50:終幕 異空間からの脱出(ラスト)
「ルールは守らないと……一枝はあなたに罰をあげないといけない……一枝は罰をあげないといけない――大事だから二回言った」
きっとこの物語の核であろう赤い服の少女に気をつかわせつつ、最終回スタートです。
雨宮斗貴が理不尽な言葉の暴力に合っている間に、天凛は赤い服の少女のすぐ横を通って吹目のもとへ、それと入れ替わるように奏と紫朱音がきた。
むこうでは早速打ち合わせのようなことを始めているが、当人のいるところで長い話をしているはずもなく、すぐにこちらへ視線を向けてくる。
「奏は今回のことの真相は掴んでいるのか?」
「真相も何も、そこにいる女の子のことも知らないわよっ」
「そっちの後輩はどうなんだ?」
「あれがヤバイやつってだけは知ってる。私たちと同じ境遇の人をあいつは……葬り去ろうとしていた」
「そこんところは天凛から聞いてるけどな。怖いとかクイズを出してくるとか。あとはお供の三人組が愉快ということとか」
「案外物騒な事になっていたのね。あたしがカラオケ初体験している間にそんなことがあったなんて驚きだわっ」
「………………まあ、そうね。アレはカラオケじゃないし。奏の歌はなかなか……」
「そりゃあ将来の大歌手様からすれば、奏の歌なんて聞くに堪えないだろうな」
「いえ、あれはそうゆう問題じゃないのよ。そもそも私は“歌手”じゃなくて――」
「“女優”になるんでしょ?」
「……いや、そうなんだけど……人前で堂々と言うのはちょっと恥ずかしいような……」
「恥ずかしがるなよ。こいつめ~」
「「うわ、気持ち悪っっ」」
「ごめんなさい!」
赤い服の少女が敵視していた紫から視線を外し、地面を見ている。
ただの女子高校生相手に危ないことをしようとしていた子供は考えを変えたらしい。
ちょっとした呪いでおかしくなっているだけのその子に、俺たちは伝えることがあるんだ。
体から炎を出したり、相手の心を覗ける人間なんているはずもないのだから、そうなってしまった理由を探してやればいい。
そして俺たちはその理由を見つけたはずだ。
「ぱんぱかぱ~ん。正解アンドご帰還おめでとうございます!」
その場に突如、一人でも愉快な奴が姿を現した。
それを見て吹目が足元の雪を丸めたものを思い切り投げつける。CGで再現された映像のように、白色の雪玉はその人物を通り過ぎてその向こう側にいた少女に当たりそうになる。
少女の正面で一瞬真っ赤な障壁のようなものが見えたかと思えば、雪玉が蒸発していた。
「この小屋はアイツのためのものだったんだな。あの質量の水分を一瞬で蒸発させるなんて相当なものだ」
「そうなのよ。アレは厄介でしょ?」
「そこのお二人様はセットでよろしいでしょうか?」
愉快な女は吹目と天凛を見て、マックで注文を聞く店員のようなことをいう。
二人とも不思議な顔をするが、愉快な女の表情は見えない。ここから見える後ろ姿からは、赤い服の少女(たぶん、桧林一枝)や桧林三姉妹、愉快な三人組とは違ったものを感じる。
それが何なのか俺には分からない。
だけどそれはこれから起こる異変の当事者になる二人も分かっていないことだ。
「セットも何も、あなたたちのことははっきりとは分からないけど、今からこの異空間の謎を解いてあげるから見ていなさい。あの三人組と同じ傍観者やそちら側の人間というのならその意味もわかるでしょう?」
天凛から俺が聞いたことはいくつかある。
まず今いるここは異空間であって、現実世界とは違うということ。
異空間内にいる人間は、俺たちのようにあの村に訪れた旅行客とこの謎の核となる人物、他には核が動きやすいようにいるゲーム内のCOMのような進行役に限られるということだ。
だからこそ、ゲームバランスを壊してしまうようなCOMが出てくるなんて俺はもちろん天凛も予期していなかったのだ。
「だからそんなことされちゃ困るんですよ。倒してもらうのはいいですが、この異空間ごとなくなっては利益になりませんからね」
「そう、あなたもそっち側だったの……あのお屋敷ではお世話になりました」
「もうちょっと愛想よく……いや、なんでもない」
「ずいぶん頑張られたようで、もうじき出られそうですね。それは祝ってあげたいところですが、約束は守ってもらいたいところですね」
「だから今から、この子と話して全て終わるところよ。邪魔しないで」
「邪魔はしませんよ?」
――寒けがした。
