32:好きだとか! 嫌いだとか! 3
幼馴染登場!!
&
親友登場!!
奏の話し声を遠くに感じていると、家のチャイムが鳴った。
まだしゃべり続ける奏の横を通り抜けて一階へ降り、玄関の扉を開くと見知らぬ外国人がそこにいた。
その外国人は片手にスポーツドリンクのようなものを持っていて、髪の色は高校デビューに酷く失敗したようなほどひどいものだ。
ひどいといっても、その容姿に十分に似あっているものだから――これは外国人だな。
間違いない。
「今日から隣に引っ越してきたんだけど、君は家の人かな?」
「ああ、現在この家には俺しかいませんよ」
「そんなことは知っていたけどね。斗貴のお母さんには先に聞いていたし」
どうして俺の母さんが出てきたのだろう。
「隣に引っ越してきた“結城”です。四年間の留学から帰ってきた」
「日本語が偉く上手ですねえ」
年齢は俺と同じくらいか……四年間? 留学? 結城?
「えっとそれじゃあ日本人ですよね。昔この近所に住んでいて、サッカーがやたらうまかった奴が知り合いにいるんだが、名字が同じ“結城”」
「結城綾子って名前のかわいい女の子のことか?」
「どちらかというと、サッカーがうまい男子に泣かされてビービー言ってたときが一番かわいかったな」
「――さようなら」
回れ右して自分の家に結城は帰ろうとする。
咄嗟のことでわけがわからず、とりあえず引き留めようと伸ばした手が触れた肩は思ったよりも小さくて、柔らかかった。
荒々しいそいつの雰囲気とは違って、まるで女のような……。
「とーきーっ。まだあたしの話は終わってないんだけどー」
ドタドタ階段をうるさく下りてくるのは足ある幽霊、奏。
その音にビクッと反応して結城が再びこちらを振り向く。
「斗貴、今この家にいるのは一人だけじゃなかったのか?」「とーきーっ」
「待て! お前の正体はなんとなくわかってきたし、家の中はいま非常に説明しづらいんだ! 家の中を無理やり覗こうとするな!」
結城の瞳が怪しく光る。
「――そんな目で俺を見るんじゃない!
まるで、親のいない間に家に女を連れ込んでいるチャラい男を見るような目で見るんじゃない!」「とーきーっ」
俺の後ろまで奏は来ていた。
「女の声は聞こえなかったけど、誰かが階段を駆け下りてくる音が聞こえたんだけど……」
海外の色にすっかり染まっていた結城綾子は、奏のことに気付かなかった。
幽霊――もしくは、ここにいない何か。
また頭痛がして、少しだけ心が――。
「なにこれっ! すっごいイケメンがヘタレの前にいるっ! 本人の質が悪いことを補うように周りの人のレベルが高い世界の摂理を見ているような!」
心が痛む気がしたが、気のせいで……俺の背中越しに奏が興奮している。
確かに、この間見た写真よりもずいぶん雰囲気と髪の色が違っていてびっくりするぐらいの美男子だ。
それにしても奏の興奮は運命の相手に出会ったときのソレに迫る勢いなんじゃないだろうか?
「そんな世界の摂理はねえよ! それにこいつは女だ!」
「そんなわけないでしょっ。あんたがゴミなら、あの方はイケメンよっ」
「呼び捨てにしたり、ゴミ呼ばわりするのはお前の悪い癖だぞ」
「なにいってるの? 大丈夫?」
結城が首をかしげて不思議がっている。
「急に、世界の摂理について叫んだり、自分をゴミ屑よばわりするなんて……昔からの独り言が悪化でもした?」「何それっ。きもっ」
「気持ち悪くて悪かったな」
「もう慣れているから平気だけど……初対面の相手にそれやったら立派な変態だな!」
「明るく人のことを変態呼ばわりしないでくれないか?」
結城が腕時計を見て、思っているより時間が経っていたことに少し慌てだす。
「おっと、時間がヤバイな。そうだ、斗貴。もし暇だったら斗貴の学校のグランドまで来てくれよ。今日はサッカー部の練習とカップのトーナメントがあるらしいんだ」
「わかった。時間があればいってやる」
偉そうに返事したのに、結城はどこか嬉しそうに帰って行った。
♪♪♪
結城を女と信用しない奏に急かされて、俺は夏休みになってから初めての学校へと歩みを進めていた。
その途中で、珍しく女連れで歩く親友とすれ違う。
彼女がいるという報告は聞いていないので、後ろから全力で殴りかかりに行ったがかわされてしまった。
隣にいる女が、引っ張るようにして、親友の体をうまく避けれるように動かしたようにも見えた。
「「やべっ」」
お互いにまずいところで会ったと思い、咄嗟に反対方向へ逃げた。
後ろの方から、親友の彼女の声が聞こえた気がしたが、慌てていて、それどころじゃなかった。
「――――空の親友も、かわいらしい女の子を連れているじゃない」
「ん? そんなの気付かなかったけどな」
「ふふっ」
「そんなことより逃げるぞ、天凛!」
♪♪♪
見なれた学校のグラウンドでは、ところ狭しと走りまわるサッカー部員がいる。
よくは知らないが、サッカーボールをけってゴールにシュートを放っている連中はサッカー部員で間違いないだろう。
午後の公式戦に向けて違うゼッケンをつけた校内練習試合が繰り広げられていた。
「あの方は?」
「どっからか試合でも見ているんじゃないのか?」
うちの学校のサッカー部が強いなんて聞いた事がなかったが、いつの間にか男女混合の応援団が設立されているところをみると、それなりに強いのかもしれない。
試合の流れは、非常にシンプルなものだった。
