18:まだ春休み前
『まだ春休み前』
***間があいたので、この時期に思ったことをそのまま綴っていきます。
津波警報が飛び交ったり、激しい雨に突然撃たれてしょげている斗貴の所には、第三者の目から見て、救いの天使が来ていた。
狙撃をも防ぎそうな窓ガラスが豪快に砕け散り、水しぶきが少しだけ上がって顔に着いたり。
自分の部屋が、そうでなくなる瞬間をスローモーションで見ているような感覚だった。
「ごきげんよう!」
「ごきげんじゃねえよ」
反射的に斗貴は突入してきた何者かに叫び。
その何物かは、体に着いたゴミを軽く払いながら真っ直ぐに見てくる。
言い知れぬものに責められている気分になった斗貴は、それから口を閉じてはいってきた女の姿を落ち着いてもう一度見た。
「……里佳さまがどうして我が家にご登場なんでしょうか?」
「どうして斗貴は敬語なんでしょうか?」
「日付が変わって、これから寝ようとする男の部屋にどのような理由があって女性が単身突入する理由があるのでしょうか?」
「窓ガラスはいつの日にかわれてしまうものとお父様がよく言います。でも弁償した方がいいのでしょうか?」
「――そうしてください」
疑問疑問疑問、の無限連鎖に終わりが来た。
ようは、ショーケースに飾っておきたいほど斗貴にとってドストライクの女の子が夜分にお邪魔して(窓から)。
その子を形容するなら、箱入りのお嬢様(実際、半分はそんな感じ)。
名前は“上下里佳”。特徴は可愛らしい感じの小学生――にみえる現役高校生。成長が著しく遅いのは、家系である。
「遊びに来ました!」
『来るな!』とは斗貴には言えない。相手がどうでもいいどこぞのチュウボウならいざ知らず、同じ学校の同級生。しかも同級生なのに同級生に見えない可愛らしさと少しスリリングな雰囲気を兼ね備えた女性――もとい女の子だ。
「お父様が、“体を持て余しているなら、あの男の所にでも行って来なさい”というから、来ました!」
「おい」
斗貴は躊躇しない。聞き捨てならないときは、ちゃんと口に出さないとあとで後悔するからだ。
「そのバカ親を連れてこ――」
「連れてきました!」
話し方も少し子供っぽい里佳の前方。
この部屋の本当の入り口に近づく足音が聞こえる。古き良き日本の木造建築二階建ての家の、二階奥の斗貴の部屋は一番侵入者を感じやすい。
キシ、キシ――。
一歩ずつ足音は近くなる。里佳はそれを待つように朗らかな顔でしばらく大人しくしていた。
ここで斗貴は思った。
「やばい……後悔した」
ドアは開かれた。
ドアを開けたのは里佳とは対照的に巨大な男。
間違いなく里佳の父親だと斗貴は理解している。特徴は、タモリグラスに巨躯な体。並みのボディービルダーも真っ青なほど引きしまった体に、入口ドアの枠が悲鳴を上げていた。
「ストップ、ストップ! 頼みますから入らないでください。お願いします。何でも言うことは聞くので俺の部屋をこれ以上修復不可能にしないでください」
精一杯本心を丁寧に伝える。斗貴にできるのはそれだけだ。抵抗しなければ間違いなく、今日を境に一人部屋とおさらばし。
上に三人ほどいる兄き――暑苦しい筋肉バカと相部屋をする羽目になる。
それだけは避けなければならない。
「お前は、娘を幸せにすることができるか?」
「よく意味がわかりません」
「死にたいか?」
「死にたくありません!!」
強化装甲を得た新型ターミネイターが頭をちらつく巨躯な男に対して斗貴は即答する。
黙った瞬間。それは死を意味する――くらいの気持ちだ。
「お父様はやっぱり邪魔ですから、帰ってくださ~い。あとは若い二人に任せて」
「そうか。なら仕方がない」
「そこで帰るのはおかしいんじゃないでしょうか!」
半ばキレ気味で大声を出した斗貴を一瞥して、里佳の父は帰っていった。
そういえば、里佳の父親の格好は全身タイツ――変態なんじゃないだろうか。いや、そんなことよりもしパトロール中の警察官にでも見つかれば、即逮捕だってあり得る。
――よく考えて、斗貴は今までの非現実を忘れることにした。
「ところで里佳。何かあったんだろ? 妙にハイテンションな所がかわいいぜ」
何か大事なモノも斗貴は忘れてしまったのかもしれない。
「斗貴の言うとおり、“体を使った部活にはいればいろいろ楽しいぜ”は本当だった。私はいま男女のサッカー部のレギュラーになったもんね」
人の家にまだ空飛びこんで無傷なくらい運動神経がずば抜けている少女は、ようやく冗談オア嘘の輪廻から解き放たれたかのように話し始めた。
「――ということです」
「へぇ、サッカー部に入っていたのか。全然気にしなかったな。そういえば校内の大会で優勝したのは里佳のクラスだったな」
「そうだよ。サッカー部の一年がいるチームは容赦なしに10分間で16点奪っちゃった。てへっ」
容赦がない点数だ。いくら身内だからといって、女子にそんなにとられた――おそらく男子サッカー部員(一年生)は大丈夫だろうか?
悪女の笑顔のように見える、この笑顔に斗貴の体は凍りついた。
氷に冷やされて、冷静を取り戻す。
ある事を斗貴は思い出した。
「そうだ、レンタルDVD返しに行かなきゃ」
「じゃあ、そろそろお邪魔しましたした方がいいですか?」
空気を読んで里佳はすぐに帰っていった。
ほんの数分間の間に、やたらと疑問符を使ってくる上下家の人たちは去ったのだ。
あとは新作一泊二日を閉店時間前に返せば、今日の予定は完ぺきにこなしたことになる。
そういえば、家系という割には大きかった父親は見たことがあるが、母親の方は見たことがない。少し見たいという気持ちと、見たらいろいろ引き返せなくなる怖さを感じつつ、斗貴は家を出てレンタルショップに向かう。
斗貴がレンタルしたのは、ある短い期間の中で出会いや別れがある青春ドラマものの劇場版。もしもの世界があるとしたら、多様な友達を持つ斗貴たちなら、難なくこなせる映画だった。
もしも――というのは、不可能なことではなく、一つの選択肢でもある……。