60:代表合宿(フェイク)
60:代表合宿
合宿は全日程で二日間ある。
初日に無理をせず、その日組まれた試合をみて研究する事は無駄じゃない。
初日の最終組として挑んだ私たちの周りには多くのギャラリーがいた。
今年の優勝校である千駄ヶ谷中の二人が入ったチームなのだから当然といえば当然。
そしてそれなりの実力があるから、この日で一番良いデータを提供してくれる実験用モルモットとして全員の子が見に来ているのだ。
「ちょー、注目されているよ」
「全く、そんなにわたくしの美技を見たいのかしら」
「意外と馬が合いそうだね」
「足を引っ張らないように頑張らないと」
「うん。がんばろう」
即席チームの五人は私達三人が三年生で残る片桐さんと岡本さんは二年生だった。どちらも名門中学の子だったと思うがこれといった記憶はない。
一学年先輩として、その子達が怪我をしないように気をつけようと思った。
試合はジャンプボールを取られてしまい男子の攻撃から始まった。
ここまで連続で試合をしているとはいえ、控えも十分いるから疲労は見られるが、試合に響くほどに疲労している選手はいなかった。
相手が女子であろうと厳しく身体を当ててくるあたりは、さすが代表というところだろうか。
「新崎ー。パスちょうだい」
ディフェンスの最中だというのに空気の読めないリンが早くも上がり始める。
自陣のゴール前で張っているロールちゃんもあきれた顔をしている。
でもそのくらいが意外性があって面白い。
「余所見をしているようなら、もらっていくよ」
男子の人も日本人離れした金髪の奇行に動揺したのか、動きが緩慢になっていた。
その隙を見逃さずにボールを奪い、前を向く。
「新崎さん!」
後ろから声をかけてくれる歳賀原さんはさすがに歳賀原中を引っ張ってきたというだけあって、展開の速さに適応してフォローに回ってきてくれた。
こういう状況に不慣れな後輩二人の上がりが遅いのが非常に苦しい。
「新崎!」
前から大きな声でリンが呼んでいた。
そうだ。ここで逃げたようなパスをするのがPGの仕事じゃない。私は千駄ヶ谷中のエースで全中学生の中で一番の選手なのだ。
マークについていた男子の脇を抜けるようにドリブルを開始した。
私のトップスピードはたかが知れているが、少なくとも私のことを知る相手ならまずパスを警戒しているはずだ。
そんな見え見えのディフェンスなら抜ききれる。
「パスだけじゃないのか!」
「もちろんパスもしますよ」
完全に抜ききる事はできなかったが、私のドライブに釣られて陣形が微妙に崩れたところへリンが走っていた。
それに自陣のゴールから一生懸命走ってきてくれた歳賀原さんもゴール前に詰めている。
「多少抜かれはしたが、パスはさせない」
「こっちも出し惜しみはしない!」
私は本気で抜きに行くドライブをする。このタイミングでのドリブルは自殺行為だが、ほぼ真正面のドライブを受け止めるようにその男子はその場に釘付けになっていた。
すると男子の後ろの方で布がすれるような音がして、振り返るとボールを受けたリンがそのままゴールに流し込んでいた。
「これが女子中学界で話題の新崎のマジックパスか……」
「そんな大した物じゃありません。ただのパスです」
一瞬前まで男子の目の前まで迫っていた私は、ワンステップで距離をとってその後方へ飛びのいていた。
私のパスのタイミングが掴めない男子はまるで時間が止まったか、ボールが消えたように感じただろう。
色々な言い方をされるが、これが私のフェイクパスだ。