9 喧嘩
この国では、少しでも魔力のある者は十三歳になったら六年制の魔法学校へ行くことになっている。私は簡単な魔法しか使えないので普通クラス。大多数はこのクラスなので、別に珍しいことではない。
ちなみに、アイザックは覚醒した日からぐんぐん魔力量が増え今ではこの国でも珍しい強力な力を持つ魔法使いになっている。そんな彼は特進クラスだ。
♢♢♢
「エミリー、聞いて!調理場を借りてクッキーを焼いたんだけどすごく上手くいったの。これを明日サムに渡すわ」
「まあ、良かったわね。きっとサムさんも喜ぶわよ」
「これ……試しに焼いたものだけど、お裾分け。味は間違いないから食べてみて」
「ありがとう」
同じクラスでとても気が合うエミリー・ウォーカーは私と同じ伯爵家の令嬢であり、親友だ。入学当初からすぐに仲良くなりもう三年の付き合いになる。
二人でキャッキャと楽しく話していると、どこからともなくアイザックが現れた。
彼は後ろからラッピングした袋を奪い、あっという間に中のクッキーをバリバリ食べ始めた。
「んー……まあまあ?」
「なっ!何するのよ!それ……上手く焼けたやつなのに」
「馬鹿じゃねぇの?サムさんがこんな甘ったるいもん好きなわけねぇだろ。あの人を何歳だと思ってんだよ」
アイザックはもぐもぐとクッキーを食べ続けながら、私に悪態をつく。
「酷い……一生懸命作ったのに」
私の目に涙が溜まってくる。それを見たアイザックは少しだけ困ったような顔をした――許せない。私はアイザックの脇腹に全力でパンチを入れる。私はサムの護身術を習っている成果がでているようで、ヤツの「うっ」と苦しそうな声が聞こえた。
「馬鹿!最低っ」
私はアイザックにそう言って教室を走り去った。これ以上いたら泣いてしまいそうだから。
「アイザック、あんたいい加減にしないと本当に嫌われるわよ」
「……わかってる」
アイザックは最近こんなことばかりしてくる。何でこんなやつになってしまったのか?魔力が増えたからって、調子に乗って性格も悪くなってしまったんだわ!大嫌い。
しかも……あいつはサムと私の時間まで邪魔してくる。サムが我が家に来る日にひょこっと顔を出し、彼に剣を習っているのだ。
「アイザック、いい動きになってきたな」
「ありがとうございます」
カンカンと剣を打ち合う音が庭に響いている。アイザックは強い魔法使いのくせに、剣も使いたいと訓練しているのだ。私は二人の様子を不機嫌に眺めている。
「はぁ……サムと二人きりになりたいのに」
私は勝手に来たアイザックを家から追い出そうとしたが、サムは強くなりたいという人を教えないわけにはいかないと受け入れた。サムは私の護身術の訓練が終わった後、アイザックに稽古をつけている。
訓練が終わり、汗だくのサムに「お疲れ様」とタオルを渡す。彼はありがとうとお礼を言って笑ってくれる。
「おい、俺には?」
なんでムカつくアイザックにタオルを渡さないといけないのか。私はふんっと無視する。
「意地悪な女は嫌われるぞ」
その言葉に私はカチンときた。
「優しくされたかったら、まずあんたが私に優しくしなさいよ!」
私は持っていたタオルを思い切りアイツの顔に投げつけた。
「痛っ!この暴力女っ!」
「なんですって?」
私はつい大声をあげ……隣にサムがいることを思い出し急に恥ずかしくなり顔が真っ赤になって黙った。
サムは私達を見てくっくっくと笑っている。
ああ、最悪だ。サムの前では大人しくて可愛い女の子でいたいのに。
「サム、ごめんなさい。こんな言葉……はしたなかったわ」
私はしゅんとして哀しくなった。
「俺は君の元気でお転婆なところ好きだよ。可愛いし、こっちまで元気になる」
そう言って私の頭を撫でてくれた。しかも、ありのままの私を好きと言ってくれたことに舞い上がってしまう。
アイザックはその様子を冷めた目で見つめている。どうせ、ヤツには恋する気持ちなんてわからないんだわ。
サムはアイザックに一言だけ何か言い、そろそろ帰るねと我が家を後にした。
「サムはさっきアイザックに何て言ったの?」
しかし、アイザックは私のその質問には答えてくれなかった。
「おい。いくら好きでも……大人のサムさんが、お前なんてガキを相手にするはずないだろ?いい加減諦めろよ」
なぜ……なぜこいつにそんなことを言われないといけないのか?私はアイザックの頬をパチンと打った。
「貴方に関係ない。放っておいて」
私はそう言って、部屋に走って戻りベッドに顔を埋めて泣いた。私とサムの距離は十歳の頃から全く縮まっていないことは事実だったが、それを他人に指摘されるのは辛かった。