33:好きだとか! 嫌いだとか! 4
榊は奏のとなりで巫女服姿のまま浮いている。
俺以外には見えないのだから、別にいいが……もうじき試合の始まる校舎周りの金網が、彼女たちのいる所だけぽっかりと空いているのが不思議だった。
その二人は普通に話していて、そう言えば俺が二人を知るより前に二人はしりあっていたのだ。
ただ俺の方は、正体不明の榊が変なことを言うせいで、試合なんかに興味がなくなってきていたところに、その関係者が柵の向こうから話しかけてくる。
「来てくれたんだ。この学校の生徒なのに外から見てるのが、斗貴らしな!」
「どう、俺らしいんだよ。それに試合始まるぞ。さっさと県予選トーナメントぐらい勝ってこいよ」
学校カラーの青いユニフォームを着た背番号29が目の前にいた。
もちろん、幼馴染の結城だ。
「……試合は関係ないんだ。多分でれないから」
「まあ、突然来た奴を試合に出すわけないだろうし、エースナンバー背負った小さな奴がいるからな。さっき見た感じでも、女子の世界なら日本代表レベルだろ。さっきまで知りもしなかったけどな」
結城が頬をかきながら困った顔をしている。
「上下も試合には出ない。前の試合でレッドカードもらったからな」
「じょうげ?」
「いや、上下――上下里佳だろ。私らと同じ学年のさ」
「ああ、そう読むの。で、それじゃあ今日の試合はなおさら結城が出られそうじゃないのか? 確かうちのサッカー部は全員で30人いないだろ?」
「ほら、そこは……ついさっき、コーチの指示を無視して5,6人ドリブル突破したら怒られちゃって。
確かに、海の向こうの奴らと比べたら月とすっぽんの連中ばっかだけど、こうゆうのが先輩後輩っていう日本のしきたりなんだろ?
はじめて実感したぜ!」
なぜか結城は試合に出れないのに、嬉しそうな感じだった。
まずその髪が日本にあってないだろうに。
というわけで、上下、結城を除いたサッカー部の試合は始まって前半が終わってハーフタイムを迎えていた。
スコアボードを見る限りは、どちらのチームも決定的な部分を作れず、ゴール前でごちゃごちゃしている間に、相手チームが終了間際に先制して前半は終わっていた。
確かに、見た感じでも相手は弱いし、実力が分かっているならともかく、突然出てきた女を試合に使わなさそうな監督がベンチに見える。
中年ハゲで、若いときはイケメンでしたっ、ごめんね、って感じのおっさんだ。
俺の感想でしかないけど。
「変なこと考えている顔」
――若い時でもイケメンじゃない俺でごめんね、って感じの……?
「どうしました? 落ち込んでいます?」
「いや、いいんだ。初対面のおっさんに敗北する顔面に同情しないでくれ。
どうせ俺は平凡で、何のとりえもない高校二年生なんだ」
何処かで見たことのある小さな女の子が隣から声を掛けてきた。
ちょうど空白になっている金網越しに、試合を見ることが出来る絶好のポジションを得たことで少女はご機嫌なようだ。
ご機嫌でも初対面のお兄さんをいじめないでほしい。
いや、今はそうゆう風に感じてしまう気分だったんだ。
ごめんな。関係ない君。
「……勝てますかね、あの乱暴なチーム相手にいろいろ失ったチームが」
隣に座った少女は、腰を下ろすと長い髪が地面につきそうなくらいあって、整った顔立ちをしている。
身長や、さっきの話言葉から考えても……非常にいいにくいんだが、俺なんかが興味を持つとあらぬ疑いを掛けられそうな年頃の……小さな女の子だ。
「勝てる、勝てる。結城が公式戦で負けるのなんて見たことないからな~」
「結城って、結城綾子さんのことですか? 試合にもでない銀髪のことですか?」
知らないだろうが、幼馴染の結城は小学生のころからサッカーをやっていて、そのころから男子相手でも一対一に絶対の自信をもっているのだ。
一年間海外に行っていたせいか、雰囲気だけでなく身長などもずっとサッカー選手っぽくなってるから、大丈夫だ。
小四のころ……たった数週間で止めた俺とあいつは違う、と言い切れる。
「個人戦でもなしに、たかが女の子一人がいてどうにかなるほど勝負の世界は甘くないのに? それでもお兄さんは、あのチームが勝てると言い切れますか?」
眼前に小さな女の子の顔が数センチまで迫って、真剣な顔をしている。
きっと兄さんとか知り合いがうちの学校の生徒なんだろう。
こんな犯罪者になりそうなほどいい子を持って、そいつは幸せだな。俺なんて、上に体鍛えることしか興味ない兄どもがうようよしているだけなのに。クソっ、差別しやがって、神様。
それより、この子はどこで見たことがあったのだろうか?
