34 お母さまとの邂逅
「こ、これでどうだ?」
唐突に美しき氷の世界が消え、ライアンが激しく息を切らした。そういえば、この魔法はとてつもなく魔力を消費する。わたくしの魔力量ならばなんら問題ないが、彼の魔力量では少々厳しいかもしれなかった。今頃そんなことを思い出し、慌てて彼の背中に手を回して背中をさすった。
「いいと思うわ。だけど、今は休むべきね。さっきの魔法は完璧だったし、………わたくしのものよりもずっと、ずーっと美しかった。いいものを見せてもらったわ」
「よかっ、た………………」
ライアンの身体がぐらりと傾いた。慌てて支えたが、彼の身体に押し倒されて地面に倒れ込んでしまう。僅かな体格差のはずだが、筋肉の方が多いライアンの身体は、少しだけ重たい。
「だ、誰か」
りん、
鈴の音が聞こえた気がした。お母さまのお部屋にあった古い髪飾りについてた鈴の澄んだ音だ。
『ディア、こういう時は魔法でしょう?』
「!!」
わたくしが鈴の音のした方に視線を向けると、真っ直ぐな漆黒の髪に、すみれ色の澄んだ水晶のような瞳、そしてわたくしと瓜二つの顔をした女性が立っていた。声が詰まってしまう。
『わたくしの可愛いディア、遅くなってごめんね。ディアンはわたくしがちゃんと叱っておくわ。幸せになりなさい、ディア。霊力なんて捨てて、幸せになりなさい』
“霊力”という言葉に、わたくしはピクリと反応した。わたくしには昔から“ヒトナラザルモノ”が見えることが多々あった。例を挙げるのなら、精霊や幽霊、お化けやモノノケだ。そして、そんなヒトナラザルモノが見える力はわたくしだけの力だったはずだった。けれど、これは多分元々はお母さまのものだったのだ。お母さまはわたくしが霊力を奪ったから、幽霊となって出てこられなかった。………いいことな気がするのだけれど、なんでだろう。幽霊なんかにならずに、天国に行ってくれた方が嬉しいからかしら?
「お母さま、わたくしは嫌よ。この力を失いたくない。わたくしから精霊を取らないで」
『だーめ。本当はわたくしとお話がしたいがために持っていたのでしょう?だから、お願いは叶った。さっさと捨てなさい』
「いやよ!!」
『ふふふ、そんなことしたら、無理矢理にでも奪うわよ?そのネックレス』
「!!」
お母さまはおそらく、わたくしのことをずっとずっと見ていた。だから、このネックレスが大切なものだと見抜いてきた。譲れない。どっちも譲りたくない。
『う~ん、そうね~。ちょっとだけお話ししましょう。ライアンはベッドに』
お母さまの言葉に合わせて、世界がぐにゃりと歪んだ。そしてベッドが現れてライアンがわたくしの上から消えた。
「ら、ライアン!?」
『大丈夫。精霊さんに頼んでベッドに寝かせてもらっただけだから』
「そ、そっか」
『じゃあお話ししましょう、ディア。ねぇ、あなたは精霊さんが好き?』
「うん、でもみんなには見えない」
『そうね、だから、浮世離れする前にその力は捨てましょう』
犬の容姿をした精霊がこっちに全力疾走でかけて来た。
あ、やばい。
「くしゅんっ!!」
『あら、あなたはわんちゃんダメだったわね』
そう、わたくしは犬アレルギーだ。見るだけでも、それがたとえ精霊であってもくしゃみが出てしまう。えぇ、そう。わたくしは犬が嫌い。というか苦手。小さい頃にティアラに見せてもらって、その時にガブリとされてしまってから怖くて仕方がないのだ。
『わんちゃんは可愛くて穏やかなのに、何がそんなに怖いの?』
「そのお話は結構よ。それで?お母さまはわたくしに何を言いたくて出て来たの?」
『可愛い娘に会いにきちゃダメ?』
「ダメよ。というか、現世にとどまるべきではないでしょう?」
お母さまはう~んと悩むような仕草を見せた。
『あんまり義弟と継母をいじめちゃダメよって言いにきたの。でも、あんまり必要なさそうね。お節介だったわ。じゃあこのお話はお終い!!ティータイムにしましょう!!』
お母さまは自由気ままだと聞いたことがあったが、これはそんなレベルじゃない。そもそも話が通じない。仕方がなく、わたくしはお母さまの用意したティーセットを口にした。
「!!」
お義母さまの出すお茶の味と不思議なお菓子の味がした。
『ねぇディア、あなたは前世を信じる?』
「………分からないわ」
『わたくしにはあるわ。そして、多分エミリアさま?にもあるわ。あの子はわたくしの前世の妹。だから、あんまりいじめないで………あげてほしいけれど、あの子はあなたにいじめられるのが至高の喜びみたいだから、じゃんじゃんいじめてあげて』
「!?!?」
えっと、お母さまは何を言っているのだろうか。え?本当になに?聞き間違い?
『うん、命に関わることじゃなかったら、いじめていじめて!!』
………わたくしはどこかで選択を誤っていたようだ。そうでなくては、わたくしのお母さまがこんなに狂った人なはずない。ない、はず………。




