22:……ではなく、一つの選択肢でもある
『……ではなく、一つの選択肢でもある』
***
世界が闇に沈むとき、対峙する三人がいた。
「そいつを渡せ」
「渡さねえ!」
「それはお前の手に余るものだ」
「十重承知だ。こんな奴を手中におさめきれる自信はねえ!」
「……酷い言われようね。こんな状況だから、まあ、いいけど」
斗貴がか弱くない少女を守り、それを狙う怪しげな男が一人。
普段の天凛ならなんてことなく始末できるはずだが、今ここにいる天凛は斗貴の後ろで震えながら隠れている。その理由を知るには、斗貴がホームレス生活を始めた四時間前に戻る。
川のかれる音がする。
いや、そんな音はしないけどな。それはただ川が枯れているだけで、その周りに生えた雑草が風に揺られてシャラランと鳴っているだけだ。
はぁ、風って気持ちいいよな。
自然パワーだぜ全く。
「いびつな感性ね。家のない人が皆変人に思われるからやめてほしいわ」
「別に驚きはしないけどな――――いつからそこにいた?」
時間帯的にはまだ学校の授業があるくらい。
天凛さんが隣に座っているのが普通じゃないのだ。
「ここは経験者としてご享受してあげましょうと思って……」
曇り空を一度見てから、天凛は話を続ける。
「本音は、本日より家も金もすべて失ったアホが、汚らしい恰好をして異臭を放ち始める前に接触しようと思った。臭くて汚い男は女の子に嫌われるわよ?」
「誰のせいだ、この状況は!」
「あなたのせいじゃないの?」
冷たいコンクリの上で俺の頭の中はいっぱいいっぱいだ。
人を痛くするのに気は進まないが、感情をぶつけて隣のバカ女をどうにかしてもいいと俺は思っている。
「襲っちゃ、やーよ」
神様、こいつをどうにかしてもよろしいでしょうか。
決して非人道的なことはしませんから。
「非人道的なことは被害者が判断することよ。あなたの価値観で判断されちゃか弱い女の子がかわいそうだと思わない、思うわよね?」
かわいそうなのは俺だ!
「この世の摂理を捻じ曲げるほどの被害妄想ね」
誰から見ても被害者様だ!
「……様って、被害者を崇めろとでもいいたいの、いいたいのね?」
一拍置いて答える。
「お前――」
「そう、あなたの考えていることは筒抜けよ。口に出して言わなくてもわかる、ような気がしたから」
「人の心が読めるのか?」
「それはなに? あなたの得意な怪奇現象が私というなら、これは新しい告白なのかしら……も、もはやそれを飛び越えたプロポーズなのかしら」
とても考えた風な、しぐさをとりつつ軽やかな声で天凛は答える。
それは罪悪感の一粒もなく、屈託のない笑顔と一緒にかけられる。
「やーよ」
「え?」
あんたなんか眼中にないわよ! みたいな顔をされる。
指もさされているな。
「あんたなんか眼中にないわよっ!」
「俺の心を読まないでーー!」
「読んでないわよ!」
むすっとした顔になる。
不覚にもかわいいと思ってしまう。
「そもそも、誰が怪奇現象ですかっての! そんな気持ち悪い人がいたら見てみたいわ!
人の感情なんて表情を見ていればある程度把握できるのよ!
