公開処刑2
「君は何故、僕を好きなのか?」
ホームルームが終了して間もない教室。
解散の合図と同時のスタートダッシュで教室から走り出た野球部員が若干名。
まだ多くの生徒が残っている状況の中、最前列の席から彼氏がてくてくと彼女の席までやって来た。
「君は何故、僕のことを好きなのか?」
「2度も言わないで」
「何度でも言うさ。何故き」
「もういい。もうやめて?」
埒が明かないと思い、彼女は彼氏の言葉をぶったぎる。
「で、何でまた公開処刑? 今聞く必要がどこにある?」
「今日は声量に配慮している。安心するといい、隣のクラスまでは聞こえない」
違う。そういう問題ではない。
「このクラス全員には丸聞こえだよね」
「そう、クラスの皆が聞いている。さあ、生徒諸君に問おうじゃないか。彼女は僕のどこに惚れたのか」
彼氏は演劇でも始めたかのように、両腕を開き、クラスの皆に向かって喋りだした。
「私に問おう? 目の前にいるよ? クラスメイトを巻き込まないで」
「そこまで言うなら君に問おう。恥ずかしがらずに言ってごらん。君の心の扉を僕に開いて」
「キモい」
「他には?」
「キモい」
「他には?」
「キモい」
「癖になるなぁ。もう一回」
「……怖い」
「君は恥ずかしがり屋さんだ」
「キモい。怖い」
「照れてる、照れてる、てるてる坊主」
「照れてない。ただキモくて怖くてウザイだけ。てるてる坊主に謝罪して」
「明日、晴れるといいな」
「謝罪は?」
「てるてる坊主さんゴメンナサイ。でも明日、部が終わったらデートしようって言ってたじゃん」
「……ずるい」
「何が?」
「そういうところがずるいって言ってるの」
「ずるい男に惚れたかな? 悪い男に引っ掛かったものだ」
「性悪男。もう嫌。彼氏はリコール、デートはキャンセルで、デザートは追加で」
「キミ、恥ずかしがらずに君の本心を言って味噌?」
「キモい。怖い。ウザイ」
「んー。そろそろ僕も傷付くかな?」
「……ごめん」
「皆さーーーーーーーーん! 聞きました? 今、うちの嫁がごめんって」
「やーーーーめーーーーてーーーー!」
「デザート、ファミマとセブンとローソンのどこがいい?」
「日本海に沈む夕陽が見えるお洒落なカフェは? 」
「コンビニ巡って、湖畔でサンセットを眺めながらファミマのプリンとセブンのシュークリームとローソンのホボクリムを3つセットで食べるとしよう」
「……湖畔はただの農業用の溜池だし、巡れるほどコンビニは無いしローソン1択だし、ホボクリムはもう売っていないし」
「じゃ、僕の家にキミを招待しよう。庭の鯉の池でアカハライモリでも眺めながら婆さんの手作りおはぎとミニトマトを食べようじゃないか」
「……? え、家に行っていいの?」
「ああ。家にも池にも行けばいい。婆さんにいつお迎えが来てもいいように、さっさと花嫁連れて来いってさ」
「服どうしよう? 制服が清楚で正装?」
「うーん、その正装は婆さんの旅立ちの日で大丈夫かな? 膝よりちょい短めの丈のイケイケワンピが彼氏の家と池に行くときの正装のはずだ」
彼女は彼氏に鞄を取られ、反対の手は繋がれて、明日のワンピの色と髪型の話をしながら教室を去っていった。
静まり返った教室に、少しずつ、いつもの放課後のざわめきが戻ってくる。
そして、彼女の友人たちは囁き合う。
「……キミちゃん、しっかりした子なのに……完全にあの男に振り回されている……」
「ほんと、何故あの男に惚れたのか……」
彼女が何故、彼氏を好きなのか?
謎は謎のまま、彼女と彼氏の明日の予定が決まっただけの物語……。