44 わたくしの思い
わたくしの言葉を受けたお義母さまは、ふるふると神妙な顔で首を横に振る。
「だあめ。順調にコツコツやらないと、身体を壊してしまうわ。壊してしまっては元も子もないじゃない。だから、身体を鍛えるためには、自分を労わることも、とーっても大事なのよ?これはライアンにも口すっぱく言っていることよ。覚えておきなさい。ディア」
「………はあい」
いじけモードでワンピースの裾をひらひらと泳がせると、ライアンの瞳とお揃いの美しい水色の生地がふわふわと舞い上がる。真っ白な腰丈のダッフルコートのポケットに手を突っ込んだわたくしは、未だに先程弄んだ名残りで揺れているワンピースのそんな様子を眺めながら、ぽつぽつと思っていることを口にする。
「………ライアンがね、ライアンだけがね、わたくしの夢に出てきてくれなかったの。
何度も何度も、呼びかけてもね、全く出てきてくれなかったの。気配すら見せてくれなかった。恋しくて仕方なくて、それでね、わたくし、彼のことが好きなんだなって気がついたの。小説の中にもあるでしょう?なんかふとした瞬間に、恋心を自覚するっているやつ。
今まではライアンと婚約するというのは、義務感からくるものだったの。分家たちをまとめるために、わたくしとライアン、両方が当主になれるって言う状況を作り出すための。けれど、夢に出てきてくれなくて、寂しい状況に陥って、わたくし思ったの。『あぁ、わたくしはこんなにライアンに頼りっきりで、心の支えにしていたんだな』って。告白………、というよりプロポーズね。プロポーズしてくれた時、本当にわたくし、嬉しかったの。
『もう当主にはなれない。わたくしの存在価値は完璧に失われた』と、本気で思っていたから。これからは、ライアンを当主にするために、周りの人間からわたくしの存在を消して、わたくしがいたところに、ライアンを突っ込まないといけないと思っていたから………」
そう。
わたくしは本気で、彼を当主に推す気だった。わたくしの全てを費やしてでも、彼を当主にするつもりだった。無能で無知なわたくしよりも、圧倒的に彼の方が何十倍も優れているから。しかも、彼は分家筋の人間で我がローズバード筆頭公爵家の血筋を引いている。彼が当主 過去にも、ローズバード公爵家は分家筋に本家の人間が当主の座を譲ることが多々存在していた。実力主義の公爵家らしく、当主を譲った本家筋の人間はお家のために、当主となった人間を支え続けたらしい。そして、彼の子供と当主になった子供のうちで、1番優れていた子供、つまり当主の座を譲った男の子供が次の当主になったというのは、ローズバード公爵家の言い伝えだ。
優秀じゃない人間でも、子供は優秀に生まれるかもしれないから、虐待してはいけない。殺してはいけない。誰にでも使い道はあって、得意不得意は存在していると説いた教えだ。
実際の歴史は分からない。古い文献に載っていることだから、ただの言い伝えかも知れないし、子供を無闇矢鱈に苦しめないための、古きの知恵かも知れない。他家では、優秀じゃない子供を殺したり、虐待したり、監禁したりするということはよく聞くことだ。無能は我が家のものではない。そうするための行動なのかも知れない。本当に、胸くそ悪い話だ。
わたくしはふと、顔を上げてお義母さまに問いかけた。お義母さまにとってはなんの脈略もない話。けれど、どうしても問うてみたくなった。他のお家、魔法ではなく、身体技術を必要とする一族のことについて。
「ねえ、………お義母さまのご実家の暗殺伯爵家でも、無能な子供は処分されるの?」
「………処分はされないわ。けれど、いつのまにか淘汰されてしまっている。生き残れないのよ。どのみち」
「……強すぎる訓練についていけなくて、ぽっくり死んじゃうってこと?」
「そういうこと」
さすがは、建国以前から王家に裏から使える崇高な一族。
訓練のレベルすらも、根本からおかしいらしい。けれど、それは全くもって仕方のないこと。結果に犠牲はつきものだ。だからわたくしはそれを否定しないし、否定したくない。子供が死ぬことになったとしても、その子供が弱かっただけだと片付けなければならないと、わたくしは思う。だって、そうしなければ必死になって訓練を生き残った子供たちに不公平だ。
「ねえ、お義母さま。客観的に見て、わたくしは強くなれるかしら?これ以上、魔力なしで、強くなれるかしら?」
「………さあ?どうだろうね」
言外に無理だと言われたわたくしは、キュッとくちびるを結ぶ。