例えば、麻薬常習犯を偶然街で見かけて、絡まれそうになった人を助けるとき、相手の首根っこを捕まえてこうささやいてやるの。『あなたに家族はいるのかしら? もしいるのなら一人……いいえ二人ね。ついこの間“パパぁ”とようやく言えるようになった小さなお子さんは元気に暮らしていけるといいわね。けど、今ここであなたが人をあやめてしまった場合、もしくはわたしに害をなした場合…………わかるわよね?』
最後に無情の微笑みを投げかけるのがポイントよ。
それから、前の学校でいっていたことだけど、
わたしは風を読む女です!」
どうやらそうらしい。
俺はこいつを不覚にもかわいいと思ってしまい、そのことに関して天凛は何も言い返していない。
その代わりに爆弾発言の爆弾を暴発させているが、照れ隠しとかではないのだろう。
すべては俺の推測に終始する。
慣れないことをしたせいで、顔の筋肉がぴくぴくするのは気のせいじゃない。
「で、そんな空気の読める女であるわたし、月花天凛がホームレス初心者にご教授に参上しました」
「空気の流れと場の雰囲気を勝手に変えるな。恥ずかしい奴め」
「黙りなさい」
自称空気の読める女に変更された風の読める女は、場を凍てつかせてからすべてをリセットした。
「まずは家を構える場所を確保、といきたいのでしょうけど違うわ! まずは食料の確保! 人は食べなくては死んでしまうの、人類の99.9%はそうだわ!」
「残りの0.1%がすごく気になるけど、次に行こう!」
「毎週木曜日になると誰でも参加できる炊き出しがあるけど、今日は木曜日でないからダメね。コンビニで廃棄になるお弁当をもらうというのも問題外……ふっ」
「渋い顔をして鼻で笑うな、怖いから!」
「一度味わってしまったらもう戻れなくなるわ……ふふふ、最後には飢えと生への執着がすべてを凌駕する」
天凛さんが遠くに行っている間に、気付いたことがある。
彼女は昔、家のなかった時期があるのだろうか。
奏のように家出して家がないのか、俺のような理不尽な理由で家がないのか。
深入りはしたくないので聞きはしない。
それこそ聞かなければならない特別な状況にならなければ絶対だ。
夕日をバックに無理やり引っ張られる少女しかり。
人とふれあうことに慣れていないのか、激しく動揺する少女しかり。
そのまま連れて行かれそうな少女しかり。
それに従う少女しかり。
……さすがにあれだな。
「話の邪魔をしないでいただけませんか。まだ、俺はそいつに用があるんだ」
「……小学生に用はない」
「へへ、その目は節穴ですかい――俺のどこを見て小学生なんていえるのか教えてほしいところですよ」
しっかりした格好のスーツ男に下手は打たない。もしも天凛の関係者だったらバカを見ることになるかもしれん。
「まったくもってロリだな」
「……(絶句)」
分かったことを報告しよう――こいつっ、変態だっ!
「私にとぉってロリの定義とは、年下でしかない!」
「……(線目で遠巻きに見る)」
「ゆえにこの世のすべてはロリとなぁる!」
変態との対応はどうすべきか。
震えだして小さくなっている天凛は、早々に救ってやらなければならないし、真正の変態ともあまり関わり合いたくない。
「じゃあ、手を掴んでる天凛も、ロ、ロリなのか?」
「? どうして私が使える主のお嬢様に私の性癖をぶつけねばならんのだ?」
「自分で変態だと自覚しているとは驚きだ。ちなみにそのお嬢様を無理やり連れて行こうとするのはやめないか」
「意味がわからんな。ロリッ子小学生――私に惚れたか……まてまてもう五年待ってくれ」
――――乱れた会話が続いたので、両者が落ち着きを取り戻すまでしばらく放課後の寄り道風景をお楽しみください。
「ちょっとここよってってもいいかな」
「里佳はオーケーですよ」
私、あたし……でなくて自分の名前を言う女の子は私の二個上の先輩。
子供っぽいんじゃなくて、見た目と中身が子供のまま年齢が飛び級していってしまったような人だ。こういうのを――――――――あーもうっ、うまい言葉が見つからない。
「どうしました、奏? 斗貴みたいな顔をしていますよ」