いや、ここは雪山だから、寒いのは当たり前で何もおかしなことじゃない。全身が小さく震えて、その運動で熱が使われて体温が失われる――といったことではない。
体が震えたのは同じでも、俺が感じたのは寒さじゃなくてゾクゾクするような怖さだ。
「セットで戦ってきてくださいね? さあ、次は村の活性化に役立ってくれたお嬢様方と――――あなた誰です?」
俺のたらない頭じゃなく、奏の頭を借りて状況を整理すると、この異空間にみんなとは違う方法(契約)で来た俺はこの異空間のシステムからすれば知らない事だそうだ。
そして降り積もった雪の下の落とし穴に、落ちて消えてしまったのではないかというほど、その場から消えた二人は、おそらく異空間のどこかに飛ばされたのだ。
そこは少なくともこの場所よりも危険な場所だと……奏だけは気付いていた。
「だれであろうと、私たちの邪魔をするのならルールに従って排除しますけど、よろしいでしょうか?」
◇
こんな状況でも誇りに思える人が傍にいて安心できる一人の少女。
それが天凛の本質に最も近い。
その思い込みだけが、月花天凛が今もこうして人の形でいられる唯一の救いだった。
天凛と空は再び村のところへ召喚されていた。
天凛が一人で行動している最中、脱出するのに一番てこずったのが今いる闘技場である。
「一回目はどうやって逃げたんだよ」
「運が良かったのよ」
「そうかい」
円形のフィールドは鉄棒と縄で仕切られ更にその周りには村人が大勢いる。
その内側に見るからに筋肉隆々な男が一人腕を組んで待ち構えているという最悪なシチュエーションだ。
「一回目はあんなのいなかったのよ」
「ああ、あんなのとは二度と会いたくないな」
「うむ、小僧――とか言いそうね」
「我に挑むというのか小童――とも言いそうだな」
広さは関取たちが戦う土俵よりも少し広いくらいで、どちらか一方が走って逃げるには十分な距離は取れそうもない。二人が一緒にいられる時間もそう長くないということだ。
二人だけが分かる言葉で、“使う側”と“使われる側”の戦い方の準備をしているのだ。
「私の生まれて初めての旅行が『よぉし、奏たちをつれていい感じの日の出を見に行こうぜ!』というバカな子によるものになるとは思いもしなかったわ」
「そのバカな子は俺の親友だから、出来ればもうちょっとましなことを考えていたと思わせてくれよ。あれでも高一のときは、校長に認められるほどの奴だったんだぜ」
「それは悲しい現実ね」
「ああ、とても悲しいな」
女を狙うことは武士道に反するとか、漢の道にとか考えている筋肉は吹目に向けて拳を突き出してくる。その拳をかすめるように天凛は腕を伸ばしてその拳を代わりに受けた。
「後は任せた」
「じゃあ任されるわ」
呼吸を合わせるように拳の軌道を受け流した天凛を見て、さっきまでの考えを捨てた筋肉は真っすぐに天凛を見据える。
「女性に対してそこまでまっすぐな瞳ができるなんてすごいわね。筋肉しかない男はてっきりウブだと思ったわ」
呼吸をするように相手を挑発したり、適当なことをいったりする彼女も余裕があるからしているわけではないのだ。そうしていられるのが彼女の普通の状態で、彼女の“救い”なのだといっても誰にも理解されないだろう。
「こうゆう力だけの男なら十分に余裕よ。近くにいるだけで殺気が感じられて、行動のほとんどがよくわかるもの――――――!」
天凛が筋肉男を見ながら思っていたことは、相手がこうゆう奴で良かったということだ。
なぜなら、もし調べてきた桧林家のような人が相手となれば色々と違ってくるからだ。
調べた限り、それは最悪な組み合わせとなる。
そして男が姿を変えたのは筋肉なんて全くないような細腕の男だった。
見るからに弱そうなその男は、フットワークを生かしての拳を天凛に向かってぶつけてくる。
それを寸分の狂いもなくかわす神技を天凛は演出する。
そのタネが相手の心を見透かしていることなんて普通なら考えも及ばないはずなのだ。
――こんな村でなければ絶対に。
「天凛!」
彼女の顔のすぐ横を細い腕が貫く。かすめた爪で頬に薄い傷が走るがそこから血が出る様子はない。
「……前回同様、これは桧林家が持っているとされるものを持っているのよね。なかなか厄介」
右、左、と規則的なリズムで繰り出される拳に合わせて“こちらの動きを先読み”したような一撃が来る。それに対応しきれない天凛は少しずつ劣勢へと追いやられる。
反撃も十分にできず、狭いフィールド内で綱に背中を押し当てるように守りに徹している天凛に対して吹目空がフィールド周辺を見回した。
