11.5:番外編! 冬の物語(仮タイトル)
作者のことをリアルに知っている人はご遠慮ください。
それだけです。
冬の物語(仮タイトル)
「知ってるか? この山には雪が積もると――出るらしいぜ」
「んあ……雪に埋もれて鮮血が滲み出ているウサギでもでるのか? ……そうだな。それを見つけたら気をつけろ! そいつはもうすでに――」
「えーと、雪が積もってー、でてくるのはー。家のない人たちのー、“露骨な格好”かなー。あれはもう、山籠りを前提にしてるわねー」
前置きをする奴。
人の話を聞いているようで聞いていない普通な奴。
頭の中がお花畑に、進化の過程を後退している奴。
順に、〈雨宮斗貴〉、〈吹目空〉、〈金武宇ひより〉。
「出るって言ってんだからそれっぽいこといえよな。そりゃあ冬本番に寒くなる話はなしだろうけどよ。それでも、それなりのき・づ・か・い! があるんじゃない?」
「だりー」「左に同じー」
斗貴の話題は、思いやりなく終焉を迎える。
「ところで、俺たちはどうしてこんなところにいるのだろうな?」
「そうですねー」
一面が雪景色。足場はズボッとその場に足がはまるほど積もっている。
空がいうように、三人がここにいることに理由はない。
そもそもここが雪山っぽいことと、斗貴の直感でアレが出ることしかわかっていない。
斗貴が周りを見渡しながら呟く。
「山、だよな?」
さっきも言ったように、ここが山なのは見ればわかる。周りが背の高い木で囲まれ、地面も緩やかな傾斜になっている。遠くが白い靄で見えないが、近くに空を感じる。
故に、斗貴の言葉にはミッシングワードが隠されている。
吹雪を感じさせる轟音が三人の間を通り抜け、足場がぐらついている。
「“山”であり“雪山”でもある。いわば名物みたいなものだな」
「逃げないとー」
極寒でろれつの回らないひよりも口にする。
“雪山名物の雪崩”が迫りつつあることを――。
雪崩が来てしまえば、どんなに太い木の幹もなぎ倒され、葉はもがれてしまう。『木』と言う漢字が『十』のようになってしまうのだ。
三人は慌てて取り乱す風でもなく話し続けている。
車に轢かれても“サッカーボールは友達さ”の翼くんみたいに奇跡的に助かる幸運を纏う斗貴。生命力ならホームレス直伝のしつこさを持つ空。一般人でない父親のおかげで日々を非日常に変えられ、空も巻き込んで体力だけなら熊以上のひより。
この程度の災害など、彼らの敵ではないのだ。
雨宮斗貴はたった一人取り残されていた。
辺り一面はすっかり洗われ、視界もすっきりしていた。
「……探さないとな。俺だけ助かっても後味悪いし」
白い景色の中、二人を探しにいく。この景色のなかで小さなものを探す妙案を持っていたわけでもないが、元チームメイト(体育大会“サッカー部門”準優勝チーム)として他の奴らに悪い気もしたから。アレでも空と金武宇は持ち前の超人的な体力で頑張ってくれた奴らだ。空は周りを見切る良き司令塔として、金武宇は逮捕するまで犯人を追い続ける警察官並みの運動量として。
「二人は埋もれている……もしくは流されたって考えるのが普通か? なら、大声で叫んでも的外れな気もするけど、災害の時の大声はやっぱ重要だよな」
独り言をつぶやいてから斗貴は二人の名前を呼び続ける。
十分くらい経ってから、おかしなものを見つけた。
白い毛布にくるまった白ウサギ。雪の上を走りまわっているおかげで泥に埋もれた小汚い奴よりはきれいな奴だ。
遠目から見るにはそう見えたが、近づくにつれ自分の間違いに気づく。
毛布にくるまっていたのは――!
