57:代表合宿(ロールちゃん)
57:代表合宿
私と新崎の馴れ初めは一旦置いておいて、最近の話をしようと思う。
新崎のことを良く知らないと、ただ私がそのころの新崎をフルボッコにしているだけに思われちゃうからね。
最近というと、夏の大会が終わって私がアメリカから帰ってきてすぐの話になる。
私こと、キャサリン・バックヤードと新崎葵はU-15の日本代表の合宿に呼ばれていた。
大会には出ていない私だったが、練習試合で全国屈指の中学相手に圧勝してきたことが選抜の決め手になったようだ。
監督が交代して一年目の千駄ヶ谷中は、それまで代表に選ばれてもことごとく断ってきていたから私達が千駄ヶ谷中で始めての代表候補というわけだ。
もちろんPFとPGのポジションは決まったようなものなので、他のポジションで足手まといにならない選手がいてくれることを願うばかりである。
「リンはどうしてリンなの?」
「新崎はたまに分からないことを聞くー。哲学的ななんちゃらという?」
「いやせっかく日米の国籍を持ってるならアメリカ代表に入れば優勝も狙えるよっていおうとしただけ」
「はぁ、アメーリカ? そんな暮らしたこともないとこの代表になって何が楽しいのー?」
「あはは、そうだよね。リンはそういう子だよ」
「なにそれ、分からなー」
ここ最近の日本代表の成績というと、一昨年に夷守中のCとPGがいたときに決勝トーナメントまで進んで一回戦のアメリカにダブルスコアの完敗。去年は予選リーグで一勝も出来ず敗退している。
正直言って、いくらパスの連携や戦略から見ごたえのある試合をすることが出来るようになったといっても、女子バスケ界は男子よりも身長差が顕著に出てきてしまうのだ。
二メートルを越す長身の人は少なくとも各国に一人くらいいるし、女子中学生でダンクをしてくるのも普通。
日本はそれに対抗する術を――力に対して力で対抗する術をもっていないのだ。
「リンはダンクも出来るし、たいていの人はぶち抜けるけど?」
ごく一部の人はそうじゃないかもしれないけど、基本的に勝ち目がない競技なのだ。
「まあ、期待してるよ」
合宿所へ到着すると、案内係のおばさんに大部屋へ連れて行かれた。
「こちらが代表選手用のお部屋になります」
「狭くない?」
「あはは。そういうことはお店の人がいなくなってから言おうか。常識がないわけじゃないでしょ?」
「臭くない?」
「あはは。何を言ってもフォローすると思うなよ」
「でも本当に、なんか鼻にツンとくる匂いがするよー」
確かにこの合宿所の概観からは想像できない種類の匂いがするが、別に臭いとは思わない――どちらかといえば香水のような香りだ。
すると先に来ていた子が立ち上がって挨拶をしてきた。
「遅いですわよ、新崎さん! それと……どこの国の人ですの?」
至極当然のことを聞かれるが、私の事を知っている人のようだ。
私が千駄ヶ谷中の今年のエースだから知っている、とは違う知っているのように聞こえた。
「我が永遠のライバル新崎葵さん」
両腕を組んで鼻を鳴らしながら声高らかに、私の、えーと永遠のライバルはそう宣言した。
確かに顔と声を聞けば知らない人ではないのだけど、これといって親密に会話した覚えもなかった。
たしかお嬢様中学の理事長の孫とかで、全国大会であたったチームの一つだったはずだ。
全国から身長の高い選手ばかり集めて苦戦したのを覚えている。
そしてその高身長チームで平均身長並のこのお嬢様がセンターを務めていたのが、今思い出しても違和感があったのを覚えている。
「歳賀原中のロールちゃんだ!」
「なんですのそれ! わたくしは歳賀原柚子ですわ!」
試合に出られなかったリンが、暇つぶしにつけたあだ名だ。
歳賀原さんの両端に吊り下げられている縦ロールの髪型からとったらしい。
「失礼だよ、リン。土下座して謝って」
「厳しいよー。両手を合わせていただきますをしながら謝ってもいい?」
「しょうがないね」
「……意味が分かりませんわ」
大丈夫、私も意味が分からない。
もはや十有二月学園へんならぬ千駄ヶ谷中編。
ちょこちょこと他の学校名も出していって派生していこうかと思います。