試合は、女の子が言うような展開になっていた。
得点は一点差のまま動かず、攻撃型のチームであるこちら側が焦ってもう一点失わないかと心配していると――――。
「やああぁあ!!」
相手チームの叫び声と同時に、後半の真ん中くらいで、追加点を取られていた。
隣の女の子が、土を握りしめて真剣に試合を見つめている。
だが、緊張の糸がほどけたように、ふっと空を見上げて話し始める。
じっとしながら見ているのに疲れたのだろうか。
「あのチームには、小学生くらいから格闘技をやっていて、普通の人より身体能力がずっとすごい人がいました。
毎年一回戦敗退のチームを、その人がとっても目立って、チームの中心になって今のように、県大会の決勝にだって顔をだせるようになったんです」
それはすごい兄さんだな。他人ながら尊敬してしまう。
「ですが、前の試合で、これまで通りに周りのマークを振り切って無理やり得点を狙いに行ったときに、取り返しのつかないことをしてしまったんです。
そのときの相手は、明らかに格下で、十分点も取っていました。
その人は県の得点ランキングもトップだったし、目立ちすぎる必要はなかった…………んです。
本当に自分勝手なことをして、退場……しました」
グランドに向けられていた視線を地面に向け、それっきりその子は何も言わなくなってしまう。
具体的なことは聞いてないけど、兄さんが失敗して妹が落ち込んでいる。
それだけはわかる。
俺は、思ったことをいうだけ言うことにした。
出来れば、それでその子が顔をあげてくれればいいと思う。
だってだ、そうだろ?
「その目立ちたがり屋が、本当にそうだったかは分からないけどよ」
「……?」
「あと数十分で終わってしまう試合を全力で走っているあいつらは、そんなこと思ってないと思うな。
俺は一生懸命頑張ったことなんてないけどさ、いまその場にいない奴を思いやって、そいつのせいにしないように頑張れる仲間がいる限り、そいつは一人じゃなかった。
お前だって言っただろ?
サッカーは一人じゃできないし、一人がすごいだけでもどうにもならないって」
「……言った、かも」
「じゃあそいつらの姿も見てやれよ。きっとフィールドにいないそいつの分も頑張ろうとしてるって! 俺はそう思う! そうだろっ!」
頑張っている奴は嫌いじゃないし、誰が見たってわかる。
今までこのチームを知らなかった自分が恥ずかしくなるくらい、同じ世代の奴らが輝いてみえるんだ。
その姿を見ないで、地面を見たまま落ち込んでいるなんて、なんか違うだろ?
