49 わたくしは眠る
「ひぎゃっ!?」
色気もくそもへったくれもない、情けないとしか言いようのない声に、ライアンはとても嬉しそうに笑って、それからわたくしの、ライアンと別れる以前よりはちょっとだけボン・キュッ・ボン度の増した身体をぎゅっと抱きしめた。
「かーわいー」
「!?」
「今日はお仕置きで、俺の抱き枕になってもらおうかな」
いつのまにか上半身裸になったライアンは、そう言うとぎゅっとわたくしのことを抱きしめた。ずびっと鼻を啜る音がして、わたくしは彼のことを『男なのに情けない子ね!!』と怒鳴りつけようとするが、その気力さえも、彼が次の瞬間に呟いた言葉で、全部全部吹き飛んでしまった。誰よりも辛い思いをしたであろう、経験したであろうライアンのせいで。
「………ずっと、………ずっと会いたかった。ディア。俺の愛しの婚約者ディア」
「………ふんっ、」
ぷいっとそっぽを向くと、そんなことは許さないと言わんばかりに、顎を掴まれて、真っ正面からライアンの美しすぎるお顔を拝むことになってしまった。瞳が涙に濡れてしまっているのがまた、お色気たっぷりで、姉であり、婚約者であることの贔屓目を抜きにしても、無駄に整いすぎたライアンの顔は、成人を控えているレディーであるわたくしの理性すらもぐずぐずにしてしまうほどに、とても美しかった。よって、わたくしは頭がパニックを起こして、顔を真っ赤に染め上げてしまう。
「………ばかライアン」
どうにか罵倒をした次の瞬間、彼が見つかったことによってここ数年ずっと張り続けていた緊張の糸がぷつんと切れたのか、はたまた優しくふわふわとライアンに頭を撫でられ続けたことで眠くなってしまったのか、わたくしは、この言葉を呟いたものの数秒後には、深い深い眠りの世界へと誘われていった。
「………おやすみ、愛しのディア。幸せな夢を」
わずかに耳に響いた優しい大好きな彼の声に、わたくしはふにゃっと情けなく笑ってしまった気がした。
▫︎◇▫︎
「んっ、」
寝返りが打てずに狭くて重い感覚に苛まれたわたくしは、不服ながらも眠たい身体を叱咤して、ゆっくりと寝台から起き上がった。
「………?」
目の前には上半身の男。
わたくしは一瞬だけぼーっとしながらも、目をぱちぱちとさせた瞬間にこの状況にあんぐりと口を開ける。
「~~~~~ーーーー………、はああああぁぁぁぁぁぁああああ!?」
「………ぅん、………うるさい………………」
「う、うるさいじゃなくってよ!?」
ーーーパチンっ!!
わたくしの平手打ちが見事なまでにクリティカルヒットしたライアンは、その後渋々寝台から起き上がって、6つに割れた腹筋と眠たそうな氷の瞳を晒し、少しだけ長くなった寝癖つきの夜空を溶かしたかのような藍色の髪を後ろにかきあげた。
「………もうちょっと寝かせろよ………………」
久方ぶりに聞いた粗雑な言い分にキュンとなりかけたわたくしは、慌てて首を横に振って彼を怒鳴りつける。
「ちゃんと、ーーーちゃんと服をきなさあああぁぁぁあああい!!」
「………うるさい………………」
文句を言いながらもシャツを羽織ったライアンは、わたくしのことをぎゅっと抱きしめた。
「………ディアの匂いだ………………」
「お前は犬なの?」
「う~ん、………ディアに甘えられるなら、犬でもいいかも?」
へにゃっと笑ったライアンの額にコツンとデコピンをしたわたくしは、ぷいっとそっぽを向いて、ぼそぼそと言葉を紡ぐ。
「………犬じゃなくても、少しだけ、少しだけなら甘えさせてあげるわ」
「?」
「あぁーもう!!聞こえなかったのならば、そのまま知らなくてもいいわ!!ほら、さっさと帰るわよ!!」
わたくしがぐいっと彼の腕を引っ張って笑いかけると、彼は少しだけ赤く染まった頬で穏やかに微笑んだ。初めて見たに近い、彼の花の綻ぶような微笑みにドギマギしながらも、わたくしは彼に満面の笑みを向ける。
「じゃあ、わたくしたちのお家に帰りましょう」
「あぁ、そうだな。
………お許しも出たことだし、帰ってから甘えるとしよう」
ライアンの言葉を聞く前に走り出したわたくしは、彼の言葉を聞き取ることができなかったけれど、なんだか嬉しそうな彼の雰囲気に、わたくしも嬉しくなってしまうのだった。
惚れた弱みというのは、とてつもなく厄介なようだ。