「旅の方ですか? よろしければ私をその籠に入れて運んでくださりませんか?」
古風な女だった。
籠とはほとんど中身の入っていないカバンのこと。通学用にいつも使っているものだ。
とりあえず寒さを防ぐためか。もしくはこちらをおちょくる新手のマジシャンなのか不明だが、そいつはカバンの中にすっぽりと入ってしまった。
「あたたかい。あなたは仏さまのような人です」
寒さのせいでなく、状況に追いつけなくて体の固まっていた斗貴は自分の体を再起動した。
雪の中に現れた真っ白な女。
『知ってるか? この山には雪が積もると――出るらしいぜ』
自分でいったことを思い出す。あのとき何を思ったのか。
そうだアレはアレを思ったんだ。
「お前はあれか? 雪女なのか……?」
恐る恐る聞いてみると、雪女はきっぱりとそれを否定する。
名前を聞く時間も二人を探す時間に惜しいので斗貴は捜索を続けた。
「雪女などはどこの山にもいるそうですけど、私はちがいますからね! 雪女は正体がばれたら雪になってとろけてしまうんです!」
これ以上追及されないようにしているような、自白しているようなことを言い。時代を間違えて出てきてしまった雪女は脳みそがとろけている。緊張感漂う状況で思わず笑いがこみあげてくる。
「じゃあお前はなにか。この近くに住んでるのか――いや違うな。それなら家に帰ればいい。それにお前は山から降りたいみたいだしな」
「運んでくだされば、どこへでも。それまで好きなようにしてくださいまし」
「そのまま大人しくしていろよ。どうも雪の詰まったカバンを背おっているようで落ち着かないが、このくらいなら大丈夫だ」
「よろしくお願いします。もし退屈でしたら私がお話をしてもよろしいでしょうか? B.C.5世紀最高のお話をしてあげられますよ」
偉く古い話になりそうだ。
「これは無限に続く幾何級数のなんたるか。その最高峰のお話に――」
「待て! 何を雪山で遭難者が眠って凍死しそうな話をしようとしてるんだ! そうゆう意味で“最高”なのか? それとも俺がそれを聞いて倒れた所を襲うつもりか、あんたは!」
姿は見えないが、「はぅ~」とか言って体を縮めているのを思い浮かべる。
その姿に斗貴の心はときめく。
なによりも小さい娘が好きな男がここにいた。
「……ばれましたか……」
予想に反して、体を縮めるどころか、首元に手を伸ばしてくる雪女。
冷たい手のひらが首に回ろうとする。
ガサガサ、と葉の揺れる音がそのときした。
「雨宮さん! 予想をはるかに上回る無傷っぷりもさることながら、変なものまで連れているとは……やらしいわね!」
抜け殻となった空を小さな背中に。雪崩に耐えきった木の上を器用に飛んでいたせいで体が温まり、ろれつの回った金武宇ひよりは本来の近寄りがたさを取り戻していた。
美少女なのに空以外の生徒と接点のない金武宇は、親のせいもあれば性格のせいもある。
空気の読める女になれば、十分に斗貴の守備範囲にいる小さい娘でもある。
「よかった。無事だったのか……かはっ! 俺の親友が雪崩なんかで消えるわけもないからな……そろそろ下ろしてくれ、ひより」
三人から、四人になり。本格的に山を降りることにした。
「雨宮さんだけずるいですね。こんなにも女の方とみっちゃくして、あたたか~い気持ちになっているのは、とにかくずるいです! なので、私は空とくっつきます!」
本気で嫌がる空の静止も聞かずに金武宇は潜りこむ。
一瞬で自分の上着を天に閃かせ、薄着になり空の上着とシャツの間を縫って体を滑り込ませる。際どいところまで体を密着させる男女は、火照った顔を服の隙間からのぞかせる少女と、寒さと暖かくて柔らかいもので挟まれてどうにかなりそうな男になっている。
「さあ、いきましょうか。お互いあたたかくなったところですし」
雪女の一声で歩き出す。
目標は下山か山小屋。体力的にも、特に、飛びまわっていた金武宇が空の背中にくるまってまで体力を温存しているから限界が近づいているのだろう。一先ず休憩が必要だ。
「休むとこ探すぞ。起伏のある山の中ならある程度歩けばあるはずだ」
「……俺の胸に手をまわして、もっと密着してもいいぜ……。という、やらしい妄想にかきたてられている空のためにも、雨宮さんに頑張ってもらいましょう!」
勝手なことを言う二人だが、何故か俺に対しての違和感にこいつらはあまり突っ込んでこない。それが不思議だ。
山小屋はしばらくして見つけられて、薪も十分にあり休憩することができた。
「ちょっと行ってきますね。女同士の時間ですから入らないでください」
