34 わたくしは言うことが聞けない
わたくしがもっとちゃんとしなくては。常識外れな義弟を支えて、そして誉れ高きローズバード公爵家をもっと優れた家紋であると認めさせなくては。わたくしはローズバード公爵家本家の一人娘にして、後継娘なのだから。全てを守り、支え、そして発展させるためにも、もっともっと学ばなければ。今のわたくしでは、到底何もかもが到底足りない。わたくしは無能なのだから。せめて出来得る限り学び続け、そして応用し続けなければ。
そうでなければ、そうでなければわたくしに利用価値なんてない。お父さまに認められるためなんかじゃない。これは全てわたくしのため。わたくしに、必要なこと。絶対に手を抜くことなんて許されないわ。
わたくしはそう思った瞬間に訪れてきた激しい頭痛を無視して、わたくしを起こすためにやってきたメアリーにわたくしのこれからのスケジュールを渡すのだった。
「お嬢さま、お顔の色が大変優れません。どうかお休みください。そのままでは確実に倒れてしまいます」
「………あなたには関係ないわ。さっさと下がりなさい」
久方ぶりに侍女としてまともなことを言い始めたメアリーが、何故かとっても鬱陶しく思えて、わたくしはすっと1言だけ発すると彼女のことを無視する。秒単位で刻まれているわたくしのスケジュールは、筆舌し難いくらいにはとても忙しい。だから、メアリーと戯れあっている暇なんて、当然ながら1秒たりとも存在していない。そんなメアリーと戯れ合うなどを筆頭とした無駄なことは、真っ先に全て綺麗さっぱり切り捨てるに限るのだ。わたくしはメアリーにスケジュールを渡すと、急いでお昼にいつもきているようなコルセットデザインの引き締まったドレスを身につけると、颯爽と朝のお散歩に向かう。
コルセットは息苦しくて、身体中のありとあらゆる内臓が痛くなってしまうからあまり好きではないが、貴婦人として身につけるのは当然の嗜みだ。わたくしは筆頭公爵家の娘。耐えられないからと言って身につけなくてもいいとは決してならないのだ。
ならば、普段からきつく縛りあげて身体に慣らすしかない。わたくしは心配そうに嫌がるメアリーに絶対服従の命令をして、今日は夜会の時並みにぎゅうぎゅうに締め上げた。腰のラインが一気に美しく見えるのだから、コルセット様々だ。
わたくしは靴擦れがひどくなるからという理由で出来るだけ身につけないようにしていた高いピンヒールでいつものお散歩の道をカツカツと歩く。足の小指と踵に激痛が走るが、それもお散歩を終える頃には気にならなく、否、痛みがわからなくなっていた。
「ははっ、………存外、頑張れば人間って、無茶でも、無謀でも、なんでも出来るものね。馬鹿らしい」
虚しく呟くと、次は朝食の時間だ。ライアンのお部屋で食べない朝食はなんだか虚しくて味がしなかったが、それでも綺麗さを意識して黙々と食べると、わたくしの天敵クロワッサンのパンクズを落とさずに、綺麗にクロワッサンを平らげることができた。嫌がらせの一環だとは言え、わたくしはとても情けないことをしていたのではないかと、なんだか自嘲してしまう。
わたくしはここ数年、おかしくなっていたのではないだろうか。
変なことが思考に蔓延り始めて、それでも何も止めることも止めることも出来なくて、わたくしは必死になってがむしゃらにお勉強に励む。そうすれば、要らないと感じられ、そしてごちゃごちゃと頭の中に蔓延る全ての邪魔で仕方がない思考を、楽にでいて端的に排除できるから。
わたくしがこうしなければならなくなった理由は、幾つも心にあたることがある。亡くなったお母さまの使っていた謎の言語に、ライアンを追い出してしまった事件、そして最近増えた次期当主たるわたくしが気に入らない人間からの、わたくしへの心無い誹謗中傷だ。どれもわたくしの心をぐさぐさと鋭い刃物で刺し、そしてぐちゃぐちゃにかき混ぜる。感情さえもよく分からなくなって、そしてわたくしは何をやっているのか分からないまま、どんどん白黒に染まった日常を過ごしていく。
1日、また1日と虚しくて悲しい、色を失った日々が過ぎていく。
ライアンがいない日々は味気なくて、苦しくて、生きた心地がしない。こんな空虚な感情に振り回されるのは、お義母さまとライアンがくる以前以来のことだろう。わたくしは方っとため息をついて、秒単位でぎりぎりに詰め込んだはずなのに、どんどん先をいくお勉強内容を教本にメモしながら、学習を進めていく。パーティーや夜会にも積極的に参加して、わたくしという人間を認めてもらおうと努力する。
けれど、努力を重ねれば重ねるほど、わたくしはどんどん虚しくなってしまった。




