29 沸点を超える怒り
休憩室でライアンとソファーにもたれかかって微睡んでいると、人が近づいてくる気配と、ものすごくヤンチャな女の子の声が聞こえてきた。わたくしは額に青筋が浮かび上がって、眉間の皺がピクピクと動いているのを感じながら優雅に預けていた頭を、ライアンの肩から持ち上げた。
「あらあらまあまあ!!ご機嫌よう。ティアラローズさま。わたくし、今とっても不機嫌でしてよ!!」
「!! く、クラウディアさま!!」
隠すようで隠せていない怒りを読み取った王女ティアラローズさまは、『ひいっ!!』と悲鳴を上げながら後退った。なんともまあ酷いことだ。
「い、怒りの表情までもお美しい!!クラウディアさまはやっぱり最高だわ!!」
褒めても何も出ないと叱り飛ばしたい衝動を必死に抑えて、わたくしは額に手を当てて王太子殿下を睨みつけた。
「王太子殿下、ティアラローズさまを連れ回す際は、必要最低限のマナーを言い聞かせ、そして伝統や格式のある大きな会には、絶対に、そう、絶対に連れ出さないようにと言っておいたはずですが?」
「す、すまない………」
「………謝るだけでは解決になりませんわ、王太子殿下。最高の教師をこれでもかというほど、みっちりつけても一向に改善されない、ティアラローズさまのマナーを更生させるのは、至難の業なのですわよ?そこのところ、ちゃんと分かっていまして?」
わたくしはついついきつい口調になって、とばっちりを食らっているであろう王太子殿下のことを厳しく叱りつける。本当はティアラローズさまを叱らないといけないのだろうが、彼女を叱り飛ばしても、マナー関連はどこか吹く風だから、どうしようもない。わたくしはその鬱憤を晴らすために、どうしても王太子殿下にご協力願うしかないのだ。そうしなければ、わたくしは頭に血が上りすぎてショック死してしまう。そのくらいに、ティアラローズさまのマナーは、なんともまあ貴族令嬢、ましてや王女には考えられないレベルなのだ。
「………すまない、クラウディア嬢。ティアラローズは厳しく叱っておくから、ひとまずはその剣呑な魔力をしまってくれ。流石に辛い」
わたくしはいつの間にか漏れ出て、周囲を屈せさせる威圧に使ってしまっていた魔力を丁寧に残さないように全てしまって、王太子殿下に優雅にカーテシーを行う。
「申し訳ございません、王太子殿下。少し頭に血が上りすぎたようですわ。ということでわたくし、気分がすぐれないのでお暇させていただきますわ。ご機嫌よう」
「失礼いたします」
わたくしはライアンにエスコートされて、ローズバード公爵家の馬車があるところまで優雅な足取りで向かった。頭の片隅で怒り満タンな幼いわたくしが、ぴょんぴょんと飛んでいるのが気になるが、わたくしはどさっと馬車の座席に座り込む。ライアンは正面に座ると思っていたのに、なぜかわたくしの隣に座った。
「………ディア、ちょっとは俺に構え」
そう言ってわたくしの肩にぐりぐりと額を押し付けてきた彼は髪を崩していて、わたくしに妖艶な表情を向けてくる。本当に、女泣かせに成長してしまいそうな義弟だ。首元もアスコットタイを緩めてガバッと開いていて、目のやり場に困ってしまう。わたくしは顔が赤くなってしまうのを必死に我慢しながら、モジモジと座り込んだまま足を動かす。正直に言って恥ずかしすぎる。
「………なんのつもり?ライアン。距離が過ぎるわ」
苦言にも聞く耳を持たない義弟を睨みつけると、彼から蜂蜜のようにとろっと甘い視線が帰ってきた。なんともまあ『冷徹貴公子』のあだ名に似合わない表情だ。わたくしはわたくしにだけ見せる彼の表情に、ちょっとした優越感を抱きながらも、不服そうな表情を作る。
「わたくしの肩に頭を乗せるだなんて100年早いわ。もっと立派な貴公子になるまで取っておきなさい」
「………さっきは俺の肩に頭を乗せていたじゃないか」
「それはそれ、これはこれよ。ギャンギャン言わずに、さっさと頭を退けなさい。お馬鹿な義弟」
ライアンはわたくしに鋭い視線を向けてきて、そして肩から頭を滑らせてわたくしのお膝に頭を預けてきた。なんともまあこんな姿勢でさえも絵になるのだから、羨ましいことこの上ない。わたくしは日々、猫のように鋭い目つきを気にして、血のように真っ赤な髪と瞳に悩まされているというのに。世の中不条理すぎる。男にこんなにも考えられないほどの美貌を与えるだなんて。しかも、本人に全く興味がないというのもムカつく。
本当に、我が義弟は女の敵だ。可愛い仮面をかぶっているのが本当にムカついて仕方がないが、それでも可愛くて仕方がないいじめたくなってしまう義弟のことが、わたくしは本当にムカつく。




