70:フランス
70:フランス
東千波のいる中鏡高校は、スポーツに力を入れていて、海外留学生を部活に引き入れることがある。
今回もその例に漏れず、中学時代の成績で入学した東が、彼女一人では全国で通用しなかったことでフランス人留学生が今年からバスケ部に加入していた。
中学の頃から身長の成長が止まっている千波は、頭二つくらい背の違う留学生を見上げて話しかける。
「さっき来てたのが桜だよ。僕の元チームメイト」
「ダイジョぶ。前に一度だけ対戦したことがあるカラ」
「んー、そうなの?」
留学生は考えるしぐさをしつつ、ふと気付いたように顔を上げる。
「イヤ、でもずっと前のことだカラ」
「ことだから?」
「今度はゼッタイに負けナイ!」
千波が小さいというだけでなく、この場にいる誰よりも背が高い留学生のアズママ・ミラモンドは真っ白な肌に誰よりも強い闘争心を燃やしていた。
アップ不足で中途半端な試合をされないか不安だった久世桜は、相手の新戦力を見すえながら姉妹に元チームメイトのことを話していた。
「去年の中鏡高校の試合を見るからに、千波はポイントガードでくる」
中学時代の千波は、正ポイントガードの補助として活躍していたが、あの中学のメンバーだったからそうしていたに過ぎない。
実力でいえば、後輩の中で頭一つ飛びぬけた実力を持つ子ともほとんど変わらなかったが、気分屋で調子にバラツキがあるため、試合の中で流れを変える起爆剤として東千波はチームにいた。
「それでも、去年の中鏡高校には彼女のパスを取ることが出来る人がいなかった。それが今年はいるのだと思う」
千波のパスは少し、いやだいぶ癖がある。
受け手の実力が少しでも遅れれば、そのパスは見当違いのところへ出されたものになってしまう。
そのため去年の千波は、基本に忠実なパスをして周りの選手に点を取ってもらい、彼女が一人で相手を止めて勝っていくと言うパターンだった。
そこを補強してくるのは当然だ。
「あのフランス人は、一度見たことがあるんだけど……司は覚えてる?」
「去年のフランス代表でしょ? 残念ながら私たちは日本代表に選ばれはしたけどほとんど出場機会はなかったから、見たことがあるっていうのがしっくり来るけど」
「そのレベルの人なら、ほぼ間違いなく千波の実力を引き出してくる。これは苦戦しそうだ」
苦戦しそうだという割には、楽しそうな桜のことが姉妹の目には珍しいと思った。
学校は違えど、共に一時代を築いた久世桜と三浦姉妹は、その実力を存分に振るえる相手というのが圧倒的に少ない。
県予選レベルの学校を相手にしても、この三人が揃ってコートに立てばさっきまでの試合のように百点ゲームで圧勝をしてしまう。
だからこそ、その内の一校と試合ができるとなって、堅物の桜でも嬉しそうにするのは意外だった。
「メンバーは全力でいく? 桜がフランスを止めて私達が千波さんを抜けばいいでしょ」
「あまり千波を舐めない方がいい。でもあんたらなら何とかすると思ってる
よ」
「はいはい、はーい。私が一人でも抜きますよっ」
一試合を終えても元気一杯の三浦妹は頼れるポイントゲッター。
試合の中盤以降のシュート精度は驚異的な数字を残すシューターの三浦司。
この二人がいれば、そうそう負けはしない。
その考え方は、ちなみー&ミラという中鏡高校の新コンビの前で転機を迎えることになる。
この試合、東千波が本気で勝ちにいっているとは彼女の過去を知る人からしたら信じられないことだった。