「うぅぅっ……」
吹目が二人の組み手から目を話している間に天凛は死角へと一発撃ち込み、うめき声をあげて男が一歩下がる。
反撃のきっかけなんて誰かに頼るものでもない。そう言いたいようなそぶりを見せながら天凛は拳を握り締める。
「そうゆうことか……なかなか古典的かつ近代的なやり方だな……」
「そうね。あちら側のタネはそうゆうことだったのよ。ある話からつくった虚構のフィールドでしか使えない――――怪物とまでよばれた力の正体」
天凛はこう考えていた。
このフィールドは狭いだけでなく、遮蔽物もない非常にシンプルなものだ。
初めて戦いあった相手も今と同じように、まるで相手の心を読んでいるような動きで翻弄してきた。それはどうにか回避できたのだが、そのときはどうしようもない相手だった。
天凛自体。中学一、二年のときに武術の大会で優勝した経歴を持つが、それは相手の行動をほぼすべて知ってできるズルによって成り立っていた。その翌年は本物の武術家に完敗したことからもその力は完全ではない。
完全でないにしても、大人の男相手に一歩もひるまない自信と勇気を与えてくれるその力の怖さも彼女は知っていることになる。
「どうせ聞かれるのはゲームマスターくらいだから話すけど、私は相手の心を見ることが出来るわ。それは視覚や聴覚、そのほかの感覚器官のどれにも属さず、一部の例外を除いて身体の中に流れ込んでくるように感じられる。例えば直接相手と触れあえれば、より深く知ることが出来るけど、遠く離れた相手のことはさすがにわからないもの」
故に相手は自分とは違う力の持ち主だと。
なぜなら天凛は相手となるべく触れ合わないように戦うのが自分のスタイルだと思っている。
いまでは元軍人に叩きこまれた色々な武器を使うことで相手と全く触れずに戦うことが出来るようになっているが、あくまでそれは非常事態のときだけだ。以前の彼女は相手の行動を読んで、風を薙ぐように攻撃を回避して必勝の一撃を打ち込む。
それは体の接触でじかに伝わる感覚が電撃でしびれたときのような、とても嫌なものだからであるのと、もう一つ大きな理由がある。
それこそ彼女の“救い”に大きく関係してくる非常に厄介なことだ。
「それと比べてあなたの攻撃は単調で、相手の攻撃を読んでいるというよりは、クウのように動きを把握してこその一手を踏んでいるようにしか見えないのよ。そうね、周りで観客しているあなたの仲間が、その耳元にくっつけている通信機でやり取りしているのかしら?」
タネとは、ギャンブルでのいかさまのように単純明快だった。
トランプゲームで相手の後ろから手札を覗き、それを何らかの方法で主に教えるのと同じ。
つまり、月花天凛の相手じゃないということ。
本当にそこで決着がついていれば良かった。
「二度ある事は三度ある……ってな」
吹目空は三度目の変身――何かのアニメやゲームで出てくるボスのような事をする細身の男を見ていると、今度は見る見るうちにその背が小さくなる。
秘めていた力を集約させて完全体にでもなるようだ。
頭の上に三角の角をのせ、首下や手首、腰のあたりにふかふかした真っ白な毛玉。肌の色は明るい赤色で足に装備したものも上着と似たデザイン――いわゆるサンタクロースの格好をした少女がその場に姿を現した。
「天凛、これはどういうことだと思う?」
「『クリア!』ということではなさそうね。むしろもっと厄介な、どこかで誰かに既に教えてもらっているような」
「あまみやときのことじゃない?」
微妙な距離感の二人に冷たい何かが走り抜けた。
「どうしたの? あまあまとくぅさん?」
真っ赤なサンタクロースの姿をした桧林三茶がそこにいた。
◇
「あんたバカっ!」という声が聞こえそうなくらい、曖昧な記憶で奏を怒らせる斗貴が雪山にいた。
全部を覚えきれなかった斗貴は、部分的に奏に伝えることが出来た。
そこから推測して、運よく天凛とほとんど同じ答えに辿り着いてしまった奏はただただ近くにいた間抜けな先輩を攻めることしかできなかった。
傍にいたもう一人の同級生も置いてけぼりで、こちらへ矛先を変えてきた赤い服の少女と愉快な奴のことも忘れてしまったように。
この村の怪物という言葉をうまく使った恐ろしいシステムについて。
目の前に桧林家の三女、桧林三茶が現れた。
それが誰なのか、不愉快なほど唐突に現れた一人の言っていたことを思い出してすぐに分かった事がある。ここへ連れてこられた理由は、以前、天凛が出会った偽物じゃなく、本物の桧林家の力を継承している人間を倒せということだったのだ。
