに釘付けだった。

 モモは両手の指先で支えるように平行にトーストを持つ。じわりと指先から温かさが伝わり、冷えていた体に温みと、それ以上の食の喜びを予感させる。モモはカイの様子をちらと伺って、「いただきます」と呟くように言うと、トーストにかぶりついた。

 ザクリと心地よい感触、次に焦がしマヨの暴力的な旨味が来て、そして卵の濁流が押し寄せた。こぼれそうになる卵を慌ててモモは吸い込む。ぷるぷるの卵白とマヨネーズはとろりと熱く口の中で混ざり、舌から伝わる熱は全身を駆け巡っていった。

 口いっぱいに頬張った卵マヨトーストを呑み込むと、モモはほうと息をついた。

 食べ終わっていたカイは、頬杖をつきながらその様子を眺めて、言う。


「旨いだろ」


 丁度かぶりついたところだったモモは一瞬動きを止めて、そのままこくりと頷いてトーストを食べすすめる。

 カイは気付かれないくらいのほんの少しだけ、表情を緩めた。

 モモがカイのセーフハウスに転がり込んできた日から、モモの食欲はしだいに細っていくばかりだったからだ。無理もないだろう、とカイは思った。年端も行かぬ子供が、一つの集団が伴う責任を一手に担って、文字通り必死の覚悟で行動して、失敗したのだ。この年頃の幅を取る自意識と、過剰な責任感は容易に結びつく。


「お前も色々、責任とか、考えてんだろーけどさ」


 だからあえて、カイはこう言った。


「結構お前、あの時好き放題してたぞ?気づいてねーかもしれねえけど」


 カイは席を立つ。


「お前はガキだ。だからお前はあの日、自分のために自分で行動して、その結果今ここにいる。自分の行動と自分の結果、それ以上の責任のことは、ガキが考えることじゃねーよ」


 ………


 うるせーな、と呟いて、モモは箸をタッパーに置いた。「ごちそうさまでした」と手を合わせる。白飯が入っていたタッパーも、トマト煮が入っていたタッパーも、どちらもキレイに空になっている。

 椅子の背もたれにもたれかかると、モモは満足げに長く息を吐いた。

 しばらくそうしていたが、そのうちモモはのそりと動きだすと、タッパーやコップをシンクに運んで洗い始めた。


 ………


 ガチャン、と重い音がして、モモは首をもたげる。いつの間にか眠ってしまっていたモモは、大きなクッションの上で身を起こして少し考え、今の音が鍵のかかった玄関ドアを引いた音だと理解した。洗い物を済ませたモモは前日まで見ていた学園モノのアニメを見ながら寝落ちたようで、テレビ画面は6話が終わったところで止まっている。


(カイが帰ってきたのか…)


 そう納得して再びクッションに頭を埋める。

 ガチャンガチャン!!

 荒々しく扉を引くその音に、モモは飛び起きた。ドアの外に居るのが、確実に、カイではないのがわかった。

 床に転がしていた平たい拳銃を素早く拾い、ドアに向けて構える。その間も揺さぶられ続けていた扉は、拳銃を向けた途端に静まった。モモの頬に冷や汗が垂れる。

 次の瞬間、ドアの隙間から日本刀が飛び出し、全く何の引っ掛かりもなく、紙を切るようにドアのカギを断ち切った。

 間髪入れずに扉が蹴破られる。


「ッ!!」


 扉を蹴破った人物が知り合いではないことを瞬時に視認したモモは、瞬間的に引き金を引く。

 爆発音に近い銃声とほぼ同時に、鋭い金属音が響いた。


「…アンタが()()()かい。挨拶もなしに一発撃ってくるとはね…躾がなってないんじゃないのかい、なあ!」


 ドスの効いた女の声が響く。黒スーツを着た女は逆手に日本刀を構えており、モモが発射した手裏剣弾は真っ二つに断ち切られ、女の両脇の壁に突き刺さっている。

 女は重さを感じさせない動作で刀を納刀する。見たところ4、50台のようだが、立ち居振る舞いや身のこなしは、肉体の全盛を維持しているように見える。

 モモは拳銃の構えを解かず、再びトリガーに指をかけたところで、ドタバタと足音が聞こえた。


「ちょっっと…待って、ください、」


 オールバックも乱れさせたカイが、肩で息をしながら玄関口に手をかけて顔を覗かせる。

 その姿を見たモモは目をぱちくりさせ、構えていた拳銃を下ろす。どうやらこの黒スーツの女は、カイの知り合いらしい、というのをモモは感じ取っていた。

 カイは息を整えると、垂れてきた前髪を再び後ろに流す。


「なんで先行っちゃうんすか、アズヨさん」

「お前が走るの遅いからだろう。あんまり遅いから、カギ、開けたぞ」

「バイクより走るの速い方がおかしいんすよ…って、ああ!!」


 カイは足元に断面を赤熱させる錠前のでっぱり(デッドボルト)だったモノを見つけた。


「ちょっと本当に何してくれてんすか!?」

「お前が遅いのが悪い」

「カイ」


 モモはカイとアズヨと呼ばれた女の問答に割り入った。多少混乱した様子で、下ろした拳銃を所在無さげにしながら、モモは聞く。


「誰なの、結局、このおばさんは」


 カイが焦って口を開こうとした瞬間、アズヨは腰に差していた刀を鞘ごと抜いて、ドン!!と床に突き立てた。ギロリ、と本当に音が出そうな目つきでモモを睨む。カイは額に手を当てて天を仰いだ。


