33 我が家の使用人は恵まれている
「はあー、お嬢さまって抜けているところでは驚くくらい徹底的に、とことん抜けていますよね。本当に、支える私の身にもなってみてください」
「そんなもの知ったことではないわ」
わたくしがニコッと笑うと、メアリーからは引き攣った笑みを浮かべるような気配がした。わたくしの気配察知も、メアリーの鬼のような修行のお陰でだいぶ様になってきたものだ。思い出したくもない修行の日々が少しでも報われたと思うと、わたくしはちょっと感慨深くなった。だが、次の瞬間に意を決したかのように紡がれたメアリーの言葉で、わたくしの感動はどこか遠くに行ってしまった。
「ローズバード公爵家の使用人は無料でお家とご飯、お仕着せに、お風呂を提供してもらっています。ここを追い出されない限り、無一文でも生活に困ることもありませんよ」
「うぐっー、」
「ほんっとうに、意地悪の才能がございませんね。お嬢さまは」
言われなくとも分かっていることをわざわざずけずけと言ってくるメアリーは、わたくしにとっては悪い顔をしてにっししー!!と笑う、意地悪で邪悪な悪魔にしか思えなくて、わたくしはむぐっとなおのこと表情を歪めた。
「………メアリーの意地悪。わたくし、今日はやっぱりこのお部屋から1歩も出ないことにするわ」
ふんっと拗ねたように言うと、部屋の外から静かな殺気を感じる。大人気ないメアリーは、どうやら扉を破壊する気満々らしい。わたくしは扉にわたくしの使える中で最も強い結界魔法を使って、そしてベッドにダイブした。
「………わたくしも、やる時にはできる子だもの。最近は調子が良くないだけ。昨日ライアンにあたってしまったのも、彼の悪戯の度がが過ぎるせいだもの。婚約期間中なのに、あんなに破廉恥なことをするだなんて、考えられないわ。だからわたくし、ちっとも悪くないわ」
わたくしはそう呟くと、また眠りの中に落ちていった。眠ってしまっても尚ライアンの顔が頭から出ていかないのはなぜなのか、わたくしにはさっぱり分からない。けれど、その答えを、なぜかわたくしよりも淑女として劣っているであろう、ティアラローズさまが持っていると感じてしまった。わたくしは、この持て余す不可思議な感情の意味を、知りたくて仕方がないのに、知ってしまっては戻れないと恐怖するのだった。
▫︎◇▫︎
わたくしが目覚めたのはきっかり次の日の朝で、1日中寝て過ごしてしまっていた時がついた時には、頭から血の気が引いてしまった。
昨日はお勉強が忙しい日で、秒刻みのスケジュールだったのに、なんてことをしてしまったのだろうか。わたくしは後悔するが、それも今はどうにもできない。わたくしは今日のスケジュールをいつもよりもちょっとだけ早く目覚めたと言うのをいいことに、ギリギリまで刻んで押し込んでぎゅうぎゅう詰めに詰め込んだ。それだけ睡眠時間を削ってお勉強を詰め込んでも、昨日の分を取り戻すには値しない。
わたくしは頭を抱えて床を転がり回りたいのを我慢して、必死になって明日のスケジュールもいじりまくる。だが、明日はティーパーティーが3つも入っていて、そのせいでなかなか睡眠時間を削る以外のスケジュール調整ができない。
ーーーがんっ!!
忙しすぎる日程に、何をトチ狂ったのかわたくしは思いっきり机を殴って、そして痛む右手の拳をぎゅっと抱いて涙目で机に突っ伏した。控えめに言って、激痛がわたくしの拳に走った。綺麗に殴りすぎて、手にダメージがフルで入ってきたのだ。
わたくしははあっとため息をついて、そしてそのあとに首をブンブン横に振って自分の頬を張る。ちょっと痛いが、その分頭もクリアになる。わたくしはクリアになった頭で、明後日の分のスケジュールにも手を出した。もう数日間、スケジュールの空きをカツカツ以上に詰め込んでいくしか、どれだけ探してもお勉強を巻き戻す方法は残っていない。
わたくしはささっと夏休み中全ての日程を書き換えて、宿題の終了日や社交界への出席回数をそのままに、お勉強の量を2倍にすることに成功した。夏休みはお勉強をする時間なのだから、このくらいならば問題ないだろう。それどころか、わたくしはまだこれでも量が圧倒的に足りないと思っている。睡眠時間を削っての勉強はかえって良くないが、それでもそうするしかわたくしに道は残されていない。学べと言って馬車から投げ出した義弟だけにお勉強させるわけには絶対に行かないのだ。わたくしは、手に握っている紙がぐしゃっとなってしまうのも気にせずに、ぎゅっと拳を握りしめた。
手の中にはへにゃへにゃに疲れ切った紙が出来上がっていた。