「なっ……どうしてあたしがあんなロリコン変態野郎と同じになるのよっ!」
「斗貴はロリコンじゃなくて――」
「あーもうっ、それはどうでもいいから。何か振るものないかな! 棒状のもの!」
奏の中の冷静な部分が答える。
『それはないでしょう~。棒状とか叫んでる時点で、自分が信じられないし、ここ――CD屋さんだし――いくらここが、何でも売ってる不思議CDショップでもあり得ない』
考えなしに喚き散らしている奏の表層は、何かを発見した。
「こ、これは……!」
気を取り直して、男がコホンッと場をリセットする。
「天凛お嬢様の特技は知っているのか?」
「もしかして、話し相手が一生後悔するようなトラウマを狂ったように叫びまくることか」
「……どうしてお前がそのことを……そうなんだ。昔から一日一日で使用人をとっかえひっかえになる。困ったものだな」
すっかり打ち解けた二人を天凛が不服そうな顔で見る。
「黙りなさい」
だが今回は場が凍りつかない。
天凛の言葉に迫力がなかったからだ。
「「冗談はさておき」」
ついにはハモるのか。そこまで仲良しになるつもりだ。
「天凛お嬢様は天性の資質で、人の奥底の感情を読み取れる。お前も少しの間でも一緒にいれば、その異形を垣間見たはずだ」
「人の表情や仕草で、思っていることを推測することか……?」
「誰にでも簡単にできるように思っているようだが、バカバカしい勘違いだな。もし人の表情や仕草、置かれている状況などで人の考えていることを読みとれるのだとしたら、それはお前にもできるか、いやできないだろう?」
考えなくてもわかる。
「それはできない――でもなっ!」
一度も触れたことのない天凛の手を引き、強引に引っ張る。
咄嗟のことに男は油断して簡単に天凛を奪い取れた。
「俺たちの新しい仲間が助けてっていってるのは分かるからなぁ!」
「仕方がない」
男はタクシーの運転手のような手袋をはめ直しながら、拳に力を込める。
次の瞬間にはためらいなく殴りかかってきた。
さっきまでの友好的な雰囲気とは別次元だ。
「しゃがんで!」
天凛の指示に従いしゃがんだ。
その上を男の大きな拳が通り抜ける。
すかさず次の打撃が迫るが、これも天凛の指示で避けることが出来た。
確かに天凛の洞察力は天性のものなのかもしれない。相手が次にどう動くのか完全に読み切っている感じだ。
「やはりお嬢様を奪われた状態で肉弾戦は不利のようだ。ならば」
天凛が口をはさむ。
「ならばこの手を地に染めても連れていく。こんなにも油断しているお嬢様を見るのは久しぶりだ。この機会を逃すわけにはいかない。いまならこの前のような姑息な探偵風情もいないからな、という。そして拳銃の引き金を引き、すべてが終わったら自分のこめかみにも同じ鉛玉を打ち込むのかしら?」
「まあそういうことですよ、お嬢様!」
照準は俺だ。
男の決意は強固なものだ。
そして天凛は男が言おうとしたことを半刻早くすべて言い当てた。
それがどんなに凄いことで、恐ろしいことなのか理解できるほど俺の頭はうまくできていない。
こうゆう状況は、里佳の父親にターミネートされる恐怖でなれていた。
体も動かせるし、頑張れば銃弾くらい跳ね返して見せる余裕だってある。
俺は、天凛や吹目と違った、そうゆう夏を過ごしてきたのだから。
最後に意味ありげなことを言っていますが、普通の人間は銃の前では無力極まりないです。
天凛の指示でもさすがに銃弾はよけきれない。
書いている本人も先が分からない展開になってきましたが、
一言言えるとしたら、
この話全般で人の生き死に怪我病気は例外を除いてあり得ないってことでしょうか?
ちなみに吹目空、月花天凛、柚木奏、雨宮斗貴などがある病気もちなのは裏設定。たとえば探偵を生業とするおじの手伝い(一昨年夏)をしていた空は、現場の負のイメージを体感して”イタミ”を自分のものとして受け取ってしまうことだったり、雨宮斗貴は人の嫉妬・欲望・絶望・希望を満足させる性分(病気じゃないですね…)だったり…とコメディに今のところ必要ないシリアスなこともないわけではないです。