23:夜空の星の下 ―天空の歌姫―
なんか最近やたら長い。
青くはれた空はまだ一向に陽を傾けてくれない。
季節が変わっていくごとに日の入りが遅くなるからだ。
時間の流れる速度が遅い。
そう感じた。
「跳ね返せるのか? 貴様がそんなエスパーだとは知らなかったな」
「どうかな。俺も自分がエスパーだったとは知らなかったな」
「人目はあるが、口封じはたやすい。お前は薬に狂って我を忘れた高校生にでもしておいてやる。終いには日本刀を振りまわして非常に危険だったと」
「奇遇だな。その話はそっちが想像している以上にみんな納得してくれると思うぜ。その理由は長くなるからいわないけどな!」
「さあ、わが社の利益のために死んでくれ」
誰がこんな展開を想像しただろう。
俺は普通に高校生をして、運が良ければ大学に行くような将来を想像していた。
普段の日々が遠く思えるほど、非日常を突っ走る予定なんてなかった。
よく知りもしない女を背中に守っている自分も想像できなかった。
くそったれ。
誰か助けてくれよ!
「助けなんて来ないわよ。あなたの知り合いはまだ学校でまじめに授業中、もしくは仕事中なのよ。ここはそうゆう時間帯だから」
そうだな。時間的にはやっと午後の授業が開始されたところか。
そういや腹が減ってきた。
最後の晩餐なんてものは俺には用意されてないんだよな、まったく。
準備が悪いぜ。
あと、道の向こう側から声が聞こえる気がする。
知り合い、ではなさそうだけど。
「さらば……!」
「……うるさい……」
男が引き金を引くであろうタイミングで、男の方から怒声がした。
男はそのせいで一瞬ためらい、俺の命はやや延命。
銃を見られないように男は懐に隠しながら後ろを振り返る。
そこには、見たこともないほど不機嫌な女がいた。
「さっきからうるさい。変な言葉を並べた叫び声と、丸聞こえのややダークな会話もろもろ。……こっちは時間のないライブ前を集中して練習したいのに……本当にうるさい、うざい!」
道を挟んで俺たちとは反対側にずっといたらしいその女は隠しきれない怒りをその身にまとうオーラのようにメラメラ燃え上がらせる。
一歩、また一歩と男へ近づき、お互いの顔がよく見える位置になってようやく止まる。
ここからだとその顔はよく見えないが、どうやら同じ学校の生徒らしい。
制服の見た目でそれだけはわかる。
「公共の場での適切な言葉を選んでくれませんか? えーと、変態さん?」
「君みたいなろんり~な子には分からない、お・と・な、の事情があるのだよ」
うっ、胸が締め付けられるほど気持ち悪いこといいやがった。
その言葉だけで人を殺せそうな破壊力だ。
「……うざい」
殺人ワードを投げかけられた方は、それしか言わなかった。
「……うざいうざいうざいうざいうざいうざいうざいうざいうざいうざい」
コピペをしないで連打打ちをした言葉は、一言いうごとに力強さを持って男に襲いかかる。
具体的には、足が出ていた。
うざい一言毎に足も一発。
そこには一つの奇跡があった。
まず天凛が無防備な男の背中を蹴りつけ、男を膝まずかせる。
そこへようやく顔の見えた女(おそらく後輩)が地面に向かって足を突き出す。
地面に倒れ込んだ男はその足に踏み潰され。
気づいていないのか足を何度も地面にたたきつける動作は止まらなかった。
そして、強そうだった男はボコボコになっていた。
俺の見せ場――――特になかったけど、生きてるだけましだ。
「帰ろ、ひと眠りしてから準備したいし」
地面でつぶれている男に最後まで気づくことなく「うざい」を連発した者はそう言い残して去っていった。
その後を追うように、向こう側から二人が出てきて、帰っていく。
謎な奴ら。さぼりか?
