34:好きだとか! 嫌いだとか! 5
好きだとか! 嫌いだとか! 5
それは、あたしの手の平が川辺で拾うガラスのかけらとそんなに変わらなかった頃のこと。そのころ暮らしていた家から、子供の足で十分くらい行ったところにあたしは一時期だけ毎日のように通っていたことがある。
そのころから友達が少なく、一人でいることが多かったというわけじゃないけど……周りから見ればそう見える。
この一時期があたしにとってどういうものかといえば、この二、三日あとくらいから柚木奏は、年齢相応の周りからの評価でなく、子供にしては過ぎた肩書きをつけたされたのだ。
“百年に一人の逸材”とか、“奇跡の子供”、“天才小学生”とかとか。
その日、河川敷の斜面に座りながら見ていると石に交じって光に反射するカケラを見つけた。
大人いわく、山の方から流されてきたガラスが、だんだんまるくなって角が取れたもの
ようは、子供がおもちゃにしても安全なガラスということ。
歩幅の小さい脚で時間を掛けてそのカケラを拾って、また元の定位置に戻る。
その繰り返しが、お気に入りだった。
だけどその日は、あたしの定位置のすぐ横に臭いおじさんがいた。
臭いおじさんに対して、一言目に、
「おうち、なくなっちゃたの?」
「知らないおじさんに話しかけちゃだめだってお母さんに言われなかったのかい?」
「だいじょうぶ。おじさんは臭いだけでよわそうな人間だから。それに、おかあさんはいまいない」
「いまいないって、どうして?」
「そのセリフだけ聞くと、おじさんってケッコウ危ない人に聞こえるわよ。それと、おかあさんがいまいないってのはまちがえた。ほんとは、あたしの弟をつくっていて忙しい」
「アダルティな意味で?」
「あだるとびでお?」
臭いおじさんが口からなにかを噴き出して斜面を転げ落ちていったけど、その頃のあたしは意味がわからなかった。
そのときは、良く夕方ごろになると高校生くらいの男の人がそんなことを楽しそうに話しているのを聞いていたから、「楽しいことなのかな~」くらいに思っていたが、自分がそのくらいの年齢になってから考えてみると顔が真っ赤になるくらい恥ずかしい。
そのときは臭いおじさんも顔を赤くしていた。ロリコン異臭おじさんだったのかな?
「冗談はそのくらいにして」
おじさんが戻ってきて、あたしと同じように川の方をじっとみつめている。
あることに気付いたあたしは、手の中にあるものをそっとおじさんの手の中にねじ込む。
それに気付いたおじさんも、すこし考えた後、それをポケットに入れてまた話しかけてきた。
「お礼をしなくてはいけないな。よーし、話をしよう!」
「いやよ、おじさんくさいもの。あたしは暇ではありませんっ。……でも聞いてあげるお礼はもらっとかないと損だもんねっ」
なんとなくうざい小学生って感じだったなぁ、と思う。
そのあとおじさんの話を、おじさんの持っていた画用紙などを使って少しだけ聞いていた。
そしてその日もあたしは自分の家に帰って行った。
♪♪♪
真っ白なノートを机に叩きつけて、アンパン○ンのように取り換えの利かない頭をスリッパで思い切りスパンッと叩いてくる奏の姿がスローモーションで見えた。
「勉強中の人の頭をたたくんじゃねえ!」
「宿題と勉強を一緒にするやつがあたしは世界で一番嫌いなのっ。パ○工場にいって新しいものに取り換えてもらった方がいいじゃない?」
「いきなりパン○場を割り込ませてくんな! 俺は残り少ない日数でフルに残っている夏休みの恒例行事を片付けなきゃならないんだあ! 邪魔をするなあ!」
「ふんっ、こんなものはじめの一週間で終わらせときなさいよっ。このバカ!」
「今日一日お前に付き合って、結城の試合を見に行ったから一日分予定が連れたんだ!」
「バカっ、けつ丸だし――美少女と一日デートしていたようなものだから逆に感謝してもらいたいくらいだわっ」
「自分で美少女と言い張る女ははじめて見たよ! それに――」
