52:ぱぱりん(今井さん)
52:ぱぱりん(今井さん)
十有二月学園は創設されてまだ二年しか経っていない新設校である。
昨年度の新入生は、ただ勉強が出来たりスポーツが出来たりするだけでは合格できず、二期生相応の個性ある生徒が選ばれている。
その学校を取りまとめる人間として、たまに幼児退行をしてしまう生徒会長がいて、それを補佐する優秀な人間がいる。
ちょっぴり不思議なことも起きるが、いたって普通の進学校である。
亜佐美が希星を連れて校内を歩いていると、十有二月学園の制服とは違った格好の人を見かけた。
それが妙に気になったので、咄嗟に二人は身を隠した。
「あれは、マント? ヒーローごっこをするバカな子供が、ウチの高校にいないと思いたいけど、それがなくはないのが非常に残念ね」
十有二月学園には仮装をする部活動はない。
男女共学だが、比率で言えば女子の方が多いせいもあってか、部活は主要な運動部と文化部があるだけで漫画研究会とかゲーム研究会とかのサブカルチャーを意識した部活はなかった。
「あれは何を持っているのかしら?」
「おべんとばこじゃないでしょうか?」
視線はマントを羽織った男の手元にいっていた。
手提げ袋に入れられた四角形の箱からは、もうすぐお昼という時間帯にお腹をすかせるいい匂いがもれていた。
「お弁当箱ね。しっかり話せないと、大人になったとき困るわよ」
一つしか違わない後輩に、形容しがたい不安を感じていた亜佐美は、思わず説教をしてしまう。
それを素直に聞いて、希星はコクンと頷いた。
「とにかく不審者には違いないわね。私たちで捕まえるのは危険だから先生に言いに行きましょう」
「でも……あれって、たぶん」
「なに、希星の知り合い? ならどうして隠れたの?」
「ぱぱりん?」
「お父さんなの!?」
父親に将来やってもらいたくないことベスト5に入る、呼ばせ方と服装のダサさに驚いて思わず大きな声を出してしまった。
「ううん、違う。ぱぱりんは今井さんであって、お父さんじゃない」
「そうだな。一緒に暮らしてはいるけど、血はつながっていないし、そういう関係でもないな。たぶん」
いつの間にかマントが話しに加わっていた。
「希星に弁当を届けようとして、道に迷ったんだけど。とりあえず受け取ってくれない?」
希星はそっとその弁当箱を受け取る。
近くで見たマント男は、思ったよりも亜佐美たちと年が近いように見えた。
希星とは兄弟といっても良いくらいの年齢差かもしれないが、顔は全く似ていない。
「ところでキミは希星の何なんだい。まさか恋人だといったらただじゃすまないぞ」
親バカに負けず劣らずで周りが見えていない人の目をしている。
「初対面で、ただ学校の中を案内しているだけです」
「それを一目ぼれと――」
「いいません」
「自分のことをお姉さまと――」
「呼ばせません」
「正気か?」
「一発殴ってもいいですか?」
会話のキャッチボールが、いくつもの魔球を織り交ぜて凄いことになっていた。
この人の事は、メールで一姫に伝えておくことにして、希星の手を引いてその場を後にした。