16.5:番外編! 風邪を引いた雨宮
「16.5:番外編! 風邪を引いた雨宮」
生まれて初めて、真っ白な雪景色というものを見た気がする。
今までは温暖化のヤローのせいで、積もったとしても、解けて、半分氷になっているものだけだった。あれはかき氷がそこら辺に落ちているのと同じだ。少し黒くなっていて綺麗さなんてものは欠片もない。
ただ“さむっ”と視覚的に感じるのだ。
目を通して感じるものは、ある程度の経験からきている。そのため、氷を見れば寒い、炎をみればあたたかそう、と思うのだ。
他のパターンも挙げておこう。
目の前に小さい人影があるとしよう。
身長的には“育ちすぎた小学校低学年”くらいで、俺の腰のあたりに頭が来るくらい。
手の平をその頭の上に置いて、髪の毛をわしゃわしゃできるくらいの大きさ。
それを見たらどうする?
信じられないものを目撃した衝動を感じ――抱きついて――誘拐して――ホワイトなナイトを楽しむ?
……これはない。ただの変態だ、それじゃあ……いや、むしろ抱きつくまでにしておけ。
遠目から観察する――ムラムラする――抱きしめる――お持ち帰り――……。
おそらく親に説教されるな。
もしくは家に入る直前で隣に住む幼馴染の女に“ついにやったな変態!”と叫ばれて、親に完全に俺の人生をあきらめられる。
くそっ! 最低だな! いや、さらに最悪な場合を想定するなら、ちょっとした知り合いの後輩(女)に道端で出会い、“どうして妹でも迷子でもない女の子と一緒にいるの?”と聞かれ黙りこむ。俺が高校生だから後輩は中学生という設定だ。もちろん年下――ロリ。
この時点で問題発生だ! 俺がロリコンだと勘違いされれば、この後輩が俺からの視線を怪しいものだと勘違いする。更に追い打ちをかけるように、そいつよりもかわいいめの小さい女の子の知り合いにも噂は伝染し、もしも俺がロリコンだった場合大ダメージを受けてしまうだろう。
……いや、俺は違う……だから問題も何もないけどな、ははは。
すばらしく話が逸れたな。
まったく自分でも気付かぬ間に、何の話をしていたのかさえ思い出せなくなりそうだ。
えーと、確か雪を見て、寒いって話か。
確かに寒いよな。寒さのせいで自分の名前さへなのらず半分が過ぎているじゃないか。
タイトル的にわかる奴には分かるが、分からん奴にはわからない。
今現在、布団の中で風邪ってやつと闘っている雨宮斗貴とは、俺のことだな、ははは。
つーか俺は誰と話をしているんだ。そもそもカギカッコがないのなら、それは俺の妄想の中の一思考と考えるのが普通か? 否か?
「だぁあああああ!!!」
唐突に叫んでみた。
「気合だぁあ、じゃない! 病人は寝てなさい!」
“母親以外が男くさい”家族の一員でない人の声がした。
つまり女ってことだ。
「せっかく、呼ばれて飛び出た柚木ちゃーんがいるのに、寝言が“最低だ!”って何よ! もしかして喧嘩売ってる?」
「喧嘩? ……いや、むしろ俺の寝言がそれで安心した」
クエスションな表情をされるが、それ以上言ったら俺の人生が終わる気がする。必ずだ。
柚木ちゃーん発言の中くらいの女は、幼馴染の方じゃない。幼馴染の方はここ数年ですっかり男勝りの男子サッカー部レギュラーになってしまった。八人抜きの結城、という異名すらついてしまっている。
柚木ちゃーんの方は、結城よりは女の子っぽくて、ちょっとバカな奴だ。何せ俺程度の頭脳しかこいつは持ち合わせてないからな、ははは(苦笑)。
容姿は……俺好みじゃないが男受けよさそうな感じだ。
「看病に来た女の子をバカ呼ばわりするとは、どこのバカがいってるの? 今日はいつになく涼しげな外で、変な気を起こした裸の男が凍死――そんなニュースが欲しいの?」
あれ? 俺の意志が読まれた!
