54: 化けの皮を被った少女
54: 化けの皮を被った少女
少し先のことになるが、この夏、一年ぶりに全国大会を制することになる千駄ヶ谷中。
エースでキャプテンの新崎葵を中心に中学生とは思えないバスケをする。
そのチームが挑むのは一年生だけで県大会で優勝した歴史の浅い十有二月学園。
しかしその十有二月学園は怪我のためキャプテンをかき、生徒会の仕事でエースをかいていた。
亜佐美や希星が見守る中、千駄ヶ谷の一軍、一・二軍混合と一回ずつ試合をした。
その結果は、高校生である十有二月学園の二連勝で終わったが、一戦目の一軍を相手にした試合より、二戦目の新崎以外全員二軍との試合の方が苦戦した試合内容だった。
午後からは、合同で練習をすることになっていて、通院から帰ってきたキャプテンと亜佐美、千駄ヶ谷の新崎が雑談を挟みながら練習方法を話し合っていた。
「アップもすんでるし、どんどん実戦形式の練習をするのもいいかも。こうしてせっかく練習をするんだから最大限意味のあるものにしましょ」
試合の結果を聞いて、正直嬉しかったキャプテンが中心になって練習方法を決めていく。
「気になっていることがあるんですけど、天野さんの身体は大丈夫なんですか?」
「えっ? あぁ、大丈夫、大丈夫。今日は経過観察の最終チェックをしてもらっただけだから。なんならいまから練習で勝負しましょ」
「……天野」
「なに、アサミン?」
「ちょっとこっち来い。それとアサミンいうな!」
亜佐美は十有二月学園、二年生キャプテンの天野を連れて新崎から距離をとる。
天野も亜佐美のことをアサミンと言うのは、単に仲のいい風見鶏から聞いていたからだ。
三人は同じクラスなのだが、その中でも風見鶏と友達以上の付き合いをしているのはこの二人だけになる。
あまりに目立ちすぎる風見鶏は、クラスメートとは友達以下の軽い付き合いがほとんどである。
「試合の結果はさっき言った。それだけでもあの子が普通じゃないのは分かるわよね?」
「分からないね。実際にプレイして見ないとわからないしょ」
「バカか。こっちが二軍戦で苦戦したのは、レギュラーに比べてだいぶ劣る二軍の選手に、二、三十点も取られたからなの! そのアシストは全部、あの子からなの!」
「どうどう、そう興奮しない。それで、本気でこられていたら負けていたとでもいいたいの? アサミンにしては弱気だねぇ。どんな窮地でもチームを勝利に導いてきた、プレイングマネージャー、永田亜佐美の言葉とは思えないねぇ」
「とにかく、怪我明けの天野は練習はほどほどに! 試合も禁止!」
亜佐美の必死の説得により練習は両チームを混ぜてパス、シュート、ドリブルを行い、ほとんどの時間を片面での3 on 3に割いていた。
その練習風景を見ていても、千駄ヶ谷中のレギュラーと控えの数人以外は普通の子たちだった。
とてもじゃないがインターハイに出場する高校生を相手にして、互角にやりあえるほどじゃない。
もしそれを可能にするものがあるとすれば、突き詰めた戦略か、相手のことを徹底的に調べ上げてきたか。
または高校生を相手にしても圧倒的な実力差を持つ、絶対的なエースがいるかだ。
「新崎さん、パスちょうだい」
初対面の高校生にパスを要求され、新崎はタイミングを計って、その高校生の踏み切る足と逆の手で受け取ることが出来るパスを送った。
「ナイスパス!」
受け手としては動き出しがスムーズになり、気持ちよくプレイさせてくれるパスだ。
そのままレイアップで決めようとしたとき、周りより数歩前に出て決めることが出来たのは偶然じゃなかった。
これは二軍戦で何度もやられたパターンだ。
「ナイスシュートです!」
話しやすく明るい性格の新崎は、高校生たちの中でも元からチームメイトだったようにうまく馴染めている。
それも一種の才能なのだろうが、まだまだそこの知れない超中学生級の少女に高校生達は感心するばかりだった。
新崎一人でのプレイもさすが千駄ヶ谷中といえたが、やはり彼女が輝くのはパスを出すときだ。
まるで天井から見下ろしたように、俯瞰した視点から敵も味方の位置も把握して、一緒にプレーする中で味方の癖のようなものを見つけて最良のパスを送る。
そのパスを受ける側が気持ちよくバスケをする。
それこそが新崎葵の目指すバスケのように思えた。