31:好きだとか! 嫌いだとか! 2
ちなみに、斗貴の親友は吹目空(自称探偵)
幼馴染は結城綾子(サッカー部、期待の新星)
ということになっております。
『黙りなさいよ! うるさいよ! そこに直りなさい!』
そう言ったのは、それほど歳も離れていないであろう少女だ。
足の先から首のところまで見ても平均的な女子高校生。胸のあたりがささやか程度だが、日本人らしいといえば通りそうな感じ。首から上を見ても平均点よりはずいぶん高いレベル。
その彼女が、いまにも殴りかかってきそうなフライパンの上に目玉焼きを乗せたまま突っ立ていて、その向こう側、テーブルの椅子に腰をおちつけてくつろいでいる女がいる。
「いやいや、これはないだろう」
俺の空腹が変な幻覚でも呼び覚ましているのかもしれないな。
こんな見たこともない女二名を創造するなんて、俺はどんだけだ。
それに、向こう側の女に置いては服装が――その、『巫女服』とかいうコスプレにしか見えない。
「朝食に目玉焼きの何が悪い!」
「さっさと席についてよね。人数分作ったんだからっ」
巫女服には見当違いのことを真面目に怒られ、同い年くらいの子には、席に着くよう言われたからそうする。
「じゃあ榊さんにはきれいに焼けた目玉焼きとトースト」
「悪いな」
「この家のねぼすけでヘタレてる人には鉄の味のする目玉焼き、だったものと、冷蔵庫の奥で約二週間前に賞味期限の過ぎた食パンを鉄の味がしみつくまでフライパンの上で転がしたもの」
「……」
言葉を失った。
「大丈夫っ。火は通したから」
「奏。さっきのは黒焦げの鳥の卵に、それに似たパンといった方が簡潔じゃないか?」
「そうですね。榊さんの言うとおり、これは――ゴミでしたね。
えー、あまみやなんたら」
「はいはい?」
「この“ゴミ”が朝ごはんっ」
「はい……はい?」
この二人に常識はないのだろうか?
ゴミと断言したものを人に食わせようとしていたことならまだ許そう。なぜ俺の家に勝手にいるのかももう少しだけ我慢してやる。
だけどな、その“ゴミ焼却所にもっていかなくても既に炭になっているもの”を無理やり口の中に投げ入れるのはよくない。少し空いた口を無理やりこじ開け流し込まれたそれは、劇薬に迫る衝撃だった。
「朝っぱらから殺す気か! つうかお前らは誰だ!」
「無駄に生きているヘタレは呼吸しない方がエコだと思っただけなのに起こらないでよっ。このヘタレばか!」
「一度も会ったことない相手にヘタレと言われたくないわ!」
「えっ……そんな、気付いていないの……」
遠い昔にした約束を片一方だけが持っているような切ない空気が一瞬だけ流れたが、俺の幼馴染で性別が女だった奴はこの間『男になりました』とエアメールで写真が届いたから違う。
そいつは本当に男っぽくなって、目の前にいるような少女な面影はみじんもない。
「顔にそう書いてあることに、まだ気づいていないの?」
「どこまでも人をバカにしてくれるな……お前が女じゃなきゃ、喧嘩でも売られているんじゃないかと思うぜ」
「なによっ、やる気っ!」
拳法……のようなものを構えるが、素人の俺でもわかるくらい弱そうだった。チョップを作った手は微かに震えているように見える。
「……やらねえよ」
「そう、それならいいけど」
「完食」
向こうの席の女がふっと消えるように姿を消していた。
確かに学校では『軽い男、バカ、ヘタレ、友達は変なのばっかり』といわれるが、少し思い至った結論がある。
「お前ら、幽霊か?」
幽霊さん相手にいろいろいって呪い殺されてもしょうがない状況の俺ですが、このタイミングでそう言ったのは称賛に値してほしい。
俺の親友のような華麗な推理を称賛しろ。
「下を見なさいっ」
「平成生まれにしては短い脚をしているな」
「どこを見ているのっ。いや、見ている部分はあっているけど、それは余計なお世話よっ」
幽霊少女の左フックを華麗にかわす俺。
代わりにテーブルの脚に足の指をぶつける。
「――――」
「もう……あんた冗談抜きにバカなんじゃないっ。声にならない悲鳴を上げている間によーく聞きなさい。わたしには足がある。そして幽霊でもお化けでも泥棒でもない」
「…………じゃあ、一体何なんだよ」
「あんたに取り憑いている生き霊よっ」
違いがわからなかった。
