68:アメリカンバスケット
両チームの監督が挨拶がてらのお話をして、すぐに試合へ突入した。
千駄ヶ谷中が相手にするのは、プロのバスケットプレイヤーを養成する特別な機関で、これまでにも何人ものプロを輩出しているところ。
学生の大会には参加していないが、実力で言えば同年代の子よりも数段上だろう。
入学条件に体格があるため身長は同じ十代とは思えないほどに高く百八十センチ台がごろごろいる。
決して高さのある中学でない千駄ヶ谷も一番身長が高い中村で百八十、次に野田の百七十六、上園の百七十二と平均して十数センチも差がある。
「こんにちは。良いゲームをしましょうね」
中村が相手のキャプテンに英語でそれを伝えると、向こうはそれにたいして無言だった。
日本からきたただの中学生に無礼は当然だという感じで、それならそれでかまわないと思った。
相手のことも良く知らないでそういう態度を取る奴は試合で見せ付けてやる。
同時刻に代表戦をしている方も同じようなことを考えているのかな、と中村は考えていた。
「さあ、日本の中学生代表としてアメリカを倒すよ! いい?」
「「おおぉおおおお!」」
勝ち目のないジャンプボールは捨て、試合は千駄ヶ谷の守りから入った。
千駄ヶ谷中のスターティングメンバーは、
センター、中村八重。
スモールフォワード(兼シューティングガード)、野田佳澄。
シューティングガード(兼ポイントガード)、東千波。
ポイントガード、上園青空。
2ndガード、久世桜。
といういつも通りのメンバー。
対するプロの卵は出ている全員が高身長で足も速い。
確かに普通に日本の学生風情じゃ勝負にもならないだろう。
しかし彼女達は普通じゃない。
「セイラと千波はお互いの距離に注意してね。フリーな方がポイントガードになってゲームコントロールよろしく」
中村からの指示でガードの二人が気を引き締める。
試合が始まると千波のしつこいディフェンスで攻めづらいところへ、桜の素早いフォローでボールを奪う。
すぐにそのボールはフリーの上園へ回され、彼女は前を向く。
「別に全員抜いてもいいんですけど、まずは一本いっておきたいですね」
素早いチェックと大きな身体によって視界を遮られるが、そんな些細なことを意に介せず、上園は前線へパスを送る。
三年間コンビをしている三年二人は、なんとなくという高度な感覚を使って片方がそのボールを補給し、もう一人は、マークを振り切って相棒からのパスを信じてゴール下へ入る。
その動きの異様さに対応しかねている相手をさらに圧倒したのは、野田がノールックでゴール下へパスを送ったことだ。
最後はそれに反応した中村が日本人離れしたダンクで先取点を取った。
この中村と野田のスタイルは、まるでアメリカ人のようなダイナミックなバスケだ。
「うしっ! さあ、どんどん行くよ!」
攻守が切り替わり千駄ヶ谷が守る番となった。
相手の攻撃は身長のミスマッチを突く形でロングパスを出していくが、それはマークについていたのが上園でなければ良い攻撃だったのだといえる。
上園は自分の判断で、動きがシューターだと思われる選手にマークについていた。
その選手にパスがくる前に、身長差を一気に縮めることができる滞空時間の長い跳躍をする。
それにタイミングを外してしまった相手は中途半端なジャンプをしてしまい上園は余裕を持ってそのパスを味方のいる方へ弾き返した。
まだ完成には程遠いが、これがのちに上園しかできないリフレクトパスの原型になる。
「ないすパスだよ~」
パスを受け取った東は久世とのワンツーで抜け出すと、上園とは違い蛇が這ったような変幻自在のパスでフリーの野田の元へ送った。
絶好球がきてスリーラインポイントからシュートを放ちそれが決まり点差は五点に広まる。
「まあ、こんなものじゃないと思いたいわね」
「そろそろくるでしょ」
ダブルエースの予感どおり、様子見を終えたアメリカ人の逆襲が始まった。
短いパスで前線へボールを送られると、高さを出せる上園が追いつく前に無駄のない省エネダンクで二点を返されてしまう。
こちらも上園を中心にボールを回していこうとするが、ポイントゲッターである二人に厳しいマークがついてなかなかパスコースを見つけられないでいた。
日本ではほとんどない状況なので上園が一瞬迷ったところへ、すかさず長すぎる手でボールを奪われてしまう。
「このっ!」
すぐに上園は反転してボールを追っていくが、相手のドリブルスピードと走る速さは尋常ではなく、ついていけずに相手がシュートを放ってしまう。それを叩き落そうと上園も飛ぶが一歩届かずすぐに一点差まで縮められてしまった。
おまけといってはなんだが、相手から小言を聞かされる。
「――Easy――」
試合の序盤で気落ちすることはないが、個人の力で圧倒されたのがわかる。
技術で対抗できても一瞬迷っただけでボールを奪っていくのはさすがと言うか、学生がやる部活の試合とは段違いだと実感する。
いろいろ考えている上園を心配するように三年の久世桜と東千波が声をかけた。
「まだ試合はこれから。次を止めればいい」
「地上は僕が抑えるからセイラは空をお願い。リフレクトパスはとりあえず封印しといて高さをもっとだしてこ」
「はい。次は負けない」
「「そのいきだ(よ)」」
第一クォータは体格差だけのバスケをされたおかげで大失点はしなかったが、千駄ヶ谷中が常にリードをされ続けて終わる。
18対22
まさかこの試合が、彼女達が思っていた以上に波乱を生むことになるとはまだ誰も思っていなかった。
次は再び三浦姉妹と桜の話に戻ると思います。
真面目に試合を考えると思った以上に時間がかかる……。