94 手合わせ
今日は久しぶりにサムとスティアート家で会うことになっている。私はザックと恋人になって、あんなに好きなはずだったのサムへの恋心はすっかり消え去った。
今ならきっと本当に彼の『妹』として会えると思ったのだ。
卒業したこと、そしてザックと結婚する報告を書いた手紙を彼に送ったところ事前にお祝いをしたいと連絡が来た。結婚式も招待したのだが、騎士団長になったサムは忙しくその日は遠征に出ているらしいのだ。
ちなみにサムは半年程前に私が舞踏会で仲良くしているところを盗み見てしまった、あの御令嬢の所に婿入りしている。
「デューク様、ご無沙汰しております。本日はお招きいただきありがとうございます」
「ああ、元気そうでなによりだ。よく来てくれたね」
「サム!いらっしゃい」
私も玄関までお出迎えをする。彼が先生をしている時、いつもこうしていたから。
「リリー、君はもう大人なのだから気軽な話し方はやめなさい」
「はい。申し訳ありません」
私は珍しくお父様に怒られてしゅんとする。
「デューク様いいんですよ。リリーが今更敬語なんて気持ち悪いですから」
「……君が良いならいいが」
「リリー、卒業と結婚おめでとう」
彼は爽やかな笑顔と共に、美しい大きな百合の花束を渡してくれた。
「ありがとう。嬉しいわ」
「あとこれ。君に似合うと思って選んだ。よかったら使って」
サムはとても人気でなかなか買えないデザイナーの素敵な食器をプレゼントをしてくれた。こんなことを言っては失礼だが、彼は流行りのものに疎かったはずだ。だから、きっと奥様のセンスが良いのだろう。ご実家が商家らしいからきっと買えるツテもあるのね。
「わぁ、素敵!これ人気で買えないから嬉しい。新居に必ず持っていくわね」
サムは喜んでいる私を見て嬉しそうに微笑んだ。こんな場所ではなんだからと、客間に移動してお母様も交えてお茶をしながら昔話に花を咲かす。
「幼いリリーがサムに自分がお菓子を作るって言って、砂糖と塩を間違えてたことがあったね」
「はは、そういえばそんなことがありましたね」
「もう!お父様!!そんな昔のこと思い出さないでください」
「ふふっ、さすがにあれは忘れられないわよ」
「まあ、お母様までそんなこと!」
みんなはくすくす笑っているが、私は真っ赤になって大声を出す。そうだ……以前に私は塩の塊のようなクッキーをサムに渡して食べさせたことがある。忘れたい黒歴史だ。
「しかし、サムはそれを全部食べていた」
「リリーが一生懸命作っていたのを知っていましたからね」
そう、そんな不味いクッキーを彼は残さずに食べてくれた。きっとそんな優しいところが好きだったのだと思う。
「でも塩と間違ったと知った時の、顔面蒼白なリリーの顔は今でも思い出せるよ。ははは」
「お父様っ!!」
私が怒っているのをみてサムとお母様はまた笑っている。
「でもあの日が信じられないくらい、君はどんどん料理上手になったよね。いつも訓練の後に美味しい差し入れを作ってくれていた」
「反省を活かして、努力しましたから」
「リリーはきっと良い奥さんになる」
私とサムはニッコリと微笑み合う。ああ、良かった。まるで本当の兄妹のようだ。
その時にノック音と「失礼します」という声と共にザックが部屋に入ってきた。
「ザック!どうしたの?」
「いや、時間が空いたから。やっぱりサムさんに挨拶しておこうと思って」
彼は少し気まずそうに目を逸らしながら、そう言った。もちろん今日サムと会うことはザックに伝えていたが、彼は用事があって当家には来れないと言っていたのだ。何処かへ出かけていたのかザックはお洒落をしている。
「良かった!来れたのね。サムから結婚のお祝いを貰ったのよ」
私は彼が来てくれたことが嬉しくて、ニコニコしながらザックに駆け寄って報告をする。
「急にごめんな。サムさん、ご無沙汰してます。お祝いまでいただいてありがとうございます」
ザックはサムに丁寧にお礼を言って頭を下げた。
「ささやかな物だよ。式に招待してくれたのに、仕事で行けなくてすまないね。今日二人に会えて、お祝いできてよかったよ」
サムはザックを見て優しく微笑んだ。
「アイザックは本当に格好良くなったね。体格もお父上に似てきた」
「あ、ありがとうございます」
「今日は特に洒落込んでるからな」
「……別に普段からこんなもんですよ」
お父様がニヤッと笑ってわざの『今日は』と強調するので、ザックはムっと拗ねている。ザックのこういうところが子どもっぽくて可愛い。
「久々に手合わせしないか?」
「いいんですか?サムさん、申し訳ないですけど俺もう負けませんよ」
「舐めてもらっちゃ困るね。でも、確かに君はかなり強くなったから、俺も気を引き締めないとな」
面白いからやったらいいとお父様が認めたため、家の庭で本当に二人で手合わせをしている。まるで昔訓練をしていた時のようだ。私は少し離れた場所からその様子を眺めている。
二人はほぼ互角でやり合っているように見える。昔はザックがやられっぱなしだったけど、今はサムにも負けていない。
話している内容は聞こえないが、カンカンと剣の激しくぶつかる音が鳴り響いている。
「アイザック、いい太刀だ」
「俺は魔法でも剣でも誰にも負けたくない!」
「その心意気、素晴らしいよ」
「何があっても好きな女を守れる力が必要ですから」
「そうか」
「彼女を絶対幸せにします。そして、俺と結婚してよかったと思ってもらえるように……誰よりも強くなる!!」
急にザックが深く踏み込み、サムの剣を思いっきり弾いた。ついに勝負がついたようだ。二人ともだいぶ息が切れている。
「はぁっ、はぁ。サムさん初めて俺の勝ち……」
ザックがそう言いながら、汗だくの髪をかき上げた時にサムは彼に素早く足払いして体を倒し両手を後ろで締め上げた。
「何するんですか!」
「ザック、俺の勝ちだ。誰が『剣』だけの勝負と言った?」
「ずるい!」
「ずるいだと?ルールのある品行方正な闘いは学生の時だけだ。実戦は卑怯なことをしても、生き残ったやつが勝者だと覚えておいて。これが俺からの最後の授業だ」
サムはニコニコとそう告げた。
「アイザック!サムにしてやられたな……最後まで気を抜くんじゃない。これを機に汚い大人の闘い方も学べ」
二人の様子を見ていたお父様はフッと笑った。
「くそっ!」
「ごめん、嫌なことをしたね。剣ではアイザックの気迫に負けたよ。君は本当に強くなった」
そっとザックの拘束を解いて、彼に手を差し伸べて立ち上がらせた。
「ザック!大丈夫?」
「大丈夫だ」
「ザック強くなったね。昔訓練受けてた頃とは大違いだわ」
「……次は完璧に勝つよ」
私は彼の傍に行き、土で汚れた所をタオルでそっと払ってあげる。その私達の様子をサムは嬉しそうに見つめていた。
「アイザック、よかったね。リリーに真っ先に心配してもらえるようになって。昔は意地悪言って嫌われて、タオル投げつけられてたのに」
くくく、とサムは思い出し笑いをしている。
「貴方に嫉妬してたから、素直になれなかったんですよ。格好悪い昔の俺はもう忘れてください」
「どうか俺の大切な妹を一生幸せにしておくれ。アイザックなら任せられるよ」
「はい。もちろんです」
サムは子どもの頃のように優しく私の頭をよしよしと撫で、ザックの肩をポンと叩いた。