「つるつる脳みそ――だからこうして分からないところは教えてあげるって横で見ていてあげているんじゃないのっ」
言葉の頭に罵倒が盛ってあるが、奏先生に逆らっても良いことがなさそうなのでしかたなく、この怒れる衝動を抑えることにする。
この間の問題集の一件以降、俺の課題に出てくる問いに奏は全部答えることができたのだ。
得意不得意は多少あるらしいが、それは万点と九十九点を区別するくらいに俺にとっては意味のないことのように思えた。
「あんたブラッグの回折条件も知らないの! 全反射とか全透過の!」
「グレッグルの解説はDSでも起動して自分で確認してくれよ」
「はぁ!?」
今日一番の大きな声で、いわれのないさげすんだ目を浴びせられた瞬間だった。
少し休憩をはさむことにした。
「ところで、“助けてって”、どう助けてほしんだよ、奏」
あんなに肩を震わせて、今でも信じられないくらい弱い姿を見せた奏になんて言えばいいのかわからなかったが、結局は直接聞くことにしたのだ。
頭使っても、奏にそれは無駄だと思ったから。
「あーあれ……あれはわすれてもいいわ」
「ん?」
何かおかしい。これはあのときのことを恥ずかしがって「忘れて」とは違う気がする。
「どうゆうことだよ」
「そのままの意味。あーれーはー、榊さんが、“しおらしくやった方が効果は抜群!”って言っていたからそうしただけ。それに、もう死んだ奴が――」
ふざけるな。
「斗貴だって、宿題やらなきゃいけないんでしょ。ほら、ここにいるあたしの役割は斗貴の宿題を片付けるスーパー助っ人みたいに扱えばいいじゃない」
結果、何も考えていないようにみえたかもしれないけどな。
今の今まで何時間も考えた結果がさっきの一言だったんだ。
「あたしは普段一人暮らしをしているから、家事も十分出来るから超スーパー助っ人。もう文句のつけようなしの――」
人が死んだ後の未練なんて想像できねえ。それが知るはずもない奏の過去のことなんてもっと分からねえよ。
ついさっきまで目と目を合わせて罵倒してきた奴が、急に視線をずらして俺の心配なんてするんじゃねえ。
「忘れて」が「忘れないで」ってことぐらいどんな馬鹿にだって分かるんだよ!
「だから――明日の朝も期待して。あたたかい朝ごはんを用意しているから――じゃあね」
奏は、そのまま消えてしまった。
寝る前にテレビをつけると、普段は見ることのないドキュメンタリー番組がやっていた。
ほんの数年前に、日本にも来たある日系外国人が、ある証明をして、安っぽいガラスのカケラを握っている映像だ。
見た目はそこらへんに良くいそうなホームレスの格好をしている。
そんなことはどうでもいい。
俺が気になったのは、その最後に流れたおまけ映像。
『その外国人と同じ証明を、先にした天才少女。
その事実が証明されることは最後までなく、いつの間にか忘れ去られた少女は、その数年後に不幸な運命をたどることになった。
実の親にはあのときの一件を主な理由に捨てられ、今は一人で有名な進学校に通っている。
しかしかつての天才少女はもういない。
天才が短命であるのは必然なのか、彼女はつい先日この世を去った。
そして、その親たちの行方もまた不明である――』
勘でしかなかったが、その話は奏の過去の続きを俺に伝えてくれた気がした。
俺は現在行方不明中の奏の親にあわなくてはいけないと思う。
そして、そのことが奏の“バスに乗っていた理由”、“奏の未練”、“奏の考えてきたこと”、“奏という少女の本質”、その全てを関係があったなんてそのときの俺は思いもしなかった。
俺は進むためのヒントをもらったのだ。
”バツグン”って死語らしいですね。
本編と全く関係ありませんでしたが、話的には、もうじきクライマックスです。本当は10月中に終わらせたかったのに、ややのびてしまいました。
それでも読みに来てくれる方にありがとうございました。
よくわからない作者についてきてくれる読者様に感謝です。
ではでは