67:五人のエース
予想を裏切る再びの千駄ヶ谷中編
こっちの方が突然書きたくなりました。
五人のエース
中学女子バスケ界最強の千駄ヶ谷中という中学校がある。
毎年のように現れるエースを中心に作られるチームはどんな相手がきても圧倒的な強さを見せていた。
その中学にも黄金期と言うものがあり、それがそのまま女子バスケ界の黄金世代になるのだが、これはその彼女らが国内を制して海外遠征でアメリカにいったときの話になる。
今年のエースとして活躍した中村八重、野田佳澄が先導して千駄ヶ谷中女子バスケットボール部は空港を出るところだった。
ときを同じくして十五歳以下の本当の日本代表も同じアメリカの地に来ているのだが、彼女達とは別行動を取っている。それは千駄ヶ谷という中学の規律に代表戦への参加は認められなかったからだ。
例え代表戦でいい成績を残しても所詮は日本人がいけるレベルは知れている。
有名高校へ推薦で進学していく生徒達にとって、ただ疲労や怪我を残すだけのそれに意味はないという監督の言葉から最強中学と呼ばれるようになってからそこの選手が代表戦へ参加する事はなかった。
だが今年の代表は例年とは格が違う。
中学界No.1ポイントガードと呼ばれる日高に、外国人の強いフィジカルに対抗できるセンターの長岡のいる全国大会準優勝校である夷守中の選手を中心に世界に通用する日本代表になっていると二人は聞いていた。
それを嬉しそうに二人は話している。
「日高さんと一緒のチームってすげぇ燃えるのになぁ。残念だなぁ」
「しかし心の中では、いつかリベンジするために近くでそのプレーを見たかった、って顔に出てるわよ」
全国大会では中村と野田のどちらも日高に上手いこと抑えられてしまい、試合に勝つ事はなんとかできたが、次にやるときは絶対に負けないと強く思っている。
今年は監督の意向でバスケの本場アメリカでプロになることを目標にしている同世代の選手と国際親善試合をすることになってしまい、千駄ヶ谷中恒例の代表戦観戦に行くことができなかった。
まだあまり人気のないバスケなだけに日本でテレビ中継もされず、録画でその試合を見ることも出来ない。
そうした不満もあったが、アメリカ代表より強いと言われるプロの卵を相手に、日本代表より強いと言われている自分たちが完勝することでそれのストレスを発散できればいいと思っている。
レギュラーのほとんどが三年生の千駄ヶ谷中は、同級生同士ということもあって仲が良い。特に中村と野田は良く喧嘩をするが一番仲が良い。
近い距離で話すその二人に割って入るように同じ三年の東千波は、飛び込んだ。
「はにゃ~、二人はどんだけ仲がいいんだよ。百合っこ検定一級の僕でも計り知れない数値を叩き出してるよ~」
長い距離の旅で内なるものを抑えられなくなった東に二人は軽く引くが、後ろから襲い掛かられたため身動きが取れないでいる。
それを見て、悪玉菌コレステロールのような同胞の恥を二人から引き離すように同じく三年の久世桜が前へ出る。
「ほらほら、二列縦隊で進もうね。他の歩行者とそれに私に迷惑だから」
「どうしてさ」
「東が視界に入るだけでイラッとくるから。もう後ろを歩けよ」
「えぇー。ぶーぶー」
そんな先輩にレギュラーで唯一の二年生、上園青空が涼しげな言葉を投げかける。
本当は人見知りで、自分よりバスケが上手いくせにおちゃらけている先輩なんて正直嫌いだが一応年上なので敬語を使う。
「豚ですか…………ぶひぶひ」
「セイラも酷いよ? でもいまのは少しかわいかった。そんで敬意の欠片も感じさせない敬語ありがとう。それでも僕の繊細なハートは傷ついたっ!」
同じようなことを思っていた桜も一言に思いの全てを乗せた。
「先輩(笑)?」
なにやらざわついてきたと思えば、飛行機に乗っていた全員が降りて周りに集まっていた。お土産屋の前で待つには人数が多いため場所を移動しようと思っていたが、トイレに行っていた子もすぐに戻ってきたようだ。
すぐに中村が人数を数えそれを監督に報告する。
時間も限られているため千駄ヶ谷中のメンバーはバスへ乗り込んだ。
移動時間はそれほどかからなかったが、空のたびですっかり疲れてしまった東や桜などほとんどのメンバーが熟睡する中、監督と中村、野田、上園の四人が話をしていた。
「先輩方、今日もいつものメンバーでいくんですか?」
上園のその言葉に間を置いて中村が答える。
「認めたくないと思うけど、千波は外せないよ。あれでも日本一のガードで、状況次第でセイラとダブルガードもやってもらわなくちゃいけない」
前の座席に座る四人。そのすぐ後ろには残るレギュラーの二人が隣同士で座っている。
その内の一人が心底幸せそうに熟睡している。
