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40 わたくしの侍女の疲弊

 ーーーコンコンコン、


 幼い頃から聴きなれている、彼女特有のちょっとだけずれているリズム感のノックに苦笑したわたくしは、心の中で入室許可を出す。


(どうぞ)

「失礼いたします」


 わたくしがいつもと同じタイミングで入室許可を出したからか、ちょうど良いタイミングで彼女からのお返事が返ってきた。誰もわたくしの言葉を聞いてくれない分、ちょっとリズムが合致しただけでも、正直に言ってとても嬉しい。わたくしは、もう人の温もりに飢えてきてしまっているのだろう。

 お父さまに無視されていて、虫ケラのごとく扱われていた頃のわたくしならば、こんなことでメソメソしたりはしなかっただろうに。本当に、わたくしはここ数年で、精神的にとっても弱くなってしまったようだ。本当に、鍛錬が足りていない。

 ライアンに訓練に行ってこいと言ったのはわたくしだが、実際に訓練が必要だったのは、わたくしの方ではないのだろうか。呆然とそんなことを考えていると、なんとなくメアリーの気配が隣にきた気がした。普段よりも生命力に溢れていない気配は、なんとなく新鮮で、視線が吸い寄せられる心地がする。

 けれど、実際には、自分の身体は全くいうことを聞いてくれなくて、結局わたくしは、メアリーの方を向くことが叶わない。そもそも、夢の中の会話に意味を見出してお返事をするという行為に、なんの意味があるのだろうか。わたくしは素朴に疑問に思いながらも、紡がれ始めたメアリーの言葉に耳を傾ける。

 澄んだ歌声のような声には疲れが滲んでいて、ちょっとだけというか、とても可哀想だ。

 彼女は1人でわたくしの夜会のパーティーの準備を朝から行なって、その上で戦闘侍女としての働きを行ったとしても、ここまで疲れ切っていたところを見たことがないくらいに頑丈なはずなのだ。

 よって、ここまで疲れ切っているという状況なのは、よっぽど疲弊する案件が積み重なったということなのだ。


『クラウディアお嬢さま、私、今日はお兄さまの元に行ってきました。今日も今日とて、私のお兄さまは心配性で、過保護で、私のことを溺愛してきました。いい年をしたむさ苦しい男がシスコンだなんて、少しだけ気持ちが悪いと思いませんか?でも、そんなお兄さまもとっても素敵で、怒ることができなかったのですよね………。要反省です』


 しょぼんとした彼女の顔が思い浮かぶが、わたくしが心の中で呟くのは、やっぱり辛辣な言葉だ。


(そうね。甘やかすという行為はあまりよろしくないわ。己と周囲を厳しく律し、そしてメリハリのある行動をとり続けることこそが、最も重要なことよ。覚えておきなさい、メアリー。わたくしのことを可愛いからって甘やかしてはいけないということを)


 夢の中ですら、わたくしは母親代わりとしてずっと面倒を見てくれているメアリーにも、ツンツンとしいてしまって可愛らしく、素直になってあげられない。

 優しくなってあげられない。

 気遣ってあげられない。

 触れてあげられない。

 お礼を言ってあげられない。

 助けてあげられない。あんなにも幼い頃からずっと助けられてきたのに。今のわたくしがあるのは、100%メアリーのおかげだと、断言できるのに。ずっとずっと()()()()()()()味方でいてくれたのに。お父さまにも屈せず、お義母さまから庇い、義弟(ライアン)への接し方を教えてくれた、否、アドバイスをくれたのに。

 ………わたくし、ちょっと拗ねてもいいかしら?

 だってこんなにもお礼を言って、甘えたい理由があるのにも関わらず、動くことさえ叶わないのよ?当然の反応じゃないかしら?

 なーんてしょうもないことを考えていると、わたくしの耳にまたメアリーの弱々しい言葉が聴こえてくる。今日のメアリーは長居したい気分らしい。仕事熱心で休暇を与えても、『いりません』の一言で、ずっと働き続けるメアリーには珍しい行動だ。普段からこんなふうに簡単に休んでくれたらいいのにと思うが、その言葉は口の中から出てこなかった。


『ふふふっ、………クラウディアお嬢さまならば、ここで「己と周囲を厳しく律し、そしてメリハリのある行動をとり続けることこそが、最も重要なことよ。覚えておきなさい、メアリー。わたくしのことを可愛いからって甘やかしてはいけないということを」なんて言いそうです』

(あら、よく分かっているじゃないの)


 夢の中のメアリーなのだから、全て一言一句完璧に分かっても当然のことなのだが、わたくしはそれでもメアリーがわたくしのことを真に理解してくれている気がしてとても嬉しかった。


▫︎◇▫︎

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― 新着の感想 ―
[一言] 人生をかけて抱え続けたストレスが爆発する瞬間は凄まじいものですね。
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