♪♪♪
気が付いたら台所の入口で倒れていた。
そして口の中が気持ち悪い。
「自宅警備員がいない間に宿題でも片づけておくか」
腹の中にはすでに何か食べた後のように空腹が満たされていたので自分の部屋に戻ることにする。
自分の部屋といっても一つの部屋を間に仕切りを置いて二部屋にした方の窓側だ。
まるで仕切りの向こう側で高速道路が通っているんじゃないか、と思うくらいのうざい奴は趣味が体を鍛えることらしい。
「さあ、夏休みが残り二週間ちょいの俺の宿題はどれだけ残っているかな」
全部である。
「へっ、こんなもんはコツコツやらずに一気に片付けるもんだろ。焦ることはない」
額から一滴の汗が流れた気がする。
「まあ、その内どうにかなるだろう。たまの静かな日に机に向かっただけでも良しとして、ベッドで二度寝をするのも悪くないだろ」
宿題の残量を確認したので、イスから立ち上がろうとしたとき、後ろから視線を感じた。
突き刺さるように、冷たく、さげすむような感じでさっきの少女が見つめている。
「気持ちわるっ」
「幽霊にはわからねえよ」
「気持ち悪っ」
「高校二年生にもなるとな、ある程度頭がいいんでこんなもんはすぐ片付く」
「という勘違い? 気持ち、わるっ」
「バカにしてんのか? バカにするならこの問題ぐらいといてみろよ!」
適当に宿題の山から一冊の問題集を取り出して最後の方のページを開く。
そして、それが俺には解けない問題だと確認してから幽霊少女の方へ問題集を突きつけた。
「小学生でも解ける問題じゃない」
さすがにそれはないだろう。
「じゃあ、普通に中学生でも解ける問題っ」
「それなら解くことが出来るのかよ! 幽霊が因数分解できるのかよ!」
幽霊少女にペンと紙も渡そうとしたが、それが必要ないかのように受け取ろうとはしない。
そもそも幽霊がものに触れるなんてありえないだろ。
その前に俺が一番得意な教科で分からない問題を解けるわけがないか。
「わからない」
「そうだろそうだろ」
「これは問題が間違っていて答えることが出来ない」
そんなはずはない。
問題集の答えの方の冊子を手にとって、答えから逆に計算をしていく。
因数分解なんてものは、答えの方を再び掛け合わせれば問題そのものがでてくるからだ。
そして出てきたのが、俺の手にしている問題集の問題とは異なる数式だった。
「ほら、ヘタレバカが出す問題が違っていたんじゃない」
「違っていたのは問題集の方で俺じゃねえ……それに俺は、“雨宮斗貴”っつうちゃんとした名前があるんだよ!」
「こっちだって“柚木奏”っていうりっぱな名前があるんだからっ。それに幽霊じゃないしっ」
「ちなみにわたしは榊」
少し頭痛がしてきたが、幽霊の名前は、ゆのき、かなで?
どこかで聞いたことのある名前だと思う。
そういえば俺が二階の自分の部屋に戻る前まで見ていたテレビにそんな名前が出ていた気がする。
あれはそうだ、つい癖でテレビの電源をつけてうとうとしてきたとき、眠いからベッドでしっかり寝ようと思って、そう言えば宿題もそろそろやらないとヤバイなと思ったときに聞いていたニュースだ。
「お前らはもしかして、本当は――――」
「だから幽霊じゃないって、この世に未練たらたらの生きる屍よっ」
♪♪♪
この十数時間前に山道で起きたバスの転落事故がある。
そのときは乗客一名と、運転手の二人だけがそのバスに乗っていたらしい。
生き残った方のバスの運転手がそう言っていた。
原因不明で起きた事故で、ある一人の少女が重傷を負った。
事故の直後はまだ意識がはっきりしていたらしい。
しかし、運転手はバスがガードレールを突っ切って転落する際に運転席から偶然投げ出されたらしい。そしてそのまま助けを呼びに下山しようとしたが、途中で体力が尽きた。
そして、いくつもの不幸が重なって、少女が助けられるまでの時間が必要以上に長くかかってしまった。
その少女の名前が“柚木奏(14)”。
確かに、その少女の中では生きているということになっているのかもしれない。
次回、といってもプロット全体の四分の一がここで終了しています。
名前の方をおさらいしておくと、主人公が”雨宮斗貴”、トリツイテいるのが”柚木奏”、さらに正体不明なのが”榊(巫女服はデフォです)”。