16:野球しようぜ
「16:野球しようぜ」
各部活の新人戦が始まる少し前、スポーツ大会一日目で疲れた体も癒えたころ。
二日目〈野球の部〉が開かれた。
基本的にメンバーは一日目の10人と変わらないが、ユースチームとの練習試合に本腰を入れている結城と病欠の斗貴はぬけている。かわりに、凍山と朧がチームに加わった。
今回は参加チームも多く、ニ十チーム近くあるらしい。
当然、一試合にかける時間も短縮されるため、六イニング、五点差ついた時点でコールドというルールに一部変更された。
特別参加チームもいるらしいが、夏の甲子園優勝校の中心人物がいることであまり気にはしなかった。
ポジションは、
守備に関してだけは神懸かり的な活躍を見せる神谷を一番、ライト。
男勝りの速球を持ち、球速だけならエースの神谷以上の平田妹を二番、ピッチャー。
なんとなくやる気のない生弓矢と、勝負っけの強い彼方はくっつけて、三番四番の、サードとセンター。
その他、ファースト凍山、セカンド吹目(俺)、ショートひより、レフト朧音夢、キャッチャー平田兄(さすがに上位打線にはおけない。空気を読んだ結果だ)。
試合は筒がなく進んだ。
そうだな、必勝パターンがあるとすれば、身長の極めて低い朧がフォアボールで出塁して、四番が本職の平田兄がホームランで二点先制する――そのあともまえも、プロ並みのストレートを放る平田妹が相手の打線をシャットダウンしてゲームセット。
守備位置なんかはおまけのようなものだったらしい。
あ、とも。い、う、とも言う前に準決勝突入――うわさの特別チームとの対決。
チーム全員が暇だけど割と強豪の大学野球部だった。
ひょうひょうしたその連中は少しだけムカつく。全試合コールド勝ちして無失点なのは十分わかっているが、それでも態度があまり良くない。何か所にも分かれて同時に何試合もしているため教師の監視の目が甘くなるのをうまい具合に熟知している。
「今度の相手はJKだぁーー!!」
「JKいっぱいだぁあああ!!」
変態どもだった。
「叩き潰すっ」
平田妹が締めて試合開始!
「女の子ピッチャーには手加減しちゃうよ~。甲子園優勝投手が出てくるまでだけどね~」
「うっせー、死ねよ」
暴言を吐きつつ、妹が三者三振にしていい感じに表の攻撃終了。
裏の攻撃、一番の神谷はバッティングに関しては無の力を発揮して豪快な三振。
次の妹も相手チームの怒りを買って見事に三振。
三番は十球粘ってキャッチャーフライだった。
「手加減は、もういいよな。俺たちも暇じゃないんだ」
問題なのはこの四番。こっちの平田兄同様全打席で打点をあげ、ホームラン率も高い。それにこいつだけはひょうひょうとした雰囲気のない真剣に野球をやっている感があった。
ゆえに、心配は現実となり、自身の最高球速で勝負した平田妹のストレートはバックスクリーン、いやそんなものはないから、ホームランと決められる柵の外へはじき返された。
大学生チームにそこで流れが生まれてしまった。
続く五番六番にもヒットをあび、その回に合計三失点してしまった。
裏の攻撃は彼方三振、凍山出塁、送りバント成功、ひより三振と無得点に終わった。
「まだ終わってないぞー。最後まで頑張れよー」
ライトの神谷から平田妹へエールを送っていた。
何試合も投げている平田妹は相当へばっているが、その声に答えるように二人目までを三振に仕留める。次のバッターにヒットを浴びるがツーアウトなら問題ない。
なんとしても四番に回る前のこの二番、三番で抑えるだけだ。
「わかってるよそんなこと。あいつの前にランナー置いたらそれこそコールド。絶対にこいつで終わらせる」
一球目はど真ん中にいってしまったが、相手が見逃してくれた。
二球目は低めに決まって空振りを奪い、あと一球!
「これで……最後だ!」
高めに速球が決まった! 三振だ!
キンッ!
微かにバットに当たった音が響き、ボールは平田、妹の方向へ。
「おっとと」
体を傾けて、妹は強襲をかわすが、風に押されてひょろいボールは軌道を変える。
「ぃつっ……」
軌道を変えたボールをかわそうと咄嗟に手を出してそれを払いのける。
直撃をまぬがれるが、小さな痛みが体にはしる。
落ちたボールを妹が拾えない間にバッターは一塁に回ってしまった。
「どんまい、どんまい」
神谷が外野から声をかける。
すぐに平田兄が一言!
「ピッチャー交代!」
利き手を痛めた妹にかわり神谷投入。
「まあ、軽く行こうぜ! 楽しく緩やかにゲームを進行しよう」
ランナー一、三塁。ピッチャー神谷、ライト平田妹で試合再開!
「さあ、こ――」
バッターの言葉なんて聞く耳を持たずに神谷が一球放る。
軽い音をたて、投球練習なしで神谷のストレートが平田のミットに収まった。
「構えろ雑魚。三球ももったいねえからさっさと当てやがれ」
平田妹よりも十キロちかく球速の遅いストレートをど真ん中にきっちり投げ込んでくる神谷は相手を挑発する。
意図はよく分からない。
二球目、さらに緩いボールがスポッと平田のミットに収まり、バットが空を切った。
「三球目は本気で行く。宗次! しっかり受け止めてくれよ!」
大学生も、ようやく構えをとる。どうせ勝ってるなら“本気の神谷”とやりたいからここまでの甘球を見送っていた。
ゆえに、一球だけ真剣な空気が流れる。
ドゴッ!
それはミットに収まる野球ボールの音だった。捕球音と衝撃音が重なり合って外野にいる彼方まで音は届いた。
バッターは文句なしにフリ遅れた。
「これが、神谷の投げる“体感するボール”か。実際に見てその意味がわかった気がするぜ」
何かを確信してバッターは下がった。
次の回、大学生チームで唯一甲子園経験者の四番がこの投手に勝てるかどうか。
その確信をしたのだ。
つづく