90 髪紐【ブライアン視点】
今日はスティアート家に来ている。デュークと今回の事件と今後のことについて話すためだ。
「今回のことは陛下が隣国に抗議した。姉上の事件も隣国の先代王がステファンの父を筆頭に女神を奪う計画したことだと認めたらしい。今の王は話のわかる人のようでな……今回はステファンが単独で起こした誘拐だが、国に仕える者が事件を起こして申し訳ないと詫びを入れてきたらしい」
「そうか」
「遺体は当国で火葬した」
「……表向きはなかったことになるんだな?」
「ああ。秘密裏に我が国と不可侵条約を結ぶこと、あとは隣国の宝を渡すという条件のようだ」
「なるほどな。わかってはいたが、被害者のリリーには何の詫びもねえんだな」
「ああ。しかし、こちらからもそっとしておいてくれと申し上げた」
こちらとしてもあまり大事にはしたくない。この事件が公になると、リリーが女神であったことがバレてしまうからだ。それでは、周囲が騒がしくなる。きっと学校へも通えないだろう。
「じゃあ、解決なんだな」
「ああ。まさか能力が消えるなんて思っていなかったが姉上の願い通り、リリーは普通の女の子になった」
そう言ったデュークの声が震えている。魔法使い達がこぞって望む『女神の祝福』は彼にとっては呪いのようなものだったはずだ。母も姉も……愛娘もその能力のせいで人生を翻弄されていたのだから。きっとずっと、ずっと祝福が無くなることを望んでいたはずだ。
「私はリリーが卒業したら、この国を出る」
「そうか」
「陛下の孫が他国へ行くらしくて、その護衛が必要なんだと。陛下からリリー嬢の事が解決した今、お前はこの国にいたくないはずだから王命で外へ出してやると言われたよ」
私の心を見透かす陛下の顔を思い出してチッと舌打ちをする。
「君はずっとリリーの傍にいるのかと思っていた」
「彼女は結婚するんだ。女神じゃないリリーの傍に私が一緒にいられる理由が……何一つ見つからなくてな」
デュークは私を切ない顔で見つめる。
「しかも、私は彼女に振られた」
「振られた?」
「これからは、自分のために生きてくれと言われたんだ。私はリリーのために生きることが幸せだったんだが、彼女はそれを望んでいないようだ」
「まあ……娘が言いそうなことだな」
「いい年して格好悪いが、離れないと諦められなさそうでな。卒業式が終わってすぐ旅立つ」
「結婚式に来なくていいのか?ドレス姿のリリーはきっと綺麗だぞ」
デュークは私をチラリと見てそう聞いてくる。
「前言撤回するよ」
「ん?」
「前にアイザックに嫉妬するほど若くないと言ったが、私はまだまだ若いようだ。彼女の美しい姿は見たいが、リリーが私以外の男と一緒にいるのを目の前で見るのは辛そうだ」
「……そうか。わかった」
彼はそれ以上何も言わなかった。
♢♢♢
デュークと話を終えて、リビングに行くとリリーが待っていた。一緒にお茶をしようと言うので誘いにのった。
彼女にもさらっと他国へ行くことを告げると「寂しくなるね」と哀しそうな顔をしている。
寂しくなる……本音だろうが、簡単にそう告げた彼女に少しだけ腹が立つ。君が行かないでと言えば私は他国になど絶対に行かないのに。君を好きだから、諦めるためにこの国を離れるのだと言ってやりたいが言葉を飲み込んだ。
その時に髪をくくっていた紐がプチっと切れた。無理もない。リリアンに貰ってからずっと使っているのだから。まるでリリアンやリリーとの繋がりが切れることの暗示のようだと思った。
柄にもなく少しセンチメンタルな気持ちでいると、リリーがその紐を貸してと言い……自らの手でささっと新しい紐に作り直してくれた。
リリーは私の憂いをあっという間に払ってくれる。彼女といると心が自然とあたたかくなる。
昔リリアンにしてもらったように、彼女に髪をくくって欲しいと甘えてみた。先程私が彼女を揶揄ったことがお気に召さなかったのか、わざと髪をガシガシと強く引っ張っている。
私はそのわざとに気が付いてわざと大袈裟に痛がる素振りをすると、彼女は悪戯っぽく嬉しそうに笑った。
舌をペロっと出して得意げにしている様子がとても可愛いらしい。君を好きな男に、そんな風に無遠慮に近付いて笑顔を見せてはいけないと彼女に教えないといけない。見た目は大人なのに中身は少女のようで、そのアンバラスさが私の胸をざわつかせる。
「リリー……男に触れながら、そんな可愛い顔で悪戯するもんじゃないよ。油断してたら取って食っちまうぞ」
腕を引っ張り唇が触れる直前で寸止めする。彼女は頬を染めながら、驚いている。
(ああ、もうこのままキスしてしまおうか……)
そんなことを思っていると、ちょうどいいタイミングでリリーの侍女が声をかけてきた。そこで、彼女は正気に戻り私と距離を取った。さすが、できた侍女だ。その後、彼女は上手にキュッと髪をくくってくれた。
そして、彼女はお菓子を作ったとキッチンに取りに行ったため部屋に侍女と二人きりになる。
「実にいいタイミングで邪魔してくれる」
「まあ、なんのことでしょうか?」
「流石スティアート家の侍女だね」
「お褒めいただきありがとうございます」
彼女は素知らぬ顔で無表情で話している。
「だがリリーに恋人ではない男には無遠慮に触れたり、笑顔を振りまくなと教育し直したほうがいいぞ」
「貴方様の仰る通りでございます。でも、その天真爛漫さもお嬢様の魅力ですから」
「まあな。しかし、守らねばならない君も苦労が多いな」
そう言った私に、彼女は「私はお嬢様が一番大事ですから、できるだけお心のまま自由にお過ごしになって欲しいのです」と微笑んだ。
「やはり君はいい侍女だ」
リリーに彼女のような侍女が付いていると思うと安心だ、そう思っているとリリーはパタパタと小走りで部屋に戻ってきた。
彼女がくれたお菓子を貰い、スティアート家を去る。
自室に戻っても何もする気になれず、部屋のベッドに横になり髪をほどいて彼女がくれた紐を眺める。リリアンがくれた紐も入っているはずなのに、まるで新品のようにキラキラと輝いている。真ん中のビーズはリリーの瞳みたいだ。
――たとえ離れても、彼女だと思って大事にしよう。そう思い美しい紐にチュッとキスを落とす。
行儀が悪いが、貰ったケーキも寝転がったまま頬張ってみる。
美味い。私のためにわざわざ焼いてくれたのかと思うと嬉しくなる。だが……食べ進めると甘いはずなのに、ほろ苦く感じるのは私の心の問題だろうか。
「あと何日一緒にいれるかな」
結局この日はなかなか眠れず、強い酒を煽って無理矢理意識を飛ばした。
ここまで読んでいただいてありがとうございます。あと10話で完結予定です。