疲れてそのまま眠ってしまったらしい金武宇の身支度を整えに、雪女がもう一つの部屋へ行き、返ってきた雪女と二人ですこし話をすることになった。
雪女のいう、B.C.5世紀最高の話しという奴だ。
「いいですか? 雪山アレンジしたこの話は最高の謎解きなぞなぞですから、答えが分かれば即、挙手! じゃないと話が難しくなってしまいます」
「「りょーかい」」
退屈しのぎに俺たちは耳を傾ける。
「わたしたちはいま下山途中の登山家たちとします。あるところにこういう立て札がありました」
『この山を降りるときは、目的地の半分の距離を進んだら休憩してください。そして休憩した後もそれを繰り返し続けるように』
「わたしたちはそれを実行しました。なんせ山を登ることで体力を消耗しており、後になるにつれその消耗はより一層激しくなると考えたからです」
「でもそれじゃあ、目的地にはつかないな」
空が呟く。
雪女は話を続ける。
「そうです。この話には終わりがありませんでした。なぜなら、全体の1/2,1/4,1/8…と進む距離が全体の極めて小さな値になるにしても、最終的なすすんだ距離は1になれないからです。1となってしまったら、残りの距離の“半分ずつ”で進んでいくルールに反してしまいます」
「わからん」
「つまり無限大に半分にして言っても、その合計が決して1にならないってことだ。高校の数学の授業で似たような話を聞いたことあるだろ」
数学。はてさて睡眠の呪文の時間のことだろうか。ホイミ、それは回復の呪文だっただろうか。
「さて、このパラドックスの盲点を答えなさい!」
「……ゼノンのパラドックス、アリストテレスの演繹的推論……」
空は謎の二言を残してその場を離れる。
別室の金武宇の様子を見に行ったようだ。
「ゼノンだかアリんこテレサだか知らんが、どうゆうことだろうな。分かるか?」
これは独り言。決して雪女に話しかけているわけじゃない。
「ヒントは、“演繹によって何か価値のある結果が導き出せるわけではない”ということ」
さっぱりなことに何も思いつかない。
知識が豊富な空と違って、“演繹”の意味すらわからないからな。
この場を離れた空が、いつもより少し焦った顔で戻ってきた。
「……ひよりが連れ去られちまった」
斗貴の独り言同様、これ(誘拐や暗殺)もよくあること。
よくあるといっても、金武宇ひよりを中心に起こるといったルールがある。
一人となりの部屋にいた金武宇の横には、試練のはじまりを報せるメモが一枚。
“警視総監の一人娘に課せられた試練”、それが金武宇に課せられた運命の一片だ。
金武宇と一緒に、この試練を潜り抜けたことの多い一人が状況を分析する。
「今回のケースは何かおかしい。いつもならひよりが中心に事件が起きているといっても、ひよりが試練を乗り越えるように工夫されている。なのに、今回は試練を受けなければならない当事者がいなくなった」
残されたのは二人と、拾われた一人。
「まあ、この件も俺が片付けるから斗貴はこの場に残っていろよ。たまに危ないこともあるからな」
「そうはいかないだろ! 外は吹雪にでもなれば死ぬ可能性だってある。一人より二人でやればそれだけ早く解決する! そうゆうもんだろ」
「少しずつ暖かくなってきたけど小屋から出るぞ。きっと犯人はひよりを外に連れ出しているはずだ。また無事に三人で帰ってこれるように、二人でな」
雪女を残して外へ出る。道を忘れないように、二人で左右を覚えながら進む。
どこへ向かっているのかといえば、試練なのだからヒント通りに進む。
「この場所は温暖化にかかわらず一面に雪が積もっている。その環境を使ったヒントを出してくると考えるのが妥当だ。なら、雪の上に残る足跡が一番考えられる」
空のいたとおり、雪の上に薄らと足跡が残っていた。
それを頼りに進んでいくが、「秘密兵器がある」といって空だけ小屋に戻っていった。仕方なく残された方はその場で寒さに耐えながら待つことになる。
「知っているか? パラドックスという言葉はもともと《期待と矛盾する》って意味で、ゼノンという人間が意地悪をしたときに使われたものなんだ」
戻ってきた空から見て“誰もいなくなった部屋”。
そこに話しかけるように空は最高の話の解決をしはじめる。
「アリストテレスっていうのは、その意地悪を正論で打ちのめした人の名前。このパラドックスがただの言葉足らずだってことを。そうだな、こうゆうのでどうだ?」
大前提:あらゆる哺乳類は温血動物である。
小前提:クジラは哺乳類である。
結論:したがって、クジラは温血動物である。