「あの子は、ストリートミュージシャンをしていそうね」
「そういや連れが楽器もってたな。ベースギターとトライアングル」
「トライアングル? そんなもの持ってたかしら……まあいいわ。今は逃げましょ。この変態が起き上がる前に」
「どこへ?」
天凛が止まる。
それはどうしてか――――簡単なことだ。
俺に家はない。いや、物理的に女子が男の家に転がり込んでくることはないし、俺は今親に勘当されて家を追い出されているからな。
その次、天凛の家というのもない。きっと実家の方から変な奴が来ているのだから、家の方も包囲されているに違いない。天凛が一人暮らしをしていようと関係ない。
そんな簡単な考えも出来ないほど脳が死んでいた天凛は見たことないほどまっさらな表情をしている。
「考えてなかったわ」
「だろうな。どこでもいいなら、あてがある。行ってみるか?」
「変なとこはやーよ」
「真顔で変なテンションはやめてくれ」
「じゃあ、私は処――――なんでもなかったわ」
あえて反応しない。俺の判断は正しいはずだ。絶対。
「それより“アテ”とはどこかしら?」
「安心しろ。お前もよく知る奴の隠れ家、もとい別荘みたいなもんだ」
「それ、違わない?」
時間を見計らって、俺はそいつに電話することにした。
おそらく、授業が終わっているころくらいに。
***
CD屋さんで思わぬ収穫をした私は電話に出た。
隣で里佳がくるくる回っているが、あえて突っ込みはしない。
これぞ愛の鞭! というか里佳が踊りだした理由が全く分からない。
「なあ、お前ん家泊めてくれ」
「はぁ――――っ! 何に言ってんの!? あんた正気?」
いきなりのぶっ飛んだ内容に電話を切りそうになるが踏みとどまる。
よく聞くと電話の向こう側から「ハァハァ」声が聞こえてくる。
それも女の人の。
「いま誰かと一緒にいる?」
「――いない」
一拍置いての早い返事。あやしいな。
「じゃあ一人で来るの?」
「そうなるな。いや、友達を連れていくかもしれん」
「どんな友達? 例えば“おっきい”とか、“ボイン”とか」
「うーん。かわいい奏視点でいえば、おっきい。俺視点でいえばボインって感じ」
電話を握る手におもわず力が入る。
勘違いしないでほしいけど、照れ隠しで電話を壊そうとしていたわけじゃない。
斗貴の言っていることは、ある身体的特徴を“かわいい”やら“おっきい”といっているだけだ。
今日あった会話の中で私自信が言ったことを繰り返しただけなんだ。
別に、かわいいって言われたからってなんでもないんだから。
「死ね」
言い捨て、電源ボタンを連打してやった。
隣で踊りをやめた里佳を連れて、帰り道を歩く。
特によるところもないから、普通に帰るだけだけど。
たまに携帯を確認しながら帰った。
「別に、気になってるわけじゃないんだからっ」
「? どうしました?」
「なんでもない! 斗貴のことなんて考えてないもん!」
「??? そういえば、知らないと思いますが、お兄さんは今日のお昼前から停学になって、家にも帰っていないそうですよ」
知らないことだった。
***
切られてしまった。
頼りの相手はどうやら俺に死んでほしいらしい。飢え死になんてしてやらないからな。
「すまん――で済まされると思って?」
「だから俺の心の声を読まないでくれ!」
「いつまでも手を握っていないでくれる? この変態!」
「助けてやってるのに変態呼ばわりされる筋合いはねえよ! これだってお前がずっとはなさいないから――」
天凛の声はいつも通りの強気なものだが、握ったままの手は初めて手をとった時と同じで震えていた。そんなにも天凛にとって、あの男は恐ろしいのだろうか。
実際、かなりの変態だとは思ったが。
「このまま久しぶりの野宿もいいけど。暇つぶしにわたしの独り言でも聞いてくれる?」
「面白く頼む」
「クソつまらなくしてあげるわね」
話が始まった。ある会社の話を。
「信用がすべてを牛耳ることが世の中にはあるの。例えば組織の中ですべてを一人の人間がすることが出来ないし、自分と同じ考えを持ってすべての人がことをなすことなんてできやしない。だから人は人を信頼して、その信用を自分の価値として高めていくのよ」
それは政治家とか、身近なところでいえば部活の先輩だと天凛はいった。