俺は、結果よりもこうゆうことの方が大事だと思うんだ。
「ぁ……あの鬼畜監督が選手交代だ。……めずらしい」
その子の声に従って見てみると、結城が試合途中で負傷した人と交代するところだった。
残り時間は十分と少し。
喧嘩中のキチク監督とやらが変えてくれたんだから、結果出してこいよ、って恥ずかしいから心の中で応援した。
♪♪♪
帰り道も、奏はご機嫌だった。
俺の隣を腕を振って歩くもんだから、周りが見えないけどぶつからないような感じに俺の周りに妙な空間が出来ている。
まるで避けられているように知らない人には見られそうで、見事に逆転勝利した母校のことを大手を振って喜ぶ気にはなれないでいる。
試合の方は、結城がカーブボールでロングシュートしたときに押し込んで一点返して、その後は後半ギリギリに何とかもう一点返し、最後は情報の全くなかった結城に対してマークが薄いところを得意のドリブルで切り込んでいって決勝点を奪っていた。
カーブボールは、威力も精度も意表を突かれなければ絶対にキーパーが弾くようなものでなかったのを、奇跡的にキーパーが弾いてくれたから一点返せたのが大きかったと思う。
相変わらず、シュートがある意味、意表を突く奴が結城なのだ。
「斗貴、あんたもたまには役に立つじゃない! あんなカッコイイ人と知り合いってだけで、斗貴がこのように生まれた意味があるって!」
「すげえ褒められた気がしないな」
「え、だってほめてないし。遠まわしに斗貴の人生は終わってるっていっただけだし」
ストレートにひどいな。『いっただけだし』じゃねえよ!
「もう人生終わってる奴に言われるセリフじゃねえよ」
「なにそれ」
失言した! と思ったが、奏は怒っているわけでも、悲しんでいるわけでもなくただ聞き返してくるだけで、前を向いたまま歩いている。
謝ろうとしたが、軽くあしらわれそうに感じて俺は声が出せなかった。
近寄れない雰囲気を奏はときどき出してくる。
一呼吸、間をおいて、奏がこちらを振り返った。
「自分の身近にいて、自分よりすごい人のことを追いかけるときの気持ちって、斗貴にはわかるのかな?」
これが、奏がここにいる理由――未練なのかどうかはわからない。榊が言っていたことももう半分くらいは忘れている。
「もう自分に先がないことはどうでもいい。
だから怒ったり悲しんだりしない。
それでも、あたしがあたしである限り、それは大事なこと。
バカな斗貴は知らないだろうけど、昔ニュースとかになってたんだけど、
少し前まで、それを証明できれば今後、数百年は世の中が激変するってくらいのことを証明できた人がいた。
その人はあたしのすごく身近にいて、手の届かない人だった。
その人を追いかけ続ける気持ちが斗貴にはわかる?」
わからないよ。証明とか、その言葉を聞いただけで頭が止まってしまうからな。
「天才、とか。世界の希望、とか言われている人っているんだよ」
「今日の試合の結城みたいなやつか。それなら、いることに驚きはしねえよ」
「斗貴の目の前にだって、いるじゃない」
近寄りがたいオーラをたまに見せる奏。その意味がようやく分かった気がする。
「六年くらい昔は超がつくくらいの天才少女で、
いまは少しだけ頭がいい年相応の中学生。
過去を追いかけて走りつかれたあたしって、すごく疲れて苦しいんだ。
……榊さんに試合の間に言われたんだけど。
斗貴がそんなあたしを助けてくれるの? 本当に?」
その言葉の全てが、過去のことであったように話す奏の姿は、見えないオーラや幽霊的なことを抜いても、とても悔しそうで、とてもつらそうな顔をしていた。
初めて開いた奏の扉は、とても重く。
このとき、事故によって重傷扱いされていた奏の本体が取り返しのつかないことになり、今ここにいる奏の存在が長く持たないことを斗貴だけが知らないでいた。
ただ、榊がいっていたとおり、奏がここにいる理由を奏は気付くことはできていなかった。
コメディー重視で書いていこうとしたら、
わりとまともに書いてしまった……
別にいいけど。
勢い余って上下も出てきてしまいました。
そして、都合により榊がよくしゃべります。
人員不足なので榊がしゃべります。
ちなみに構想上、次から急展開! 奏が斗貴のもとへ現れた本当の理由は――というような内容になっていれば予定通りです。