おそらくエースだろうゼッケン十番をつけた小柄で長髪のトップにボールを集めて、そこを起点に攻めている。
チーム分けはおそらくディフェンスの一軍とフォワードの一軍を分けて、中盤は適当に組み合わせた一、二軍混成チームに違いない。
これでも少年サッカーをやっていたからサッカーにはそれなりに詳しい俺である。実力はその頃の結城よりも下手だったのは覚えている。
ゼッケン十番が、一軍のディフェンス陣に止められて後ろにボールを戻す。
戻すとすぐに単身敵陣へと切り込んでいくが、小柄なため長身のディフェンス陣に囲まれて位置が分からなくなっていた。
それにかまわず、精度の低いボールがゴール前にけり上げられる。
「あれは高すぎるだろ」
「そうだね」
素人目に見てもボールはゴールのかなたへと――飛んで行かなかった。
上空には、スポーツをやるのに邪魔になるくらいの長い髪をなびかせながら舞いあがる影があった。
さっきの十番だ。
『決めろ、上下!!』
ボールを上げたゼッケン七番が叫び、身長差なんて関係ないくらい軽々飛翔しているストライカーは、その場で縦にくるりと回転してシュートを放つ。
本物を見るのは初めてだが、“オーバーヘッド”というシュート。
完全に枠を捉えたそれは、ゴールに吸い込まれるようにネットを揺らす。得点係がそれを見て、スコアを9-0から、10-0に変えていた。
「フルボッコだな。うちの学校が強いのはきっとフォワードで、さっきの小さなストライカーが飛びぬけてるな」
「でも、さっきの子はどう見ても女の子じゃない?」
「髪が長くて背は低いけど、見ただろ……あのジャンプ力は男だろう」
「体重が軽いから、その分高くジャンプできるのよ。それに、髪をかき上げる仕草も女の子っぽい。応援団が『里佳ちゃ~ん』って叫んでいるし」
そう思って十番をもう一度見てみると、確かにそいつは少女に見えてきた。
長すぎる髪が顔を隠してしまうくらい前に垂れ下がってあたふたしている姿が、なんとなくかわいい、と思ってしまう。
隣の幽霊よりはよっぽど純情そうで、手の中に収まりそうなかわいらしさだ。
「みてみてっ!」
奏が興奮したようすでグラウンドの方を指さす。そこには、なんとなく予想のついていた姿がもう一チームのゼッケン十番をつけて目の中に飛び込んできた。
風のように敵陣を切り裂いていき、ゴール前まで一瞬で辿り着くほどのドリブル。
二軍のディフェンスには荷が重く、テクニックを有した外国帰りの転校生だ。
四年前に同じチームだったころと変わらぬスタイルで、地上を支配したかのようなドリブルは変わっていなかった。
すぐに反撃の狼煙の得点が入るが、そこで練習試合は終わってしまった。
「きゃーーーーっっ!!」
となりが異常なほどうるさかった。
勝手に出た手が奏の頭を上から叩いたら、その後スネに強烈な反撃を受けた。
幽霊ならすり抜けておけよ、と思った。
「すごいだろう。私の力は」
古いホテルにあるテレビの電源をつけたときの『フォン』という音で“榊”というもう一人が出てきた。
俺が地面の上でのたまっているのに合わせているのか、地面に水平になって登場してくれたが気味が悪いから止めていただいた。
なんとなく榊という正体不明の奴には敬語を使いたくなった。
「巫女さんパワーだ」
前言撤回。
恰好は巫女服で、言動は既知外だ。
渋い顔をしながら榊は説明口調で話しだす。
奏はもうすぐ始まる公式戦の観戦に夢中でこちらに見向きもしない。
「朝に言った通り、私は例の山の自縛霊の榊という」
言われた覚えはないがスルーだ。
それよりもスネが大変なことになっている。
「知っている通り、巫女さんパワーでここに実態を持たないものに仮の姿をあたえ、ときにはものに触れることもできる。
フライパンなど持っていただろう?」
それは数秒前にスネに致命的な一撃を受けているから分かっている。
「ほかには、うまくコントロールすれば、取りついている相手以外の人間にも姿を見せることが出来る。
ただし、取りついている人間とある程度関係のある相手じゃないといけない」
それならさっき結城がいたときも……いや、あのときは見えていないことでよかったかもしれない。
「そして、どうしてあの山に縛られているはずの巫女さんが、こんな小さな魂に付き添っているのかというと」
「……い、いうと?」
「そこの少女が、バス事故に直面する前に思っていた“世界で一番大切に考えていたこと”を忘れられていないから」
目を見て話しかけてくる榊の表情は真剣そのもので、これをいったら消えてしまうくらいのことを言おうとしているようだった。
「絶対に譲れないこの世での未練が。彼女をここへつなぎとめている」
まるで、その未練を俺がはらってやって、成仏させてやれと言われているように感じる。
「でも、そのことに奏はまだ気づいていない。
なぜなら……。
そのときの感情は決して“一意的”に思っていたことではなく。
ある感情を裏返して初めて考えることのできた非常に簡単で、
しかし彼女には、世界のどんな暗号よりも難しい問題だった」
難しい言葉を並べるな。俺はそういうことを聞いていると眠くなる方なんだ。
「それに気付ける微かな可能性があるとするなら、現在の体を共有している唯一で一人だけ。
――じゃあね~」
軽い感じで、榊はまた消えていった。
……くそ。
わけがわかんねえよ。
ヘタレ呼ばわりされている俺には何もできそうにねえよ……。
なんとなく軽い自己嫌悪におちていた。
*削除