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ランダムワーク+10分間のエース  作者: 橘西名
ランダムワーク
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46:裏切りは唐突に、そして現れる赤い少女



 天に向かって手を掲げて見る。

 建物の梁がむき出しになって見える天井は手が届くほど低くなく、空気を入れ替える窓のようなものも一切ない。

 壁に耳をあててみても、外の様子は何も分からない。

 あてた耳が冷えた壁に貼りついて、離れるときに少し耳を切っただけだった。

 この建物のつくりは非常にシンプルだ。

 構造そのものに複雑な部分がなく、家の形をした大きな箱と言うのがズバリ的を射た表現だろう。

 薄い壁は強度では問題が少なそうだが、雪山に作った建物なのに防寒施設としては不十分すぎる。

 なにか灼熱のものを冷ますためなら納得いくが、そんな歩く炎みたいなものはこの世に存在しない。


 一人になって、ふと天凛がここにいる場合を考えていた。


 一問目の不正解は、理不尽な裏設定があったとしてもあの場にいた俺たちなら回避できた。

 世間一般にはあやふやにしておきたいことだが、天凛には秘めたる能力がある。

 それは触れたモノの心に容赦なく介入するといったものでもあり、知らなくていいことまで次々と知っていく不幸な能力なのかもしれない。


 だけどそれが、あいつなんだ。


 一年前の夏に、リストラの嵐で行き場を無くしたホームレスたちと同じ場所でホームレスをしていたのが反抗期の天凛だ。

 昔、飛行機事故で行方不明になっていた天凛の両親が、その頃死亡扱いになったらしい。

 そのことでそれまで親代わりをしていた奴に色々と嫌な思いをさせられて反抗期になったのがその頃のあいつだった。

 いつか斗貴にもそのことの一端を話したらしいが、簡単にいうとその能力を使われることがエスカレートしていったというわけだ。

 そのころもいまも、考えていることが分からない天凛だが、今回相手側に寝返ってしまったのは、もしかしたら天凛の行方不明になった両親、あいつの持っている能力によく似た能力の桧林家。

 こうして天凛の事を考えていると、このクイズに天凛がいれば楽勝なんじゃないかって思ってしまう。

 だけど自称、高校生探偵を名乗っているからには今ない可能性より、今あるもので推理していくことが大切だ。


「俺にだって……あいつには劣るかもしれないけど特技の一つや二つはあるんだよ」


 一年の初めに俺と斗貴が学校何でも屋みたいなことをしていたときに、相棒斗貴に言われたことがある。


『お前は優しいんだな。人の痛みを自分のことのように思えるなんて普通じゃねえよ』


 別に俺は優しさの塊でもなんでもない。

 ただそのとき一番仲良く接していた斗貴や他人の心を見透かす天凛が言っていた通り、俺じゃないほかの人の痛みや苦しみが分かってしまうだけなんだ。

 天凛のように精神リンクして、心で鮮明な相手のイメージを掴める、と言うものじゃなく。

 人間がもともと持っている視覚や聴覚、触覚などの五感で伝わってくる。

 俺が一時期、家族がかりでやっている探偵の仕事から退いていたのも。

 幼い時に見てしまった凄惨な光景を忘れたくても忘れられなかったからだった。


 それを当時の探偵事務所のエースの鳳さんはこう呼んだ。


『不完全記憶能力者――それは痛みや苦しみが絡んだことに対して完全に記憶し、忘れない。集中すればするほど、その光景は鮮明になり、まるで目の前でそれが今行われたかのように感じ取れる。探偵向きの能力』


