89 変化
私は何事もなかったかのように平和に暮らしている。魔力が無くなった……といえど、もともと魔法でできることが少なかった私は何も困ることはない。
実技の授業は本当にブライアンが私に変化して受けている。これがまた完璧な変化で、気持ち悪いくらいだ。天才ってすごい。
一度練習のために我が家で私になってもらったことがあったが、パッと見は全くわからない。
「ザック、どうかしら?」
ブライアンが私の姿でザックに微笑みながら、首を傾げている。
「お前、やっぱりすごいな。見た目も声もほぼリリーだ」
「でしょう?スタイルも同じなのよ。ザックになら……特別に見せてもいいかな」
そう言ってもじもじと恥ずかしそうにした彼は制服のボタンをプチプチと開け、ザックにわざと胸の谷間を見せた。ザックの目線は明らかに私の姿をしたブライアンの胸を凝視している。しかも頬を染めて……!
私は「馬鹿!なにしてるのよ!早く変化を解いて!!」とブライアンをバシッと叩く。
彼はパチンと指を鳴らし、元の姿に戻った。
「お前は期待を裏切らない男だねぇ。くっくっく……まあ、若い男なら当然か。ザックのえっち」
ブライアンはゲラゲラと笑っている。ザックは「二度とするな」と彼をギロリと睨んでる。
「お前、私がリリーに変化してる時に間違って襲うなよ」
「襲うわけねぇだろ!!」
「胸見てたやつの言うこと信じられねぇな」
二人はギャーギャーと子どものような喧嘩を続けている。はぁ……。
そんなこんなで、完璧に変化したブライアンが私のしょぼい魔法量まで真似してキッチリ実技を受けてくれているのだ。はぁ……。
♢♢♢
今日はお父様に用事があったブライアンが我が家に来ている。もう話は終わったらしい。
彼は身代わりのことがあるためとりあえず私の卒業まではここにいてくれるが、その後は陛下の孫が他国へ留学するためその護衛としてついて行くことになったらしい。
「違う国旅してみたかったしいいかな、って」
「そっか。寂しくなるね」
しゅんと項垂れて、そう言った私を彼は無言でジッと見つめるので「なに?」と首を傾げる。
「……なんでもない」
彼はそう言って私から目線を外した。その時急にプチっと彼の髪の毛がほどけた。くくっている紐が切れたのだ。
「切れたな。ずっと使っていたから仕方がない」
彼は切れて落ちた紐を大事そうにそっと拾いあげた。そうだ、前にこれはリリアンがくれたものだと言っていたのを思い出した。きっと彼にとって宝物だ。
「ブライアン、その紐を少し貸してくれない?」
「これを?」
「あなたにとって大事な物でしょう?悪いようにはしないから!」
そう言った私に彼はそっと紐を渡してくれた。私はちょっと待っててと部屋に戻ってソーイングセットを持って来た。
同じ紫色の紐を探して、切れた紐を新しい紐と混ぜながら細く編んでいく。真ん中には小さな紫と黒のガラスビーズを入れて美しいヘアアクセサリーに仕上げた。
ブライアンは私が作っているのを興味深そうに見つめている。
「出来た!」
私は満面の笑みで紐を彼に見せる。彼は嬉しそうにそれを受け取った。
「ありがとう。リリーは器用だね」
「手芸は叩き込まれたからね。大抵できるの……でも花冠は貴方の方が上手だわ」
「君は器用だがなかなかダイナミック性格だから、花が折れるんだろ」
「何よそれ!酷いわね」
ブライアンはくっくっく、と笑っている。
「なあ、せっかくだから結んで?」
「いいわよ」
彼は珍しく甘えた声を出した。そして……私は良いことを思いついた!無遠慮に手を彼の頭の中に入れてガシガシと強めに髪をとく。
「――っ!痛い!」
私は彼が痛がる様子を見て、ニヤリと悪戯っぽく笑う。
「リリー、わざとだろ?」
「あら?痛かったかしら?ふふふ、私ダイナミックな女なの。ごめんなさいね」
してやったり!という顔でペロッと舌を出した私を横目でチラリと見た彼はグイッと私の腕を引いて、唇が触れそうな程まで顔を近づけた。
「リリー……男に触れながら、そんな可愛い顔で悪戯するもんじゃないよ。油断してたら取って食っちまうぞ」
「えっ?」
彼に耳元でそう囁かれ、私はかっと頬が真っ赤に染まる。取って……食う?彼が……私を!?
頭の中でぐるぐると色々考えていると、急にアリスの大きな声が聞こえてきた。それで我にかえってそっとブライアンと距離を取る。
「お嬢様!ヘアセットであればこちらの櫛をお使いになられるのが良いですわ」
ニコニコと笑顔のアリスが私に櫛を差し出してくれている。私はお礼を言って受け取り、先程とは全く違う優しい手つきで髪をまとめていく。
「できた。よく似合ってるわ」
「宝物にするよ」
彼は私に優しく微笑み、とても嬉しそうだった。そして、ブライアンはアリスの方をチラッと見て「君はいい侍女を持ったね」と彼女を褒めてくれた。
「そうでしょう!アリスは私が小さな頃からずっとお世話してくれてるの。大好きだわ」
「そうか」
「勿体ないお言葉ですわ。お嬢様……そういえばブライアン様にお作りになられたお菓子があるのではありませんでしたか?」
「ああ!そうだったわ。教えてくれてありがとう。ブライアン、ちょっと待っててね」
私はパタパタとキッチンに駆けて行った。戻ってくると珍しくブライアンとアリスが二人で話しているのが見えた。うんうん、仲良くしてくれたら嬉しい。
「これ!カップケーキ焼いたの。渾身の出来だからおやつに食べてね」
私はラッピングした袋を彼に手渡した。
「ありがとう。私は貰ってばかりだな」
「いいの。いつもお世話になってるから!また食べた感想聞かせてね」
「ああ。じゃあそろそろ帰る」
「またね!」
「またな」
私は笑顔で彼に手を振った。ブライアンは私の髪をひとすくし、キスをしたと思った瞬間に移動魔法で消え去った。