「これを三段論法というんだが、大事なのはこれからだ。正直お硬い話はどうでもいい。上の例を説明するなら、まず大きな前提を置いて、その次に知りたいことを置く。そうすることで知りたいことが前置きした前提に合致していれば答えがでるというところだ。しかし、半分進んで休んで半分進むを繰り返していく話は、それをやっていっても終わりを迎えない。すなわちこの謎かけに答えをだすなら、大前提が欠けていて、すこし違った思考をとればいい。大前提に上げるものがあるなら、目的地を指定したのだから、登場人物は目的地に到着しなければいけないとすればいい。そうすれば、大前提をふまえて小前提にも終わりが見えてくるということさ」
もう一つある部屋に足を踏み入れる。
そこにも見える限りで人はいない。
「犯人は最初からわかっていた。名前も知らないけど、そいつは割と賢い奴でちゃんとヒントを残してくれる奴。例えば、雪の上の足跡。あれは分かりやす過ぎたな。大前提で犯人が少し賢い奴だと知っていれば、これはフェイクだと気づける。逆に考えれば、俺たちは盲点をつかれたんだ。ひよりが連れ出されたんじゃなく、小屋の中にある秘密の空間に隠されているかもしれないことに。それにこれはひよりのためを思って課せられる試練だということ。最後に、ここが一面雪の山のなかで、ちかくに小屋など決してないことだ」
慎重に部屋の中を調べて、怪しい隙間を見つける。
何のためらいもなく隠し扉を開くと、そこには白い人影に抱かれるひよりがいた。
「極寒の外にひよりを連れ出すのは、体力の落ちているひよりのためにはならない。だから必ずひよりはこの部屋の中にいなければならない。それがルールだ」
「……大正解です。外はいろいろ考えましたが、激しく動かして、起きられても困りますので、手短な所という考えもありましたよ」
「それじゃあいただこうか。試練を達成した証として、《自給500円》の刺客が身につけているゼッケンをとれば俺たちの勝ちだ」
「“俺たち”っていうのは俺も入っているのかな。ならすこしだけいいか?」
息を切らし、肩で呼吸をする男が一人。
帰りの遅い空を心配して、斗貴が戻っていた。もしかしたら、唯一の部外者が一番危険なのかもしれないと思ったからだ。そこで斗貴も気付いた。これが金武宇という女の子を思いやるバカ父親のやっていることだということを。
「刺客と言う奴らは普段何をしているんだ? 俺はあまりそういう奴に会ったことないから、知らないけど。ちょうどあえて良かった」
「生きています。この世に生まれたからにはしょうがないことです」
「ならどこで生きてるんだ? お前はどこで幸せな毎日を送っているんだ?」
「さあ? 雨風を防げる所ならどこでも。試練を攻略された刺客の帰る所なんてありませんから」
「なら、俺たちと一緒にこないか? 変な組織名の所になんていないで、すこし個性の強い奴が多いけどいいところだと思うぜ。女装している男とか、現役の探偵、警視総監の娘、期待のサッカー部エースとかいろいろなっ。絶対に退屈しねえし、そこには積極的な人ならだれでも入ってこれる。むしろ年齢すら関係ない」
話の読めない空が訝しげ口をはさみ、ゼッケンだけ女からもらってその様子を窺う。
「どうだ!」
雪女でもあり、今回の刺客は、その提案に頷いて返事するだけだった。
斗貴はガッツポーズをして、白い少女はほうける。
「雪女は正体を知られたら消えちまうもんな。そんなの許さねえし、させねえ。だってさ、お前は最初に会ったときから、そういってたからな!」
「それに、さっきの謎かけには続きがあるよな。アリストテレスはパラドックスを完全に論破できていない。それはゼノンのパラドックスの方が正論より本質に近かったから。本当より偽物の方がよいこともある」
「それは、これまでを改め、これからを望めと言う遠回しないいいかたですか? 私の名前も知らないあなた方の言いたいことは」
「「そうだ!」」
その後目覚めたひよりとともに、四人は無事下山できた。
どうして三人がこんなところにいたのか分からないが、刺客をサポートする連中のせいだと割り切ることにした。誰も怪我や病気をしていないから、悪いことなんて一つもない。逆に新しい仲間が増えて、良いことがあったくらいだ。
***(以下本文と関係ありません。ちょっとしたお決まりです)
過去よりもまず先を見ていこう。
積極的で前向きな生徒のいる学校の生徒たちは今日も元気だ。
住む世界はみな同じ、生きる形は多種多様。
こうしていることはごくごく自然なこと。
仲間が増えればできることや、世界は無限大に広がっていくもの。
その身に秘める夢は計り知れないもの。
不幸な人間は減るべきなのだ。
できればこの番外編だけの感想ください。
少し変わった手法で書いてみました。