「うっさい! 全部自分の口からいってんでしょうが!」
「そう……なの?」
「そうでしょ。あんたの特技じゃない、ひ・と・り・ご・と!」
……。
「何黙ってんのよ。まず、どうしてわたしがここにいて、眠っていたあんたの隣で看病しているとか聞かないわけ? それとも対象外は興味なし! くるなら巨乳のバインバインがよかったよ! とか思ってる? このっ、歩くヘタレ野郎!」
酷いいわれようだな、俺。
「悪かったわね! どうせわたしは、まだ発展途上だよっ!」
わけがわからん。
そうだな。この状況の解析か……わからん。
「考えるだけ無駄ね。あんたのチンケな微小頭でわかる現実なんて―――はぁ~。どうせ女の子の見た目と年齢の不一致の検証くらいでしょ」
どうしてそこで溜息っ!!
そして俺は何者? 別に甲斐性なしでもないよ!
「何さ、それ」
それしか言うことはなかった。
「ところでどうしたんだよ。つうか学校あるだろ、今日。サボリか? へへへ、このサボリ娘め~」
ボブっ!
「一緒にするなヘタレ」
今のは決してMr.Bobを呼んだわけじゃないぞ!
「創立記念日ってものがこの世にはあるのよ。ちょうどそんな日にケータイを持て余していたら、あんたの母親が“みんなで旅行に行ってきまーす。斗貴ちゃんのことは任せたよ~。七人いればなんとかなるよね~”ってメールが来てた。そうそう、最後の方に“斗貴は風邪でくるしんでいるヨン”って書いてあった」
あれ、俺、親に見捨てられた?
くそっ、最悪だ!
「何が不満なのよ!」
「いや、いまのなしっ。ほら発作みたいなもんだからさ、俺の独り言はさ」
七人?
「七人って誰さ。俺とお前と二人なのはわかるけど……」
ここへ来て、初めて気付いた。あのメールからこの状況を読み取ると。
俺と柚木はこの家に二人きりだ。
「なによ、改まって……そんなことくらいわかりなさいよ……」
「いや、でもだからって、お前と俺じゃなにもないけどな。だって俺の対象内はもう少し小さくて、幼くて、やっぱちいさくて――」
デュララッッ。
「ヘタレ変態ッ!」
いまのは、2010年にアニメ化するタイトルを叫んだわけじゃなくて、殴られて口の中がめちゃくちゃになったから出た俺の悲鳴だ。
「俺は変態だけどヘタレじゃねえ!」
「ふーん」
あれ、やけに反応が普通だ。
……ん?
「間違えた! 俺は、ヘタレだけど、変態じゃありません」
「いいなおしても遅いんだよ~。変態だけどヘタレな斗貴く~ん?」
あぁぁああああああああ!!!
俺は心の中で叫んだ。
ここにいる現実を否定したくて。
これが全て俺の妄想だったらいいなぁ、って。
***
気がつくとそこはベッドの中だった。
俺の部屋が二階の階段のすぐそばにあり、一階の音がそぞろに聞こえてくる。
どうやら、筋肉自慢の我が兄弟が筋トレでもはじめたようだ。俺はそんなことしたことないけどな。
そして母さんは晩飯の用意ってところか。いつの間にか夕方になっているなんて気付かなかったな。これも風邪の影響かもしれない。そのせいで妄想も加速したのか――架空の女の子に、架空の時間。
なぜなら、一階に母さんたちがいるなら、妄想の中での会話は成立しなくなるからだ。
いくら日帰り旅行だとしても、たった数時間で帰ってくるバカがどこにいる?
ならあれは、妄想で間違いない。
でも、どうしてだろう。俺の口の中はめちゃくちゃになっていた。
俺には時々、俺とは別の人間をそばに感じることがある。
それは触れることもできるし、触れられることもある。
俺の中で別の人格が存在し、そうなれば俺は立派な多重人格者なのかもしれない。
知り合いの子供先生に聞いてみるのもいいかもな。
そういえば、俺の風邪は誰に看病されるわけでもなく完治していた。