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46 誰のために

 ーーーからんっ、


 わたくしのナイフは、次の瞬間には遠くに飛ばされていて、そのナイフに気を取られた次の瞬間には。わたくしの身体も遠くに飛ばされてしまった。ぎゅっとくちびるを噛み締めて、お義母さまの不意を突くために、全力で走るが、それすらも元々分かっていたかのように簡単にいなされてしまう。わたくしは泣きたいのを必死に我慢して、それでもどうしても我慢しきれなくて、ぽろぽろと涙を流しながら戦う羽目になってしまった。本当に、情けのないことだ。


 ーーーかんっ、

 ーーーシャンっ、

 ーーーキンっ、


 刃物がぶつかり合う音が遠くに聞こえるようになってきた頃、お義母さまがふっといきなり戦闘態勢を解いた。わたくしは驚愕に目を見開いて、それでも、お義母さまに一矢報いるために勢い任せに動かしていた身体を止めることができず、そのまま突進してしまう。

 ぎゅっと目を瞑ると、ふわっと優しい感触に抱きしめられた。それがお義母さまであることはすぐに分かったが、何がどうしてこうなったのかはよくわからなかった。


「………おかあさま?」

「よく頑張ったわね。でも、これ以上はだあめ」

「え………?」

「いい子にはご褒美をあげなくちゃいけないわね」


 ルンルンとしたお義母さまは、特にわたくしの疑問に答えることもなくわたくしを引きずってお屋敷に戻っていく。わたくしは首を傾げながらも、お義母さまについて歩き、あれよあれよという間に、メアリーにすっぽんぽんにされてお風呂でごしごし洗われていた。なんともまあすごい早業だ。

 わたくしはほうっとため息をつきながらお風呂にぶくぶくと浸かる。


「お行儀が悪いですよ、クラウディアお嬢さま」

「………しーらない」


 困ったものを見る目をしたメアリーは、次の瞬間には、わたくしの身体を浴槽から上げて綺麗に水滴を拭って、真っ白なワンピースというよりも、厚めの生地でできたネグリジェを着せていた。

 お風呂上がりが肌寒くなってきたこの時期にはぴったりの格好だと思うのだが、可愛らしいネグリジェを着ても、わたくしの心は全く踊らない。それどころか、なぜか虚しくなってくる。


 わたくしは誰のために着飾っているのかしら………。


 真っ白なネグリジェを拳で握りしめたわたくしは、今、誰に見てもらうために着飾っていたのかも分からない。わたくしは元々、ローズバード筆頭公爵家の1人娘として相応しい格好をするために着飾っていた。けれど、最近は違う理由で着飾っていた。

 だからこそ、わたくしは今、どんな可愛いお洋服を見ても心が躍らないし、どんなに美しい宝石を見ても、(むな)しくなる。そして、どんなに綺麗な靴や髪飾りをみても、悲しくなる。


「はあー、」


 気がつけばお夕食の席に座らされていて、わたくしは黙々と1人別メニューを食している。胃に優しい柔らかい食事、味気ない食事。繊細な味付けというものを忘れてきているわたくしは、ただただ無性に辛くて舌が痺れるようなものを食べたかった。


「メアリー、わたくしにデスソースを持ってきてくれるかしら?」


 辛いものが大好きなわたくしのために、お義母さまが開発した特製激辛ソース。お義母さま曰く、死亡するかの如く辛くて、人が食べられるようなものじゃないから、“死亡”という意味の異国後“デス”と、ソースを掛け合わせてネーミングしたらしい。

 デスソースはわたくしの相棒と言ってもいいくらいに、日々に欠かせなくなっていたソースで、今はお医者さまより使用を厳禁されてしまっているソースだ。禁止されている理由は簡単。胃にものすごく負担のかかる食べ物だからだ。

 けれど、味気なくて、温かい食べ物を食べているはずなのに氷を食べているようにしか感じられなくて、柔らかいものを食べているはずなのに、石を飲み込んでいるかのようにしか思えなくなっていたわたくしには、デスソースがどうしても必要だった。

 デスソースをかければ、デスソースさえかければ、わたくしはちゃんと食事を味わえるような気がした。


「ーーーダメです、クラウディアお嬢さま。デスソースなど正気ですか?あなたは馬鹿なのですか?」


 けれど、メアリーからかえってきた答えは当然NG。

 わたくしはほうっとため息をついて、味気ない食事を機械的に喉に通す。喉に引っかかるような不可思議な気持ちの悪い感覚を味わいながら食べる食事は、正直に言って苦痛でしかない。


 あぁ、本当に、美味しくない。


 わたくしは心の中で呟くと、早く元気になるために、どんどん胃の中に食事を詰め込んでいった。



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