27 わたくしの知らない言葉
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それから一睡もできずに次の日になってしまい、わたくしはあくびを噛み殺して朝のお散歩に出発する。ティアラローズさまは未だにわたくしのお布団で眠っている。
『~~~~♪ーーー………………♪』
お母さまの歌を鼻歌で歌いながら、わたくしは薔薇園の中を歩き続ける。お義母さまが何かを聞きたそうにチラチラとこちらを伺っているが、そんなものは知ったことではない。わたくしはぎゅっと背伸びをしてくるんとターンする。
『ありがとう、我が子よ。生まれてくれて、ありがとう。そして、一緒にいられなくて、ごめんなさい』
………この言葉だけは、暖かいのに寂しさがあって、わたくしはいつも少しだけ苦しくなってしまう。わたくしはぎゅっと胸元を押さえてふわふわとスカートの裾を弄ぶ。
「………ありがとう、我が子よ。生まれてくれて、ありがとう。そして、一緒にいられなくて、ごめんなさい」
「え?」
「さっきの言葉の翻訳版。これは先妻のクロエさまのお言葉かしら?」
「………えぇ、そうよ。というか、お義母さまはこの不思議な言語がわかるの?どこの国の言葉にも当てはまらないはずだけれど………?」
わたくしは必死になって外国語全てを会得し、そしてお母さまの残してくださった言葉や歌の意味がそのどれとも決して当てはまることがなくて、どの言葉もさっぱり分からないことに絶望したことを思い出して、思わず苦々しい表情をしてしまう。何ともまあ、報われなかった話だ。
けれど、ローズバード公爵家の人間としてはどのみち必要なことなのだから、目標を持って高いポテンシャルで学べたことはいいことだったのではないと、わたくしは思ってみたりもしている。
「………さあ?何で分かるのでしょうね?私には興味のないことかしら?」
「そう、………ティアラローズさまも分かっているっぽいのだけれど、彼女は何で分かるのかしら?」
「そうね………、それは、ーーーだからよ」
お義母さまの話した言葉は、欲しい場面だけ綺麗さっぱりと抜けてしまっていて、わたくしはこてんと首を傾げた。
「お義母さま?」
「………いいえ、なんでもないわ。これはあなたの知らなくてもいいこと。世界の真理なんて知っても、面白くもなんともないわ」
お義母さまの拠り所のないような言葉に首を傾げ、そしてわたくしはずっとその言葉が気になって気になって仕方なくなってしまった。『世界の真理』不思議な響きで、人間には決して知る余地のないことを、お義母さまはよく分かっているかのように話していた。なんだか不思議で、そしてお義母さまが遠い存在に感じられた。けれど、わたくしには我が儘が言えなかった。いつも意地悪をしておいてなんだが、何故か、そこには決して踏み込んではならないと、本能が警鐘を鳴らしてしまったのだ。
わたくしは無性に寂しかった。けれど、聞けなかった。なんとなくの思いで、さりげなくライアンにも聞いてみたが、彼も首を傾げていた。わたくしはそれからずっとずっと上の空で、気がつけば、学園での日々が惰性的に過ぎ去って、期末テストがやってきていた。
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「………ーーーーーま!、………ーーーさま!!、聞いていますか!クラウディアさま!!」
唐突に身体をゆさゆさと揺らされて現実世界に引き戻されたわたくしは、ぼーっと目の前の存在に視線を向ける。可愛らしい容姿の少女ティアラローズさまは、王女にあるまじき感情いっぱいの表情で、頬をふぐのようにぷくーっと膨らませている。愛らしいが、本当に王女失格だ。我が家で行われた地獄のマナーレッスンの効果は皆無であったのかもしれない。
わたくしは、はあーっとため息をつきたいのを我慢してティアラローズさまに穏やかに見えるような計算し尽くされた微笑みを向ける。それだけで彼女は花が綻ぶような嬉しそうな笑みを浮かべて、ぴょんぴょんと飛び跳ねた。本当に、愛玩系の小動物のように愛らしいお方だ。
「なあに?ティアラローズさま」
「テストですよ!!テスト!!期末テスト!!私、普通のお勉強は得意だけど、マナーのお勉強がヤバイんです!!教えてください!!というか、テストの山を張ってください!!」
堂々と『ズルがしたい!!』と教室内で叫んだティアラローズさまに、わたくしは頭を抱えてしまう。なんというお馬鹿さんなのだろうかと不敬にも思ってしまうが、それも致し方ない。何と言っても、淑女にもっとも求められる教科はマナーだ。マナーは貴族令嬢の必須科目で、100点が当たり前の世界だ。