つまり、目の前にいる少女はそうゆうものを持っているということになる。
「なにしてあそぶ?」
「勝負の事かしら?」
「ショウブ?」
そこにいる少女は間違いなく桧林三姉妹の三女。サンタクロースの格好と幼い背恰好が赤い服の少女とだぶって見えてしまうが、この二人は別人だ。そしてこの異世界の中で三茶が分かっていることはなにもない。
忘れてしまったことがある。
それが三茶なのだ。
「とらんぷなんてどうでしょぉ? ばばぬき~、ばばぬき~」
「よし、三人でやろうぜ」
『サンタがばばー』
フィールドの中心で、周りの観客から差し出されたトランプを広げる三人。代わり番子にシャッフルをして均等に分ける。振り分けた直後に約一名が手持ちのジョーカーを発言してしまったが、ゲームスタートだ。
「新しいルールね。まず手持ちのカードをばらすなんて面白いわ」
「だからってバラすなよ。ただでさえこっちは…………いや、なんでもないけど」
『変態の親友さん。右から二つ目のダイヤの3ちょうだい?』
「こっちの手札が分かる奴相手に勝てるのかよ」
「他のルールもあるそうね」
手に付いたほこりを払う天凛の横には、さっきまで観客の中にいた一人が横になっていた。
フィールドを囲う縄が解けたところから入り込んだ一人を天凛が倒したらしい。
トランプを手元で広げているところを後ろから攻撃され、回避し振り向きざまのクロスチョップで撃退したらしいが……それほどの修羅場を見逃したことに吹目はショックを受けた。
「チェスとボクシング――――そう言った二つの種目を同時に行う遊びがどこの国にかあったと思うけれど、そういったものと同じようね。トランプをするのは三人。けれど実際にババ抜きをするのは少女と私、空のどちらか。残った方は次々に入ってくる観客と戦う、というところかしら。本当に純真無垢なこの子はワンサイドゲームでもしたいようね」
『変態の親友さんは早く引いてください』
「この間に考えるぞ。相手はまずババなんて引かない。だけどババを今持っているのはあの子だ。そしてあの子の手札を引くのは天凛、お前ってことだ」
この場合のババ抜きはババを引かない――じゃない。
結論はそういうことになるのかもしれないが、当面は観客にボコボコにされることなく手札を減らしていけばいい。その減らすペースが大切なのだ。
確実に自分と相手の手札を見比べて減らしていく少女は、おそらく最速で手札を減らしてくるだろう。そうすれば、手札が残り一枚になったところでこちらが必ずババを引かなければならない事態になる。
「さあ、早く引きましょう」
無造作に、だが慎重に吹目はトランプを選んだ。良く切れていたせいか始めから多めの手札に引いたカードと数字があって手札を減らすことに成功。
次に、どこから攻撃されてきても大丈夫なように用心深く警戒していると、また三茶が手札を当てて減らしていた。
「作戦会議その2だ」
「ここは任せて…………」
会議を締めたときの天凛は少し不自然だった。
まるで家出して橋の下に段ボールハウスを作って、大勢の社会の端っこで生きている人と暮らしていたときのような。理性や論理なんて関係なくあらゆる手で勝利を勝ち取る、獰猛な心が再び芽生えてしまったような気さえする。
吹目は天凛の意志を無視することはできないため、しばらく様子見することにした。幸いなことに手札もまだ十分あり、フィールド内にいる刺客も天凛に順番が回った時に全滅になる。
その繰り返しで吹目と三茶は順調に手札を減らした。
「どうすんだよ。もう終わるぞ」
「それでいいのよ。あなたが終わって私とあの子の一騎打ちにした方がやりやすいから」
「一応確認しておくが、最初の手札が俺、天凛、あの子の順番で少なかったから一度も失敗しなかった俺よりあの子の方が上がるのが遅くなるのはいい。でも天凛はそれほどいい具合じゃない。むしろ追い詰められているんじゃないのか、と思わされるくらいじゃないか」
手札のカードを眺め、これまで通り天凛が手札の順番を入れ替える。その入れ替えられた手札の中から、吹目から見て右端にあるカードを取れば、それが吹目の当たりカードになる。
次々と都合の良いカードを吹目に与えているせいで月花天凛の手札ははじめた頃の半分くらいにしか消費しきれていない。
天凛の方もたった一つの心配を残してこの作戦を実行している。
