63:代表合宿(ラスト)
62:代表合宿
二年生コンビは、パスがカットさえされなければほぼすべてゴールへ沈めているため、それを見つめる歳賀原も競り合う必要自体がなかった。
「どうなってるんだよ。後半からあの二年生コンビが止まらないぞ」
「確かに、中学選抜に選ばれるんだからそれなりだと思うが、それにしても急に入りだした気がするな」
「やはり、あれか」
「あれだろうな」
男子チームの反撃ムードを感じ取り、一度しか使えないタイムアウトを使った。
試合は、残り一分を残して四点リードしている。
後半で勲章ものの働きをした岡本と片桐が興奮した様子で話す。
「すごいですよ! 先輩からのパスを受けると、そのままゴールに入っていくというか、なんかとにかく凄いんです!」
「はい、なんか躍動感があるというか、ボールが生きてます!」
「あはは、でもシュートを外してないのはあなたたちの実力だよ。私はただプレーしやすいようにパスを出しているだけだから」
例えば右利きの選手なら、その場所に踏み込んだ足が左になり、利き腕で受け取ってそのままシュートモーションに入れるようにする。その程度の気配りをしたただのパスなのだ。
「最後まで気を抜かずに頑張るよ!」
「「おおぉっ!」」
試合が再開されると、そつなく男子チームが二点を返して、残り数十秒となった。
いま私が持っているボールを決めれば勝ちで、取られて逆転をされたら再びこちらが逆転することが不可能な時間だ。
つまり残り時間を考えれば最後の攻防だ。
すると男子チームが前線の二人に密着したマンマークをつけてきた。
これまではゾーンディフェンスをしながら、近くに前線の二人がいれば要警戒としていたのを露骨に変えてくる。
こうなると伸びるパスを通す事は非常に難しい。
逆に言えばこの状況ならフェイクパスが効果的に使えるのだが、私がここまでフェイクパスをほとんど使わなかったのには大きな問題点があったからだ。
一言で言えば、あのパスはこのメンバーだとリンしかタイミングが取れない。
例えパスを受け取ることが出来ても次につばがるパスへならなければ、取られてカウンターをくらいそこで勝負は決まってしまう。
残り時間を考えてメンバー全員が前線に上がっているが、リンは外側に一応いるだけだった。
「お前のパスは脅威だが、マジックパスも通常の伸びるパスも受け取る側がいなければ意味がない。ディフェンスに専念していた金髪の子も、二人つけているから自由にはプレイできない」
「あとは立っているので精一杯のお嬢だけだけど、その子に無理をさせるようなプレーはしないんだろ? そういう感じがキミからはこれでもかというくらいしてくる」
十分にプレーできない歳賀原さんにパスを出す気はなかった。
するとフリーの歳賀原さんが大声を上げながらゴール前に走ってくる。
「わたくしが勝負を決めますわ!」
必死のダッシュに、フェイクパスの最大の利点を生かす条件が揃いつつあった。
一瞬だが新崎をマークする二人以外の視線が歳賀原さんのもとに集まる。
それを見て、私はマークする二人に向かって全力のフルドライブで突っ込む。
その勢いが失われる前にワンステップで後ろに飛びのいたときにはもう私の手元にボールはなかった。
そのボールの行方を新崎以外の九人、それにその試合を見ていた全ての人が探すがなかなか見つからない。
ボールは完全に姿を消していた。
約一秒後、そのボールは誰の手を経由してそこにいったのか分からないほどスムーズに、相手のゴールリングを貫いて試合を決定付ける得点を決めていた。
「なんだよ。いまのは……」
「ゴールされるまでボールがどこにあったのかも分からなかったぞ」
ラストシュートを放った岡本も自分が何をしたのか分かっていないようだった。
「気がついたら、シュートしてて。それが決勝点になってて。でも」
「そうですわ」
「さすが新崎ー」
そう私達はU-15日本代表の中学生選抜男子チームに勝利した。
コート中央のサークルで私と歳賀原さんは交差するようにハイタッチをして抱き合った。
最後のパスが通ったのは半分以上彼女のおかげだった。
***
代表メンバーは五人決まり、次の日には残る三人も決まった。
残りのメンバーも無事に全員決まって、次に召集されるのは高校のインターハイが終わってからになるらしい。
少しの間の別れを惜しむように私たちは連絡先を教えあった。
「いつでも遊びに来てくださいな」
ロールちゃんからはタクシのフリーパスをもらい、いつか遊びに行かないといけないと思った。
「本当に、貴重な体験をさせてもらいました」
「ありがとうございました」
二年生コンビもお互いに学校の場所が近かったらしく、来週末にさっそく会う約束をしていた。
残念ながら千駄ヶ谷のある東京とはかなり遠い西日本に三人ともいて主な連絡は携帯になりそうだ。
私とリンは一緒に千駄ヶ谷中へ帰った。
次に会うのは、ようやく代表戦になるとリンに告げると嬉しそうな顔をしていた。
最後に、リンが試合の最後のパスのことを聞いてきた。
「あれはいつものとどこか違ったのー?」
アレは、通常なら自分のフルドライブで周囲の気を引くところを、他の人にしたことでいつもとは違ったパスを出すことが出来たということだった。
「あれはさ。歳賀原さんに助けられた部分が大きかったんだよ。私のフェイクパスは主にバウンドパスの派生系だから、その着弾点が変わるだけでパスの軌道も結構変わるの」
「あれ、そんなにしゃべってもいいの? しんざきー、攻略されちゃうよ?」
「まあまあ、そのくらいはリンも気付いていたから別に話しても大丈夫。大事なところはまだ秘密だけど」
「それで、どうやって完全にボールを消したの?」
私は空へ向かって片手を伸ばした。
それを見てリンは納得する。
「へぇ、上か。確かに急に上にボールが飛び上がったら、どの人の視界からも消えるか。それこそコートの上から見る観客くらいにしか気付かれない」
「そゆこと」
細かい理屈は抜きにして、私はあの試合のことと一緒に戦ってくれた三人のことを思い出していた。