入りたての新入部員を、一年早く入部している先輩が、そのまた先輩から教わったことを教えていく。これは単なる伝統とか、簡単なシステムなんだが、ようはそれを伝えていくのにも先輩と後輩の間で信頼関係が必要となる。
その信頼は運動部の実力や力関係なんかとも比例するらしい。
「政治家が言っていることは賛同されなきゃ意味がないと思わない、思うわよね? それと同じように、経営者も会社の中でそういった信頼関係を気づけた人を身近な所に置いて、それを増やしていくことで会社自体が大きくなっていくの」
「優秀な奴が入るだけじゃダメなのか?」
「高校に入るまでシニアリーグだった子がいきなり高校野球を出来ると思うの?」
「出来ると思うけど……」
「出来ないわ。理由は簡単、その人がシニアリーグをやっていて、中学の軟式をやっていなかったからよ」
「関係あるのか、それ。中学はそもそも軟式だから、高校野球とは直結しないだろ」
「それでも、そこにいるのがもし軟式での先輩だったらどうする?」
「普通に高校野球で硬式を使ってやる」
「無理ね。自分がおろかに見ていた人の下でボール拾いが関の山よ。ややプライドの高い人が耐えられないくらい徹底的に、中学野球部のようにね」
天凛の主観が多く含まれるが、なるほどと思うこともある。
二つの違う道から、いやそれ以上かもしれないがそこから一つの場所へ集まるのだ。
みんなが平等な場所へと。
「勘違いをした人が“公平”という言葉をよく使うのよ」
「つまり、今までの環境とは誰しも違うところへ置かれてその人が優秀かどうかなんて関係ないってことだな。この際シニアリーグの方が高校野球をやる上で中学野球よりもいいっていう天凛の考えは抜きにして」
「そう、なかなかいい感じ――そしてその信頼関係を築いて行くのが高校野球のだいご味でしょう? でもその過程をすっ飛ばして、いきなり最強チームが出来たらずるいと思わない?」
「小学生からずっと同じメンバーの奴らとかか……うちの学校だと神谷がそんな感じだったらしいな」
神谷は、今野球部のエースをやっているが、リトルリーグの日本代表になって、その世界大会の決勝戦で肩を壊しかけさえしなければ、そのメンバーで高校まで行っていたはずだ。なぜなら、去年も一昨年も甲子園の決勝戦の相手は、ピッチャー以外が神谷の元チームメイトという感じだったからな。
神谷と平田の二人だけで勝っているようなチームだから、もし神谷があの枠の中に入っていたら全試合パーフェクトゲームだってありえたかもしれない。
なんせそのチームはすでに世界一強かったチームだったのだから。
「そのずるい、という思いが社会に出てくると大きいのよ。契約する相手を選ぶときもその人が自分の後輩や先輩だったりするとやりやすいでしょ。これは偶然起こることだけど、現実で起こりえることで、なによりずるいのよ。たった一言“この人はわたしの先輩(後輩)だったんですよ”っていうだけで周りも信用しちゃうんだから」
「よくわかんなくなってきたんだけど、どうゆうことなんだ? あんまり俺は難しいことは考えられないのダヨ」
脳がパニック症状を起こしている俺のことをじっと見てから、天凛は話を続けた。
「簡単にいえば、信頼関係を結ぶのは難しいことだけど、それを結んでおけば大きな力となる。そしてその信頼関係は簡単に結びえることもあるということよ。その相手が自分に近ければ近いほど。あるいはその人が――その人が嘘をついていないと判断できれば」
天凛の親はどんなところで働いているのだろう?
「私の親の会社は食品関係よ。主に海外との連携を重点的にやっている」
「じゃあ、いろいろな国と交流があって、信頼を結んでいるってことか?」
天凛が急に手を強く握った。
爪を立てて握るせいで、血が出るほど痛いが口にはしない。
いまそれはできない気がしたからだ。
いや、しちゃいけない。
「それが必要なかったからうちの会社は急激に成長していって、今ではどこぞの小国の国家予算と同じくらい稼げてるのよ!」
その言葉には棘がある。激しく突き刺さる大きな棘が。
「海外の人相手だから、今までの人生の先輩後輩というあてはない。
でもね、その人間と初めて会ったときに、その人が嘘をついているかどうか判断できればその必要はなくなるわ!
どんなに危ない国でも!
そこに来た人がある程度その会社の内情を理解してすべてを知っているなら、その人が嘘さえついてなければ取引が成り立つのよ!
おかしいでしょ?