どうして天凛が吹目の欲しいカードが分かるのかというと、桧林家と似た能力で手札のカードを見透かしていたからだ。赤の他人と比べれば気心の知れた仲――友人以上の関係であり肉体的接触もしたことのある二人の間なら、言葉や見て分かるような動きをしなくても片方にはわかるのだ。
トランプを見通すことは月花天凛の能力が内側に向いているものであって、雨宮斗貴と榊のような外側に向けて現れるものじゃないから出来ることだ。斗貴に関して言えば、それが体質のようなものだから、誰かれ構わず取りつかれることがある。柚木奏が魂だけ預けていたことや、場合によっては複数の人も受け入れることが出来るのはすごいのかもしれないが、第三者から見ればそうはなりたくないものだ。月花天凛も家族を失い、利用されることが多い背景には、能力の欠陥を知らずに過ごしていた。相手の内側を見る能力だから、なんでも見えるのかと思えば、そうでない例外もある。
例えば、自分へ対するある感情を含んだものや、手の届かない場所にいること――極論、そこにいない人のことは分からないし、肉体的接触がなければ何も伝わってこないのだ。
他には、純粋な気持ちで真っすぐに瞳を見てくる相手のことも良くわからない。
それに対して桧林家の三女は、これといった弱点もなく、まさしく怪物と呼ばれるものそのもの。
作戦通り先に上がった空は天凛と一度ハイタッチをしてから、フィールドの隅へ行った。
「――次は私が引く番ね」
「変態の親友さんはあがりだ~」
「一つ言っておくけど、それは年上の人への呼び方じゃないわ。せめてお兄さん、お姉さんというべきよ」
「は~い」
調子を狂わされるくらい行動が読めないのはもちろん、このように遊んでいるだけのどこに、今までのクイズのような殺伐とした雰囲気があるのか。目の前の相手が三度目の変身を遂げてからは、それを全く感じなかった。
それは先に上がって、彼女の手札が見える位置に座っている吹目にも感じられたことだが、予想に反して先に上がってしまえば観客とやり合うことがなかったことに安心した。
あいつが非力な男相手に心配していた事はこれでなくなったということだ。
「お姉さん、どうしてそんなに難しいこと考えてるの? サンタと遊ぶのつまんない?」
「とても面白いわ。後ろにいる役立たずとトランプしているのよりはずっと」
「お姉さんどうしてそんなこというの?」
「……」天凛は視線をそらしたりうつむいたりしたわけじゃなかったが、少女は全てを見透かしているように口をはさむ――「本当はそんなこと思ってないのに?」
「……まあ、そうだけど。あなたはその力が怖くないの? 例えば知らない人の考えていることも、知識なしで明快に分かってしまうことや、家族のように好きな相手の気持ちもわかってしまうこと」
「わかんない」
「じゃあ、もっと簡単にするわね――――いいえ、あなたが私の心を読めばわかる事じゃない。手でも差し出せばやりやすいかしら?」
残り三枚の手札を見つめる少女は、突然差し出された手に何をすればいいのか分からず首をかしげる。
「わかんない。お姉さんが引く番だよ?」
「そう」
小さな子の言うトランプゲームを無視して、天凛は考えを巡らせる。
ほんの数秒の間に、“相手が子供であろうと精神崩壊させてしまおうか”や“トランプそのものの興味を無くすこと”、“それどころではなくすこと”を考えたがどれもパッとしなかった。初めの心配ごとが現実になっていたら一番初めの手段を取っていたかもしれないが、その必要もなく、この勝負に関して言えば「対等な条件」で「トランプに関してはとても公平」に進めている。観客とのバトルは少々きついが、きついですむ程度である。そこに規格外の化物がいたわけじゃない。
少女は「相手の心が読める」とは一度も言っていない。
ただこちらの手札や関係、思っていることを彼女を通して聞いただけにすぎない。
そして天凛は彼女の心を読めない。
「あなたは人の心が読めるんじゃないの?」
「かずうぇーはそうゆうこと言ってた、かも」
「――じゃあ、私の好きな食べ物は?」
「安いレストランのワンコインパフェ~」
「そうね、正解よ。ちなみに“安いレストラン”のことを“ファミレス”っていうのよ。この村には当然ないでしょうけどね」
「はやく、はやく~」
天凛は難しいことを考えるのをやめた。
「じゃあ引くけど――どうしてサンタちゃんは、私たちの手札が分かるの?」
「ほぇ? だって『お姉ちゃんたち』が教えてくれるもの」
