オトコハ②
男は違和感を感じていた。
「そ〜う♡はいあ〜ん♡」
「あ〜ん。」
おかしい。絶対におかしい。なぜこんなにいつも通りなんだ?
「なぁ、今日なんの日だ?」
「ん?ホワイトデーでしょ?」
「なら、なんでそんなにいつも通りなんだ?」
「だって、どうせくれるし。でしょ?」
「やけど…」
1度でいいからこいつみたいな精神を持ってみたいものだ。こんな日もいつも通りとか…あっ、俺もか。
何だかんだ言って、俺もいつも通り過ごしていたんだな。だからこいつもいつも通りで、あぁついにイベント感もなくなってきたな。ソワソワしていた頃がはるか昔に感じる。
「で!ちょうだい!」
「そう言われると渡す気失せてきた。」
「む〜。ちょうだい!」
「エサ待ちの動物かよ。はぁ、はいこれ!」
「やった〜!」
俺は袋を渡す。楓は両手を上げて喜んで、ついには叫びそうだったので、それは防いだ。
「で!何?何?」
しっぽが見えそうなほど興奮している楓の頭を撫でる。少し落ちついてから手を離すと、俺の脇腹に頭を擦り付けてくる。本当に動物だな。
「自分で開けて確認しろ。」
楓は包装を丁寧に剥がして、中身を取り出した。
「これって…」
「マロングラッセ。お前がそう来たから、俺も俺でちゃんと返さないとな。」
「お高かったんでしょ。」
「それくらいは貯めてるから安心しな。」
「………………」
楓は無言で俺を見つめる。俺は何となくしたいことが分かって、両手を広げる。楓は少し顔を赤らめて
「ありがど〜!」
と俺に抱きついてきた。その力はいつもの何倍も強くて、まぁ痛くはなかったけど、押し倒される形になった。まぁ、痛くはなかったけど!
「あの〜、もうちょっと起こさせて貰えますか?」
「やだ!もうちょっとこうさせて!」
「姫様、そろそろ俺の腹筋も死にそうなんだが。」
「1500泳いでるときの方が長いのに?」
「うっ。」
そうだ。俺が筋肉がない言い訳はこいつには通じないんだった。それでも、ソファから上半身だけ投げ出されてる感じはしんどいわけで…
「やばい、もう死にそう…」
「弱っちいヤツめ。今日はこれくらいで勘弁してやろう。」
「ありがとうござんす。」
起き上がった楓は誇らしげな顔をしている。
「じゃあ、勝負に勝ったんだから、何かご褒美が欲しいなぁ〜。」
「今のはご褒美ちゃうんか?」
「ノンノンノン。今のはイーブンだったもん。」
たしかにいい匂いはしたが。
「だから、私だけに得があるキスというものを所望します!」
それもイーブンじゃねぇか?まぁいいか。
―ちゅっ
その日のキスは栗の味がした。




