14:西の月と東のヘタレ in 図書館
「14:西の月と東のヘタレ in 図書館」
周囲には無数の本棚。
それぞれの本には“禁”と持ち出し禁止のシールが背表紙で見てとれる。
人の気配も遠くまで感じられない。
どうやら天凛が下りた場所は、他の人とは違う場所のようだった。
「これだけの書物を、これだけの余分なスペースを開けて保存できる場所は、まず国内にとは考えられない。そうなれば、ここは外国か……もしくはもっと別の場所」
密閉された空間の中、風のない場所で天凛は何を思うのか。
とにかく慎重に、決して、自分を困る状況に追いやるようなことをしないように行動する。
「全く世話が焼けるわね、ふふ」
不敵な笑みを浮かべながら足音を立てずに進む。
静寂に包まれた空間の中を、重いサイレンの音が鳴り響いた。
緊急の侵入者対策を全体に伝えるサイレン。
それが鳴り響いた原因は、天凛が思い当たる限り、あの二人しかいない。
「時間がなさそうね。通路ごとに印字されたアルファベットを頼りにサイレンに従ってみましょうか」
行動を起こそうとしたそのとき。
近い所にたくさんの気配を感じた。
地面からわき出してきたような感じ。普通な奴らじゃないらしい。
『緊急時の自動殲滅プログラム――発動。書庫内で不審な動きをする人間を感知しました。殲滅に移ります』
丁寧にこれからされることを教えてくれた。
前後左右、本棚の間の抜け道全てを塞ぎながら結構な体格の大男がたくさん。
表情を隠すマスクを被って次々に出てくる。
『無駄な抵抗は止めて下さい。貴重な資料を守るため、ここのセキュリティーは最高レベルに設定されているため――抵抗した場合の命の保証は約束できません――繰り返します……』
司書長でもどうにか出来なかったメガネを超える大男。
本当に人が入ってはいけない場所に、運よく天凛は降り立ったようだ。
「ふーん。そんなにすごいところなんだぁ。それなら私の探しているものもここにはあるのかしら。まずあなたたちを沈めてからゆっくり探して――!」
鞭のような腕が天凛の顔面めがけて叩きこまれた。
とっさに肩でそれを受け止める天凛だが、鞭のようなしなやかさで、拳で殴られたような重さを持った一撃に本棚のちょうどないコンクリの壁に叩きつけられる。
全身に痛みが走るが、意識を断ちきられないようにギリギリのところで天凛は耐えた。
「一体のお人形さんが動くと、その動きを知っていたかのように他の人形が場所をあける。よくできたインテリジェントデヴァイスをそれぞれが持っているのかもしれないけど違うわね。動きが統一されすぎよ」
一撃喰らう間に視線だけで状況を読み取る。
彼にそうしろと言われたからそうするようしているだけだ。
したくてしているわけじゃない。
「つまりあなたたちは、従順なる機械人形もどき。ただ侵入者を数で制圧するだけで、本もそれ同様傷つけないように行動する。ってとこかしら」
同意を求められない相手に言い捨てる。
ところであの二人はどこへいったのか。最初気配がなかったから、多分ここじゃない。もう少し安全な場所にいればいいかな、と考え事をする。
無防備な体勢で、高速で繰り出される拳を避けるには難しかった。
だが、天凛はそれを寸前でかわす。
初めの一撃が肩で受けるので精一杯だったのに対し、何事もなかったように考え事をしながら天凛は歩き出す。
「……出口がどっちかなんてわからない。とにかく歩くしかないわね」
二、三人が一斉に飛び掛かってくるが、足のステップをうまく使い避けきる。
動きが全て見えているように、視線も正面を向いたままそれをなした。
『――繰り返します』
警告音は繰り返される。
少しだけ、いや、かなりうるさい。
周りにはびこる大男と同じくらいに。
「あぁーーー! うるさいわね!」
考え事の最中に激しい運動と騒音は何よりも不快極まりない。
そして天凛は拳を強く握りしめる。
月花という大きな家に生まれた血族が有するちょっとした体術。
大男だろうが、大岩だろうが関係なくぶち壊すような力技でなく、相手を絡め取って動きを封じることしか出来ないものだが、相手によっては使いようがある。
この場合では全く役に立ちそうもない。
天凛は“彼”と出会った夏のころを思い出す。
彼と出会う少し前に、ちょっとした訓練をしていた。
それは、軍をやめ職につかず、のんびりと段ボールの中で悠々と暮らしていたあるホームレスと、その頃からそこに住んでいた少女の一幕。
その少女は暇つぶしに、一風変わった傭兵術を体得していた。
自分よりも大きな相手を御せる柔の道にも似た、少女にあったものだったがそれはこの場で大いに役立った。
周りにいた大男を一体ずつ的確に相手をし、とりあえずすぐそばにいた奴らを一掃すると、他の数体は視界の外へ行ってしまった。
「さぁ、いきますか!」
激しい運動をして、少しだけ気分の晴れた天凛は一度決めた道を突き進む。
少しだけ警戒心が薄れていたのかもしれない。
「待て、女。少し聞きたいことがある」
すぐ後ろにいた男に、天凛は気付かなかった。
双子といつもセットの生弓矢の影に。