「私はそうした覚えはないわ、さっきの好きなものだって。そう思うなら、きっとそうなのでしょうね。あなたにとって、これはそうゆうことになっているのね」
「ねえ、早く引いて」
「じゃあこれにするわね」
「あっ! お姉さんババだ!」
「いいのよ。こうしてカードをいっぱい持っているとわくわくしてくるから」
天凛は、自分たちがカードを端に移動していたのを少女が見ていたのに気が付いていた。少女は“あるカード”を引いて欲しくてそれを端にしていたのだ。そして天凛が引く番になると必ずと言っていいほど、その子は律義に端を一度見るのだった。それさえ見ていれば、謎のカードが何なのかも想像はつく。相手が純真無垢な子供なら確実に。
「そうなの? あー、によーと同じでお金がいっぱいあると嬉しいから?」
「その“によう”さんがどういう人か分からないけど、そういったわくわくはまだ知らない方がいいと思うわよ」
「によーはいつも、それ見てハァハァーーそれ見てハァハァなんだよ!」
「にようさんはとても個性的な方なのね(変態なのね)」
「うんっ、によーおもしろ、さっきも変態のお兄さんをもてあそんだ!」
「お姉さんからの忠告。本当に、その人とは距離を置くか関わらない方がいいわ。あなたの周りには金の亡者や変態しかいないのかしら」
「お姉さんもおもしろ!」
おもしろ、の声のリズムが気に入ったのか少女もこちらの質問に気持ち良く答えてくれる。手札はババが入り劣勢だが、こちらと話すことに楽しさを見つけてくれた三茶はゲームを進行させずに話し相手になってくれた。
もう十分だ、天凛はそう思い、手札を少女の前にかざし引かせるようにした。
天凛のたくさんある手札から、少女があたりを引くのをただ見ているだけ。
たくさんある手札………………………………………………………………………………?
――ババ抜きが同じ数字が四枚ずつ、違うマークで構成されるトランプでやるものなら、少女の持つ二枚と同じ数字のカードが天凛の手札に二枚ある事になる。あとはジョーカーが一枚――それだと“たくさん”なんてとても言えない。
天凛にはもう一枚手札が合った。
そのおかしさにずっと前から気付いたのは後ろから見ている吹目空だけだった。
「ん……」
相手の手札が分かると思われる少女は、手を止めて天凛の方を見る。
そこには、怪物村の怪物が手のひらの上でころころ転がっているのを楽しそうに見下す、支配者の顔が合った。
「そう、私のターンはまだ終わってないわ。ちょうどペアになったカードがあるから取り除かないと」
天凛は手札のババを二枚とも場に落とし、残る手札をもう一度確認する。
「あら、もうワンセットあるじゃない」
そしてもうワンペア場に置いて、残りの手札を少女の前に突き付けた。
少女もそれを仕方なく引くしかない。
もちろん、少女の手札の中でペアができ、それは場に置かれた。
この時点で天凛の残り手札なし、少女は残り一枚。
表面的にはこれで勝負はついた。
「私は始めから、外れ者のジョーカーがあぶれるゲームなんてしないわよ。これは公平なジジ抜き、まあ、今回はそれをババ抜きとぼかしてやっていたのかもしれないけど。有名なゲーム名だからと言ってこちらから出された道具で、ルールも聞かないなんて間抜けな黒幕だったわ」
少女は泣き出しそうな顔を――してはいなかったが、何も分からないというような顔でもない。どちらかといえば、少し遊んで、ここへ来た理由を思い出したような大発見の顔をしている。
天凛はそっと、少女の頬へ触れて情報を引き出した。
「クウ、やっぱりこの子は私の逆で“相手から自分への善意を受け取るタイプ”だったわ。人の好きとか嫌いとかいうところの“好き”という感情を言葉や視覚などの感覚の外で感じ取って、調子がいい時はそれ以上のこともできるみたい。私たちが小さな子供相手に数ミクロン気を許したことで手札がバレテしまい、こっちの悪だくみは持っていかなかったのよ。だからこそ、1枚しか捨てなかったときがあってもこの子は気付かなかった。最初からババ抜きの成立しないトランプセットで確実な勝利を得られるズルを見破るには子供過ぎたのよ」
「さらっと、悪だくみをばらすなよ……盛大にばれやすいズルするなんて大人が見てたら止めに入るぞ。こいつの親や姉がこの場にいたらすぐに飛び出してくるだろうな」
「その心配はないわ」
「それはそこのが味方だからか?」
「あら、分かっていたの」
