37 俺の娘はちゃんと努力している
「………お前は十分努力している。否、努力しすぎだ。もう少し肩の力を抜け。そうすれば、もう誰もお前に文句をつけはしない。それどころか、お前を慕い、皆がついてくるだろう。俺のように、恐怖で押さえつけてローズバード筆頭公爵家を支えるのではなく、皆の納得を得て支えられるはずだ。だから、今日はもう休め。これ以上休まないのであれば、領地に縛り付けるぞ」
クラウディアの部屋についた俺は、クラウディアの耳元で半ば脅しのように呟くと、彼女をベッドに下ろして額に優しく口付けた。
クロエが体調を崩した時によく紡いでいた言葉によく似ているなとふと思い出しながら、俺は情けなくなってしまう。
『………クロエ、君は十分努力している。否、努力しすぎだ。もう少し肩の力を抜け。そうすれば、もう誰も美しく聡明な君に文句をつけはしない。それどころか、愛らしい君のことを慕い、皆がついてきてくれるだろう。俺のように、恐怖で押さえつけてローズバード筆頭公爵家を支えるのではなく、皆の納得を得て支えられるはずだ。だから、今日はもう休め。これ以上休まないのであれば、領地に縛り付けるぞ。我が愛しの妻』
体の弱い妻には、いつも言い聞かせるようにこの言葉を紡いでいた。
途中で『もうその言葉は聞き飽きたわ。そうねー。もっと面白いことを言ってちょうだい、ディアン。わたくし、とーっても飽きてしまったの。あなたが面白いジョークを言ってくれるまで、わたくし絶対に寝ないし、休まないわ』と、冗談が苦手な俺に言ってきたくらいには、よく決まりきってしまったこの言葉を紡いでいた。
今考えると、クロエはクラウディアよりもずっと無茶をしていなかったのにも関わらず、よく体調を崩していた。身体がクロエに似て弱いと思っていたクラウディアだが、実質のところは無理のしすぎで体調を崩してしまっているだけなのではないだろうか。俺に比べれば圧倒的に身体が弱くとも、普通の子供並みの体の強さがあると思ってしまうのは、決して親の贔屓目ではないはずだ。
俺は今更そのことに思い至って、そんなことすら気が付けていなかった自分に自嘲する。
だが、俺には自嘲する資格すらないように思えて、すぐに笑いは引っ込んだ。
頭の中にふっとどうしてもクラウディアに伝えたい言葉が思い浮かんで、俺はくちびるを湿らせた。
「………我が愛し子クラウディア、クロエと俺の可愛い娘クラウディア、いい子だから、自分のことをもっと大事にしてくれ。それ以上、俺は何も望まない」
俺はクラウディアの痩せ細って骨張った手をとると、俺の手で祈るように組んで包み込み、俺の額に俺とクラウディアの手を当てた。
「………お願いだ、クラウディア。俺を、………置いて逝かないでくれ………………」
びっくりするぐらいに弱りきってしまっている俺の声は、掃除すら行き届かなくなってしまい荒れ果てた部屋に空虚に響く。クロエが満面の笑みを浮かべながら用意した愛らしい子供部屋。桜色に包まれた優しい印象だったはずの部屋が、俺にはグレーに染まって物悲しく写ってしまった。
「………クラウディア、………………ディア………………」
俺には縋る資格もないのにも関わらず、ただただ娘クラウディアの名前を呼び続けて、縋ることしかできない。
ーーーコンコンコン、
「………エミリアです」
「………入れ」
今にも泣きそうな声をした飾りの妻が、クラウディアの部屋の中に王女マーガレット、否、クラウディアの侍女メアリーを連れて入ってくる。フラフラとした足取りの彼女たちからは、クラウディアが倒れてしまったことへの深い恐怖が滲んでいる。
「………実の息子が不在なのにも関わらず、クラウディアが倒れたことの方が不安なんだな」
俺が意地悪く、場違いにもエミリアのことを揶揄うように空虚で感情のない声で、彼女のことを揶揄えば、彼女はぐしゃっと顔を歪めた。ポーカーフェイス並みの微笑みの仮面はどこに行ってしまったのやら、今日の彼女はとても感情豊かな気がする。否、ずっと苦しんでいると評する方が正しいかもしれない。
俺はもう周りに気をつかう余裕すらも、もうなくなってきていることを感じながらクラウディアの手を握り続ける。クラウディアよりもよっぽど顔色が悪くなりつつある俺を含めた大人3人は、痛みや苦しみ、辛さをいくら代わってやりたくとも、絶対に代わってやることができない。同じ苦しみを味わうことすら、許されないのだ。
だからこそ、必死に祈り続ける。
ーーー早く元気なクラウディアを返してくれ。
と。




