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8年越しの初恋に破れたら、なぜか意地悪な幼馴染が急に優しくなりました。  作者: 大森 樹


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92 卒業式②

 ザックの姿が見えなくなった瞬間に、私は沢山の御令息達に囲まれた。


「リリー嬢、最後の思い出としてどうか一曲踊っていただけませんか?」

「ああ、リリー様は今日もお美しい」

「アイザック様とご婚約していらっしゃるのは知っていますが、ずっとお慕いしていました」


 うわっ、どうしよう。お父様のところに行くまでにこんなことになってしまった。


「皆様、私などにお声かけいただき光栄です。でも、私は父に用事がございまして申し訳ございませんが失礼致しますわ」


 うふふと貴族令嬢らしく微笑んでかわそうとするが、卒業式という日が強引な気持ちにさせるのかなかなか引き下がってくれない。


「リリー様、そんなこと言わずに少しだけ」


 しつこくそう言ってきた男が私の腕を握った瞬間、背筋が凍るほど冷たい風が吹いた。


「私の娘に何か用かな?」


 後ろを振り返るとニコニコと笑顔でお父様が立っていた。その笑顔とは裏腹に声は低くて恐ろしい。


「い、いえ。なんでもありません」

「じゃあ、その手を離してくれるね?」

「はい、すみませんでした」


 周りにいた御令息達はみんな一気に散って行った。お父様は王宮を守る近衛隊の隊長であり、なかなかの有名人だ。敵に回すと面倒だとみんな知っている。


「リリー、大丈夫かい?アルファードのやつめ、私が君の傍に来てからアイザックを連れていけばいいものを」

「お父様、助かったわ。お母様も来てくださってありがとう」

「ふふ、リリーも大変ね」

「お母様、一曲お父様と踊ってもいいかしら?」

「もちろんよ。デューク、よかったわね」


 一緒に踊りたいと言った私に、お父様は珍しく少し照れている。実は、お父様と踊るのは久しぶりなのだ。


「相手に私を選んでもらえるとは光栄だよ」

「ふふ、お父様ったら」

「今夜、可愛い娘と踊れるとは思ってなかった」

「お父様と踊ると決めてきたのよ」

「嬉しいことを言ってくれるね」


 お父様の溺愛っぷりは相変わらずである。お父様と踊るのはとても安心する。大人の余裕というか、リードが絶妙に上手いのだ。


「君は本当に素敵な女性になったね」

「ありがとうございます」

「ダンスもとても上手になった」

「全てお父様のおかげですわ」


 お父様は嬉しそうにふわっと笑った。


「私は本当に幸せ者だな。私の娘になってくれてありがとう」

「お父様……」


 私は踊りながら泣いてしまいそうになる。お父様は「リリー、笑って」と言って微笑んだ。そう言われた私はとびっきりの笑顔を向けた。


「そう、それで良い」


 そのままお父様に身を委ね、踊りを終えた。穏やかだが優雅でとても幸せな時間だった。卒業式でお父様と踊れて本当に良かった。


 すると、お父様がこっちへおいでと何故かバルコニーへエスコートされる。そこにはマックスが庭を見つめながら一人立っていた。彼は私とお父様がいることに気が付き、驚いている。


「リリー、彼はもう明日旅立つらしい。しばらく会えないから挨拶をしなさい」

「え!明日?」

「デューク、いらないことを言うな」

「本当?明日から行くなんて聞いていないわ」


 お父様は私の頭をひと撫でして、マックスをチラリと見た。


「……リリーを頼むよ」


 そう言って片手をあげて去って行った。


「この姿の僕と二人きりでいるのは良くない。君は会場に戻りなさい」

「ここに誰もいないわ。ねえ、本当に明日旅立つの?卒業式後とは聞いていたけど……まさかそんなに早いなんて」

「本当だ」

「そう」


 彼は私に明日行くことを秘密にしていた。きっと、知らぬ間にいなくなるつもりだったのだろう。私はそのことにショックを受けた。


「一度君と本当の姿で踊ってみたかったが、叶いそうにないな」


 マックスは諦めたように笑いながら、そう哀しげに呟いた。


「踊りましょうよ!」

「だめだ……そんなことをしたら周囲がざわつく。ブライアンのことを知っているのはこの国のごく一部の人間だけだ。君に迷惑をかけたくないんだ」


 私はマックスの手を取り、ぐいぐいと引っ張って庭へ降りていく。


「おい!どこへ行くんだ」

「いいから」


 私は戸惑っている彼を無視してずんずんと進む。そこは庭にあるバラ園だ。ここは会場からはあまり見えないことを知っている。


 周りを見渡したが、まだ始まったばかりの舞踏会を抜け出している人は誰もいない。そして、微かにダンスの音楽は聴こえてくる。


「ここなら平気よ。ブライアン、一曲私のダンスのお相手をお願いできないかしら?」


 マックスはくっくっくと笑って、パチンと指を鳴らしブライアンの姿に戻った。彼は全身黒の礼服に紫のタイ、私がプレゼントした紫のヘアアクセサリーで髪をキッチリ縛っておりいつもより凛々しい格好だ。


「君には負けるよ……本当にいつも驚かされる」

「レディの誘いを無視するなんて紳士としてありえないわよ」

「そうだな。私が相手で良ければ喜んで。さあ、お手をどうぞ」


 私は彼の手を取り、そっと体を預ける。私は今までブライアンに沢山助けられた。最初の出会いこそ誘拐という形で最悪だったけれど、それから彼のことを知ってどんどん好きになった。よく揶揄われるし口も悪いけど、強くて大人で本当は優しくて素敵な人だ。


 彼との関係を表現する言葉が見つからない。保護者でも、友達でも……恋人でもない。でも紛れもなく私の大切な人だ。


 彼は私のことを愛している。自分のことは護衛のようなものと思えと言われたが……それは本心ではないはずだ。私は心も大人になってきた今、彼の複雑や気持ちがわかるようになった。


「リリーは美しいな」

「まあ、口が上手ね」

「見た目はもちろんだが、心が特に美しい」

「貴方こそ優しくて素敵よ」

「それは誤解だな。私が優しいのは君にだけだよ……他はどうでもいいならな」


 彼は話しながらも踊りやすいようにリードしてくれる。


「愛してる」

「ブライアン、私は」

「わかってるよ。言わなくていい」

「でも……」

「リリー、ダンスに集中して」


 彼はギュッとホールドを強くしてさらに体を密着させた。私が上目遣いで見つめると、彼は優しく微笑んだ。


 しばらくして曲が終わる。体を離すともう二度とブライアンに会えないような気がして、どうしても自分から手を下ろすことができなかった。


「困ったな。君から離してくれないと、ずっとこのままだよ」

「……また会える?」


 そう言った私に彼は穏やかな笑顔を向けるだけで、何も言ってはくれなかった。

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