「そりゃそうだ。周りのギャラリーがその子に手を出さないのが、その子が赤い服の少女と瓜二つだったからだ。その村のおかしなシステムが真実なら、間違ってもそいつに手は出せない。出したらそれは村的にアウトなことだからな」
「ネタばらしすれば、ある一人の嘘を貫くための村の思いがひねくれてできた異空間だということね」
「天凛が雪山でくれたヒントから推測してそう言うことになったわけだが、正解か?」
雨宮斗貴に桧林家の姉妹が託したパートナーが、桧林三茶だった、ということで再び雪山へ。
二人と一人が帰還した雪山では、斗貴に掴みかかっている奏。珍しい光景に天凛は驚いた。
この事件の真相が、大それた機構のくせに、シンプルな思想だったことに驚いたとき以上のことだった。
「あら、仲良しね」
「茶化さないで助けてくれよ! つうか、この十数秒どこに行っていやがった!」
その一言で天凛たちは自分が、少しの間だけ消えていたことが分かった。
お土産としてサンタ衣装の幼女を連れてきたとなっては、何か言われるより先に仕掛けた方がいいと思った。
「お前の好みの子を連れてきてやったぜ!」
「うおおおおおぉおお!」
雄たけびを上げ、力加減の知らない奴の拘束から一気に抜け出した斗貴は、親友にひどく蔑む眼で睨まれた。
「くそっ、やっぱり三茶がいってた変態はお前か……お前のせいでこっちまで『変態の親友さん』とか言われたよ! この迷惑バカ!」
「なんだよく見りゃ、サンタじゃないか」
「はぁ、はぁ、そうね。かわいい、サンタさんね」
「奏、息が荒くてちょっと危ない」
「奏ちゃんにも全て分かっちゃったみたいね」
『では、最終幕へと行きましょうか』
◇●♪
帰りのバスに、消えていた隣の家の一家も合わせて俺たちは乗り込んでいた。
止めていた車が、天から降ってきた隕石にぶつけられてしまったかのように大破して見つけられたこと以外は割とましな旅行だったといえる。
不慮の事故によるものだから車は保険金でどうにかなるそうで、巻き込んだこっちも気分が楽だった。
あの事件解決後は、本当に、車大破以外は普通に旅行出来たのは、しつこくなるが本当なのだ。雨宮斗貴が予定した元旦の初日の出見ようぜ、はもう一週間後に出れば完璧だったのだが、今はまだクリスマス明けでそれはありえない予定だった。
親友をフォローするなら、絶好の日の出スポットを見つけることが出来たから、約一週間後の元旦にはまだみんなで行けばいい。
とにかく、今回の件について考察しておこう。
事後から話すのも面白いと思うので、そうするが、あの世界にとらわれた俺たちの時間は、やはり外にいた人が感じる数分程度のものだった。
それこそトイレ休憩に取るくらい短い時間だったのだ。
桧林姉妹とも元の世界に戻ってから会うことが出来た。
今回のキーパーソンとなった、“本物”の桧林家の一人――“本当にあってしまった能力”といったほうが分かりやすいだろうか。
今から十数年昔に、桧林とよばれる村の大地主が暮らしていた立派な屋敷が、焼かれてしまったことからこの物語は始まった。
この村の言い伝えに、桧林の人間には“隠された能力”――人の心を惑わすものがあるといわれていたが、実際はそうでなく、村の祭りには守り神の代わりとして大切に扱われているような一族だったのだ。それが何故放火されてしまったのかといえば、『救い』と『あきらめ』そのどちらかになるんじゃないかと、天凛や柚木、俺は考えることが出来た。
『救い』、とは文字通り、財政的にきつくなった都心から離れた小さな村が、伝統を重んじて一家を守ることを意味する。
『あきらめ』、とは、『救い』の正反対の意味となる。今回の放火されてしまった事実を元にすれば、こちらの意味に近い考えだった気がする。
どうしようもなくなった村は、これまでの清算と新たな地主――資金援助してくれる組織の命令で一家を殺さなければならなかったのだ。
ある組織は、国内で急速に発達した会社に特別な人間がいることを何処かで知った。
食品関連の商品を国内外で取り扱う企業のことだが、どうも相手側の真意を読み取る事に長けていて、危ない橋も渡らずに頂点を極めた会社のことらしい。
その過程で、この村に住む一族の噂を嗅ぎつけたのだ。
始めはその村を乗っ取り、力を利用しようとしたが、実際はそんな変わった事の出来る人間など、世界中探したって片手の数ほどもいないのだ。
このときはそれほど騒ぎたてられていなかった世界的名探偵は、全ての謎に対して瞬時に答えを導き出せる能力を持っていたそうだが、真実は良くわからない。