「こんな緩い顔をしていても、なにより守備の面で活躍する」
「それは分かってます……練習でも何度も止められてますから」
拗ねるようにほっぺたを膨らませるセイラの普段は見せない仕草は素直に可愛らしいが、中村は監督の横で笑ってしまうのもなにか違うと思い我慢して、野田の方を見る。
「でも来年のエースはセイラ。それは間違いない。監督もそう言ってる」
「いや言ってないから」
監督と軽い掛け合いをするのは、野田が監督の遠い親戚という噂はあるが確かなところは誰も知らない。監督の苗字も野田というのが唯一の共通点といったところ。
「ほらこの間飲みに行ったときに言っていましたよ」
「中村……悪いが俺は少し寝る」
「はい。未成年が飲みに行くなんて保護者が聞いたら首が飛びますもんね。監督は何も聞いていない。ここには私達しかいなかった」
「――――目的地についたら起こしてくれ」
「「はーい」」
監督が眠ったところで三人は作戦を立てていた。
まず上園がざっとポジションを言っていく。
「まずセンターの中村先輩とスモールフォワード兼シューティングガードの野田先輩は点を取ってください。いつも通り『はい、ドーン』とかいってダンクとか決めちゃってください」
「セイラ適当すぎ」
「八重はともかく私はそんなこといわない」
「いえ、野田先輩も『はい入った』とか言ってますよ。無意識なんですか?」
「やばいんじゃない、佳澄」
「意識していってるあんたも相当よ、八重」
「みんな寝てるんですから、喧嘩はやめて下さいよ。はいっ、ドーン。はいっ、入った」
「「いい性格してるな(わね)」」
先輩のことを心から尊敬している上園青空は敬語だけは忘れない。
饒舌に話したせいか、監督に続いて野田も寝てしまい中村と上園だけでになる。
「ところでスタメンは私でいいんですか?」
「それはセイラの一つ下のあの子のことをいってるの?」
「まあ、そうですが。いつも私か久世先輩と交代で途中出場する――」
「ポイントガードに抜けられて最初からフォワード三人ってのは得策じゃないからね」
「でも、あの子はきっと誰にも止められませんよ。私と違って才能がありますし、エースと呼ばれるだけの実力もある」
「……でもね。まだあの子は」
「あっ、着いたみたいですよ。今日はそこそこ強いとこですし勝ちに行きましょう」
「はは……そこそこってセイラも相手をなめすぎ」
そこでバスの中の三十人弱を叩き起こして千駄ヶ谷のメンバーは対戦相手のチームがいる施設へ入っていく。
監督と中村を先頭に二列縦隊で整然と並んで歩く様は、軍隊のようだが相手方に失礼にならないようにしたといえば笑い話で済むだろう。
とにかくバスケットコートのある場所まで案内の老人に連れられて迷わず来ることができた。
「じゃあ、すぐにアップを始めるよ。試合にでない一・二年生はボール拾いしてね。キビキビ頼むよ」
「ボールって貸してくれないのかな? まあ、いくつか持って来てるけど」
「観光したいな~」
「勝っても負けてもすぐ帰る予定だろ。そんな誰もが思っていることを言うなよ」
「でもでも、もしダブルスコアとかつけたら監督の気が変わるかもしれないし」
「……あの、ボール、使ってないなら、貸して欲しいです」
「おぉう由那っちじゃないか。東先輩が指導してあげよう」
「いえ、中村先輩から『千波には近付いちゃダメ、絶対!』って言われているんで」
「ひどおぉおおい!」
コートでアップをしている選手の中で一際背格好の小さいのが二人いる。
それは百五十センチ後半の東千波とベンチを含め唯一の一年生である子。
唯一の一年生は突発性叫びたい病を発症させた東から逃げるように中村の影に隠れた。
そうやって自分を頼ってくれるのが可愛くてしょうがない中村八重は顔を綻ばせてその頭をなでるのだった。
「もう、由那はかわいいな~。絶対に千波とは関わっちゃダメだよ」
「そうね。千波に毒されるようなことがあれば、私は千波を殺すわ」
「そうだね」
和やかに物騒なことを言われているが、ここがアメリカなのだと思い出し「あぁ」と
東は一人で納得する。
なにが「あぁ」なのかそれを見守る桜にはわからなかった。
「さあ、最後に締めいっとくよ」
中村の掛け声でゴール下にいた数人がどいて道を空ける。
その間を通って中村がゴールへ猛進していくと後ろから上園の鋭いパスがどんぴしゃでゴールの側に出される。
そのタイミングと自分が飛んでゴールへ叩きつけられるタイミングを見極めて中村は飛んだ。
そしていつもの決めセリフを言う。
「はい、ドーン」
これがアップの段階で出せるときは調子がいい証拠であった。
つづきます。
あと東千波は他の話でも今後もでてきます。