時間をかけてようやく分かち合って知りえることを魔法のように知ることが出来るのだから! わたしは生まれつきねっ!!」
要は、信用第一の食品関係の会社が、絶対無二の信頼を売りにどんどん大きくなっていったのだ。それこそ天凛が生まれて、物心つく前からの十五年程度で。
相手の感情を読み取れる洞察力が極めて優れていたからなのか、どうかなのかは分からない。だが天凛の言っていることはそういうことだ。
「まあ、だからどうってわけじゃないけど。そんな家に道具として使われるのは嫌だった。だからこうして逃げ回るのよ」
「別にお前が怖がることなんてないんじゃないのか? 別に暴力をふるわれて本当に物扱いされているとかそういうのじゃないだろうに」
戦慄した。
天凛が恐ろしいほど怖い瞳でこちらを睨むからだ。
“どうして、そんなこともわからないの?”という感じだ。
「さっき体験したのに分からないの……あなた本当に馬鹿ね。
空とは大違い。
――――でも教えてあげる。
――昔ね。
――わたしの家出を手伝ってくれた使用人がいたの。
――その人はね。
わたしを手助けしたという理由だけで殺されました」
***
電話を掛けることが出来なかった。
あの声の主が非常に気になる。
もうおおよその予想はついているのだけど。
「どうしました? 誰かからの連絡待ちですぅ?」
「そんなわけないじゃない! この間もらった曲の歌手を思い出そうとして、思い出せなかったから検索しようとしただけよ!」
アーティスト名なし、曲情報なし。
テレビやラジオでも聞いたことのない曲だった。
「それって、インディーズとかアマチュアの人なんじゃないです? この近くの商店街でストリートライブの集まりがあるっていいますから……行ってみますか!」
「よしっ、行ってみよう!」
軽い気持ちで私たちは向かった。
その場にあいつもいるなんて全くの予想外だったけど。
やることは決まっている。
いや、会って、見てから決めた。
「おのれは死にたいかぁああ!」
「はい? どうして奏さんは日本刀を握りしめて俺の前に立っているのか聞きたい気分ですが……」
「さっきの電話を思い出せぇえい! 電話の向こう側からそこのデカ女の、へ、変な息遣いが聞こえたんだからねっ! それになんで仲良く手つないでんのよっ!」
握りしめる手がプルプル震えてきた。
やばい、マジで振りおろしそう。
「よく見ろって! 手から血を流しながら仲良く握る恋人はいねえよ! むしろ友達でもあり得ないからね! ただの脅しか脅迫だからね、それ!」
「じゃあ、脅しか脅迫されてるのねっ!」
「いえ、されてませんが」
「死ねや!」
「……うるさい」
***
二度目の九死に一生を得た俺は、また例の女子に助けられたらしい。
うるさい、だまれ、うざい、を使うのが標準的な女子だ。
「それはどんな標準? またあなたの好きな怪奇現象な女の子なのかしら?」
「まだいわれるのか、俺の変な理想像」
「永遠、未来永劫よ」
一歩近づいてくる。
「静かにできないなら帰ってください! ここは変人や変態がたむろする場所じゃない!」
その子に続いて周りにいる観客やストリートミュージシャンらしき人が一斉に視線を向けてくるので俺と興奮状態の奏は適当なところに座ることになった。
そして短いコンサートを聴くことになる。
もちろん俺の隣には天凛もいるし、奏の隣には里佳もいた。
一番バッターは、年配の夫婦。
うまい、と思える演奏と、その軽快な音楽にあった歌詞がいい雰囲気をだしていて、本当にプロじゃないのだろうかと疑った。
その次の人も、その次の次の人も同じくらいすごい人たちで、帰るところのない俺はその場の空気にすっかり酔ってしまっている。
最後があの子の出番。
あの時見た三人のユニットで、あの子はボーカルのようだ。
他二人は、おまけっぽかった。
おまけの片方がナレーションっぽく声を張り上げる。
「それでは! 今日のメインステージ! 夜空の下で青空を描く空の歌姫“黒紫”こと“くろムラサキ”です!」
素人の紹介でくろムラサキのメインボーカルが歌いだす。
アカペラ、と思ったが、途中から演奏が割り込んでくる。
誰が演奏するでもなく、その場に魔法が掛けられたかのように本格的な演奏が響く。
だがそんなことより。
歌の方はといえば。
――――格が違った。
違いすぎた。
五分に満たない歌はオリジナルのようで、どこかプロじみた迫力と、心に響く何かが確かにある感じだ。
ずっと離れなかった天凛の手が自然と離れたくらい。
周りからの拍手がパラパラ、からどっと押し迫るように激しくなる。
歓声も沸き起こり、会場は騒然となる。
当の本人はそそくさと帰って行って、おまけ二人が観客に囲まれるという異常なことになっていた。
「すごいわね」
「お前から人をほめる素直な気持ちを聞いたのははじめてだな。確かに、俺でもわかるくらい、次元の違う歌唱力って感じ」
「あの子は魔法使いなのかしら」
違う次元で天凛は話していた。
「といいますと?」
「だって後ろで演奏する人もいなければ、セッションを他のバンドに頼んだようにも見えなかった。ましてあそこまで本格的な演奏を録音で済ませているとも思えない」
「録音だろ。じゃなきゃなんだ、あの子は魔法少女でした――とか言いたいのか?」
「……」
初めて天凛を黙らせることができたのは、下級生が魔法少女かどうかという話だった。
いやー、今夜はどこで寝ればいいんだろう。
それより奏、どこで買ったか知らんが模造刀を振りまわすんじゃない。
高校生が模造刀を振りまわす様子が広まれば、曲がり曲がって俺に行きつきかねない。
勘弁してくれ。
誤字の修正だけしました。