「誰がおばさんだ。私はまだ50代だぞ」


 それっておばさんなんじゃ…とモモが口を滑らせる前に、アズヨは鋭い声で自己紹介を始める。


日輪(にわ)アズヨ、52歳!!暦史書管理機構内部監査"叙文の番人"日本監査官だ!お前の名前、年齢、役職は!?」


 ものすごい剣幕に押されるように、モモはしどろもどろで答える。


「名前は…モモ、16歳で、役職は…ええと」

「名字は!!」

「名字はその、無くて…」

「役職は!!」

「えーっと…その〜…」

「もういいもういい、分かった!!」


 アズヨは突然会話をぶった斬ると、ズンズンとモモの方に土足で詰め寄る。


「お前の名字や役職なんて、結局どうでもいい!!重要なのは、お前がこの部屋に住みついていて、この部屋は黒鵜カイのセーフハウスで、黒鵜カイは叙文の番人に所属している、つまり私の部下だってことだ!!」


 勢いに圧されたモモは、クッションに尻もちをつき冷や汗を垂らす。


「つまりだ、」


 アズヨはクッションに沈むモモにぶつかる程に顔を寄せて、攻撃的な笑みを浮かべる。


「お前も私の部下だってことだ」


 突然の宣言に、モモは面食らう。アズヨは意地悪そうな笑みのままモモから離れると、小さなテーブルの上に腰掛けた。アズヨがその長い脚を組むと、左足首にギラリと、金装飾が施されたベルト状のアンクレットが煌めく。


「そうじゃないとおかしいだろう?我々内部監査の権限で借り上げているこの部屋に住んでいるのなら、内部監査の人間でないと辻褄が合わない。そうじゃないと言うのなら、今ここで、お前を力尽くで排除するしかないな?」


 モモは縋るような目でカイを見るが、カイは眉を下げて首を振った。

 状況を理解したモモの目が冷えた眼に変わる。クッションに埋もれたまま、モモはアズヨと目を合わせずに問う。


「…何をさせたい訳」

「物わかりが良くなったじゃないか。やっぱり躾はこうでなくちゃ」


 アズヨは尻ポケットからヨレた印刷紙を抜き取り、片手の一振りで広げてモモの目の前に放った。


「コイツを見つけてこい」


 その紙面には、黒と赤が混じった髪色の少女が写っていた。モモと同じように、冷えた眼をしている。一通りの情報も付記されており、名前の欄には、こう書かれていた。


「シード・ディ・()()()()・レオナルド…」

「期限は一週間。見つけたら私に連絡を寄こせ。それと、絶対に接触するな」


 保護観察、という特記事項が付記の最後に据えられている。レオナルドという名字が表す特異性によるものだろう、とモモは理解した。単純に十二使徒の家系であるということ以上の、特異性だ。


「別の担当が割り当てられるまで、目標から一瞬でも目を離すなよ。そういうの得意だろ、忍者」


 わかってて言ってやがったのか、と言わんばかりにモモはアズヨを睨む。その頃にはアズヨは既にモモに背を向けており、部屋の敷居を跨いでいた。

 きちんと躾けておけよ、と玄関口に立つカイに言い残すと、アズヨは去っていった。

 台風が過ぎたあとのように、セーフハウスには静けさが帰ってくる。


 ………


 翌日、夜。


「おっ、帰ってきた」

「あ、お邪魔してます…」


 スーパーの買い物袋が足元に落ちる。カイは目の前の光景が信じられなかった。

 部屋着のモモと、同じく部屋着の少女、シード・ディ・ラジウム・レオナルドが、仲良くタッパーの料理をつついていた。


「え…なん、お前、なにしてんだ…?」

「何って、ご飯食べてるんだよ。シードがお腹空いてるらしいし」


 シードはあたふたしながら口の中のものを飲み込むと、「すぐ出ていきます…!」と席を立とうとする。それを腕を掴んで止めて、モモはもぐもぐしながら言う。


「いいのいいの。もう夜遅いし、今日は泊まっていきなよ。ご飯食べて眠いしさ」

「でも…!ここに居たら、モモちゃんにご迷惑をお掛けしちゃうから…!」

「だ〜いじょうぶだって!ここ、私の部屋じゃないし」


 やいのやいのと騒がしい二人の少女の声をよそに、カイは思考が真っ白になっていくのを感じていた。


「…なんて報告したらいいんだ」


 カイは額に手を当てて、天を仰いだ。

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