36 優秀すぎる俺の愛娘
お忘れかもなので補足です。
クラウディアのお父さまのお名前はディアンです。
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Side. ディアン
げっそりと痩せて軽くなってしまった娘を抱いて、俺はぎゅっとくちびるを噛み締めた。こうなるまで、何もしてやれなかったことが悔しくて、けれども『自分を責めるな』と、この家を根本から変えてくれた2人目の妻が嗜めてくるから、自分自身のことすらも責められない。確かに、この責任感の強い可愛らしくて仕方がない娘は、俺が苦しそうな顔をして自分を責めれば、それ以上に自分のことを責め立て、そして殻に閉じこもっていくだろう。
今回だってそうだ。
義息子兼娘の婚約者と、ちょっとした痴話喧嘩を起こして家から追い出してしまったからという理由で、塞ぎ込んで限界ぎりぎりまで自分を追い詰めた。そして、倒れた。
今も、今まではとても嫌っていたコルセットのドレスとピンヒールを身につけて、化粧ですら隠せない真っ青な顔を息苦しそうに歪めている。
「………ひゅー、ひゅー、………お、べん、ーーきょう………ひゅー、ひゅー、………しな、くちゃ………、ひゅー、ひゅー、」
呼吸音も少しというかだいぶおかしくなってしまっていて、限界を突破していて身体に尋常なレベルではない異常をきたしていることが簡単に分かる。常人よりも身体の強い魔法使いでなければ、裕に死んでしまっているレベルの異常具合だろう。呼吸をすることさえも、苦痛で仕方がない筈だ。
けれど、クラウディアは必死になっていまだに俺の腕の中でもがいていて、うわ言のように『お勉強』と呟き続けている。こうなってなお、休む気はさらさら存在していないらしい。
俺はため息をついて腕の中の心もとない温もりに命じる。
「………休め。これは当主命令だ、クラウディア」
「っ、」
意識を失ってなお外界との意識を保っているクラウディアは、もう外界との意識を自力で切り離すことのできないレベルに、相当に疲れ切って疲弊してしまっているのだろう。俺はクラウディアの目元を手で覆って眠りの魔法を紡ぐ。
おまじない程度の魔法でも、俺が膨大な魔力を消費して魔法を掛ければ、クラウディアにはよく効いたようだ。
ふわっと娘の身体が重たくなって、意識を完璧に失ったのを目視だけで確認した俺は、ずっと不安そうな表情をしている普段は頼りになる2人目の妻エミリアに向けて、これでもかと言うくらいに苦々しい言葉を紡ぐ。
「コレが好みそうな花を、花瓶に飾れるぎりぎりぐらい摘んでコレの部屋に持ってきてくれ。できればコレが安心できるものか、安眠効果のあるものがいい」
「………コレ、ですか………………。いい加減になさってください、愚かな旦那さま」
「………俺の言葉の揚げ足を取るな。それに、俺の言葉使いはいつもとなんら変わらない。それどころか、丁寧にしているくらいだ」
「ぅあ………、」
俺が不服そうに声を紡いでいると、腕の中でクラウディアが自分の喉を掻きむしるようにして触りながら苦鳴を上げた。愛娘を抱き直しながら、俺はエミリアに視線を向ける。
「………クラウディアを運びたいから、残りの言い合いは後にしてくれ」
俺がすたすたとクラウディアを抱き上げたまま歩き始めると、彼女は困ったようでいて、そして疲れ切ったように肩をすくめてつぶやいた。
「………馬鹿な人」
と。
本当に、失礼極まりない奴だ。けれど、こんな彼女だからこそ、心を閉ざして扉に頑丈な鍵をいくつも取り付け、その上鍵を氷漬けにしていた俺たちの心のドアを最も簡単にこじ開けられたのだろう。
まあ、やり方は怪力で叩き壊したかのようにガサツだった上に、心のうちに泥だらけの靴で土足で踏み込まれたわけだが。………正直に言うと、今回も彼女にはクラウディアの対応に期待をしていた。けれど、クラウディアはあれだけ心の内を見せていたエミリアにすらも、完璧に心を閉ざしてしまっていた。それどころか、腹心のマーガレット王女殿下、否、メアリーと呼ぶ方が正しいだろうか。彼女のことさえも自らから遠ざけた。彼女曰く、『うるさいから1週間暇を出す。ここで言うことを聞かないのであれば、もうお前のことはクビだ』とまで言われて脅された挙句の果てに、クラウディアの部屋から見事に追い出されてしまったらしい。
もう乾いた笑いしか出すことができない。
クラウディアが優秀なのは知っていた。だが、彼女が本気を出せば周囲の人間全てが彼女に近づけなくなってしまうとは思いもしていなかった。なんともまあすごいことだ。