 この人はもういないが、これは褒め言葉なんかじゃない。

 どちらかと言えば、これは探偵に対する皮肉だ。


『お前の能力では事件が起こる前に解決することはできやしない。出来ることと言えば、事件が起こってしまってから、その痛みを全て知ったうえで解決することだけだ』


 そう言われたようにそのときの俺は感じた。





 ★

 のど自慢大会は佳境を迎え、プロの歌手の隙間を縫って直前に見て聞いた歌を歌い続けた。

 これが勝負形式の“体”というのは体力を使うということだったのか、毎回点数が少しだけ上がっていった。

 やればやるほど、直前に歌われた歌を真似することは会場に馴染んでいった。

 あと何回歌えば二位に届くのか分からなくても、よく聞いて見て、歌い続けることしかできなかった。

 最後の一組が歌い終える頃にはこの大会最高得点をたたき出して入賞することが出来たが、そこで私たち以外でこの勝負に関与している人がいることに気付いた。

 ところどころのど自慢大会に出席した人たちが膝をついて崩れ落ちる。

 そんなことを表彰式のステージの上から見ていて思っていると、ふいに目の中に飛び込んでくるものがいた。

 真っ赤な服を着た少女――それが唐突に目に入った。

 その少女が見た目に普通じゃないと私にはわかった。

 あれは私の知り合いの一部や、リオンと同じで人から外れたものだ。

 控室に奏を残してきたことで、少しだけ安心できたことがある。

 もしこの場の他人が全員残念なことになろうとも、あの子だけは助かる。

 次の瞬間に、冬の気候にそぐわない熱風が吹き荒れた。


 会場中に数組いる勝負に関係あるだろう人がその子に触られた瞬間に真っ赤な炎で包まれた。

 それを見てこの村の人が騒がしくなるが、急いで逃げだそうとする人は少なかった。

 それは先輩風にいうなら「この村にいる怪物は村の人に手を出さないのかもしれない」という仮定を立てるのに十分だった。

 次々とこの状況を理解しきっていないグループが燃やされていく。だけどまだ死んではいない。

 人が即死するほど威力の強くない炎はじわじわと人の命を削っていく。

 それはまともな人間がただ傍観していて良いものじゃない。

 私は優勝トロフィーを足もとに転がし、「リオン!」と叫んだ。

 それに答えるように服の中に隠れていた幼き獅子が吠える。


 私の目の届く範囲で、戦争でもないのに人が死ぬのは見たくない。

 それが戦争でも私は人が死ぬのだけは嫌だ。

 その思いだけで、どうにかできる力が今の私にはある。



「もう一曲、聞いてくれる? 誰も知らない雲の上で教わった曲だけど――」


 マイクを手に力を抜く。

 天空に住む獅子が本来の力を発揮できる歌を奏よう。


「きっとここにいる全ての人が受け入れてくれる歌だと思うから、静かに聞いてくれるかな」


 まだ誰の命の灯消えちゃいない。


 私が歌い出すと同時に服の下から飛び出した小さな獅子は赤い少女の方へ駆けて行く。

 歌声が会場中に響きだすと、リオンの体は子猫くらいの大きさだったものが本物のライオンくらいまで大きくなった。

 そうなると大きさが少女の二倍ぐらいになったものが襲いかかることになる。

 私は真剣に歌いながらその様子を見ているだけで指示の一切はできないが、心が通じ合ったように真っすぐにリオンは向かって行った。


 ――リオンが走り抜けて少女のもとへたどり着いた時には、炎も少女も消えてしまっていた。


 ――聞いたことのない人の歌を気にする村の人は私の方を見ていたが、歌っていたマイクを準優勝の人に渡して、リオンの方へ向かう。

 その後、控室にいて会場のことをよく理解していない奏を連れ、徐々に本来の大きさを取り戻して二階建ての家くらいの大きさになったリオンに奏と一緒に乗り込む。

 いちいち説明していると先輩の方の時間がなくなりそうだから、先輩のいるところまで行く途中でいろいろ説明する。

 あんな幻覚か、本物の化け物みたいな奴は危な過ぎる。

 早くみんなが一つにならないとこの問題は解決しないと思い私たちは雪山を走り抜けた。





 ●

 この場所で死んだ人が俺に色々と教えてくれる。

 死ぬ直前の見たくもない光景まで視覚で感じ取ってしまうがこの際しょうがない。


 まず一人目。

 質問する権利を捨てて適当な扉を選んだ人は、扉に突進した。

 猛吹雪の外に体が震えるかとその人は思っていたのに、意外と体は寒くない。

 だがかわりに時間がなにも感じられないほどにスローになっていることに気付いた。

 足は宙に浮き、ここが山頂付近と言うこともあり底の見えない崖が下を見ると広がっていた。

 それを一瞬のうちに全て巡らせ、その人は闇の中へ落ちて行った。


 二人目は質問をうまく使って逃げのびた。

 そのときの言葉も聴覚から伝わってくる。


『お前は嘘つきじゃなくて、ここから出て生き残れるのは正しいか?』


 この質問であれば、嘘をつく方に当たれば問題なく抜け出すことが出来るのだ。

 この問題分にも穴がある。

 それを突いて、まったく同じ質問を指さす扉を変えることで繰り返せる。

 だがこれにも問題はあるわけだ。なんせ確率は一人目と同じで二分の一。門番に聞くことで死ぬ確率がゼロになることもあるが、こんなかけに興じるつもりはない。

 そして三人目が俺と言うわけだ。


 それともう一人、赤い服を着た少女も視覚、触覚に響いてくるようにどこからか伝わってくる。こいつに関して、ここでは役に立ちそうなことは何も感じなかった。


 混乱しそうになる追い詰められた状況で、俺は思い切り地面に拳を叩きつけた。

 拳から流れる血液が凍るのに時間はかからなかった。

 やがては自分もこうなるのかと想像してしまう。

 このひねくれた勝負を考えた奴に、俺は……何を思うのだろう。

 そして天凛の次に頭に浮かんだのはバカな親友のことだった。


次は問題の解決編2


よろしくお願いします。

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