そういった、嘘と真実のはざまで遊ばれる事態に陥ってしまった組織は焦り、火を放ってしまったのだ。
そこからが悪夢の始まりだった。
放火を境に組織に肩入れしていた村人と組織の人間は異世界に連れて行かれ、一族が息絶えた家からは赤い服を着た少女が姿を現した。あとは罰ゲームのように、村人も組織の人間も殺され続けた。
――本当の死ではなく、死ぬほど痛い思いをしての現実世界への帰還、であったのだが、その異空間にいた人間にそれを確認する方法はなかった。
だが、この村には朝陽がきれいだという売りがあって旅行客が訪れたのだ。
そこからがさらなる悪夢の始まりで、現実と架空の世界にいる組織の人間が悪だくみを始め、そこに利益が生まれたのだ。
それは何度か体験した感覚と実際の時間の差だ。
不死にも近い印象を受ける“時間を操作する”村のシステムはどこの企業にもないからだ。
しかし、それも過去のものとなり組織はこのシステムに見切りをつけていた。その代行者が俺や天凛が始めに接触した屋敷の人間だ。変な感じにしゃべる奴は、桧林家の長女だったそうだが、危険を知らせるならもう少し真っすぐ伝えて欲しい。
組織が見切りをつけたが、赤い服の少女は、彼らを世界の外へ出そうとはしなかった。
たまに来る旅行客を襲って帰還させるくらいはしたが、わざわざ残る村人や他の人を手に掛けることはしなくなったのだ。それこそ飽きたおもちゃをいつまでも遊び続ける子供のように。
俺たちが来たときは、偶然一人が現実の桧林家の人に折衝で来たのが大きかった。なぜなら、その一人も必ず異次元に送り込まれるのだが、桧林家からの異次元世界への接触はこれが初めてだったからだ。
正体なんて既に分かっていると思うが、赤い服の少女は、当時の桧林家長女――桧林一枝のこのだ。家が丸ごと焼き払われるような大火事でどうにか生き延びることが出来、下二人はその後に生まれたということだ。
自分の半身がしていることに気付いた桧林一枝は、バカ斗貴に運命を託した。
彼女たちに相手を選ぶ権利がなかったのは本当だろう。偶然の産物だ。
十数年にわたり何百人も葬ってきた彼女のことを、桧林一枝は「疲れたでしょう。あなたが本当に殺してやりたかったのは誰なのか。それは――」と心配した。
雪山に戻ったとき、雨宮がその言葉を伝えて赤い服の少女は確かにその言葉の真意を読み取ったように小さくてもハッキリと頷いた。
それを――異空間の崩壊を惜しくなったのか止めようとした奴も後輩の一人が、魔法っぽい何かで消し去ってくれたからあとは順番に色々なことを消化していくだけだった。
最後の助っ人となった桧林三茶は、身体が死体のように冷たくなっていく少女を抱きしめて、まるで元々一つであったかのように一時の閃光とともに三茶だけとなった。
「結局はなんだったんだよ」
空気の読めない斗貴が帰りのバスでそう聞いてきたが、俺は何も答えなかった。
始めに、今回のことは『救い』か『あきらめ』といったが、これは本当は『救い』だったんじゃないかと俺は思う。
どのような奇跡を使ったのか分からないが、桧林という一族の人間はあの放火で命を落としていない。後から見れば彼女たちは村人に守られたのだ。
そして次に起こる奇跡のおかげで村も残る事になり、本当に守られるべき少女も今は守られている。
育った環境や立場の違いかもしれないが、人の悪意に敏感に反応し、昔、心が壊れる寸前までいった一人の女子高生と、純真無垢な心で相手の善意を理解できる少女が出会った事も奇跡。
結局のところは、これから生まれてくる妹のために桧林一枝が仕組んだ事に大勢の人が巻き込まれて、それの終幕に立ちあわされただけだ。
もしくは、学校一の大バカに付き合わされただけなのかもしれない。
最後に桧林一枝が不吉なことを言っていた。
「今度は社会勉強も兼ねて、もう一人の妹もお願いしますね」
来年になってすぐ元の高校へ戻る天凛や、もうすぐ卒業する俺たちに関係がない話だ。
まあ、関係があるとしたら次の世代をになう後輩たちといったところだろうか。
意外と長編続きで終わりを迎えることになりましたがいかがだったでしょうか?
読んでいただけたことは感謝ですが、感想などはおまけ程度にしか考えていないので大丈夫です。
また何かの機会に私の文を読んでもらえたら嬉しいですっ。
一先ず終幕、完結設定にしておきますが、年明けからの三ヶ月分の物語もどこかで語られるのかもしれません(たぶんない話です)。