88 目覚め
――誰かが泣いてる。これは、ザック?
「リリー……リリ……」
幼い頃の彼はよく泣いていて、私はよく慰めていたことを思い出した。それなのにいつのまにか彼は泣かなくなって、立派な男の人になった。
それなのに……今日は泣いているのね。どうしたの?辛いことでもあったの……?
「ザッ……ク……ど……したの?」
私は重たい瞼をゆっくりと開けた。
「リリー……リリー!気が付いたのか?」
彼の声が聞こえる。ザックは……昔のように涙を沢山目に溜めて私を心配そうに見ている。大丈夫と伝えると、冷静になったのか泣いている姿が格好悪いと恥ずかしそうに目を擦っている。
格好悪くなんてない。私にとってザックはとても格好良い。
「私を好きになってくれてありがとう」
彼にずっと伝えたかった。私を好きになってくれて、選んでくれて、愛してくれて嬉しいのだ。
ゆっくりと起き上がり、ザックと抱き合いキスを交わした。彼の体温や匂いが心地よい。ああ、私は幸せだ。
♢♢♢
意識が戻ったことをザックがみんなに伝えてくれると、部屋に沢山の人が押し寄せてきた。たくさんの人に心配をかけていたのだと申し訳なく思う。
「リリー、意識が戻って本当に良かった」
「貴方が誘拐されたと聞いた時から、私はずっと生きた心地がしなかったわ」
両親は私をぎゅっと抱きしめ、無事をよろこんでくれた。お母様がポロポロと涙を流す姿を見て、私も涙が流れてくる。
「ご心配をおかけしました。大丈夫です……みんなに助けてもらって……っひっく、ひっく」
泣いているお母様をお父様が、私をザックが支え慰めてくれている。
「本当によかった。僕……結局姉様に何も出来なくてごめん」
「アーサー!何言ってるのよ。一緒に私を探してくれてたって聞いたわ。ありがとう……心配かけたわね」
「大丈夫なの?痛いとこない?」
「ないわよ。大丈夫」
……っく……彼は私の胸で声を殺して泣いている。私はみんなから彼の顔が見えないように、よしよしと背中を撫で続けた。
その後ろでアリスも他の侍女達もぐすぐすと泣いている。私は彼女達に「心配かけたわね。ありがとう」と微笑むと「お嬢様っ……」とまた泣いている。
私は沢山の人達に愛されていて幸せだ。そしてみんなが部屋を出たその最後に……ブライアンが入ってきた。彼をチラッと見て、ザックは部屋を出て行った。
「リリー」
「ブライアン良かった……生きてる。ちゃんと生きてるのね」
「ああ、君のお陰で生きている」
私は彼が本当に生きていることが嬉しかった。彼は私に近付き力強く抱きしめた。
「君はなんて無茶なことを!あんなことをして、もし死んだらどうするんだ」
「ふふ、貴方がそれを言う?」
「女神の祝福を手放して……私を生き返らせるなんて」
「貴方の命の対価なら安いものだわ」
「全く……君には敵わない」
「ブライアン助けに来てくれて、命懸けで守ってくれて……ありがとう」
彼はさらにギュッと強く私を抱きしめた。
「リリーが生きていて良かった。こちらこそ、ありがとう」
私は彼に微笑み、もう祝福のない私を守る必要はなくなったためブライアンはブライアン自身の幸せを見つけてほしいと話した。
彼は少し哀しそうな顔をしたが「わかった。リリーが救ってくれた命、これからは自分のために生きる」と約束してくれた。
♢♢♢
その後、自分の状態を確認するためにお父様が隠し持っていた測定器に触れたが……やはり私はすっかり魔力がなくなってしまっていた。
「これじゃあ、もう魔法学校に通えないわね」
いくら普通科といえどもたまに実技の授業もあるし、卒業前に魔法量の測定もある。魔力が全くないとなると、支障が出るのだ。
学校は中退になるのか……エミリーにも会えなくなるのねと私と哀しんでいた。
「大丈夫だ。そのまま通うといい」
お父様はニコニコと笑いながらそう言っている。
「え?でも……お父様、全く魔力がないとなるとやはり誤魔化しきれませんわ」
少し考えればわかることなのに、お父様はなぜそんなことを言うのだろうか?と疑問に思った。
「ちょうどいい男がここにいるじゃないか。なあ、ブライアン」
「あー……ああ。そういうことね。そうだな、リリー大丈夫だ」
私はよくわからず首を傾げる。
「普通科の実技はたまにしかないだろ?その時と魔力測定日だけブライアンに変化してもらえばいい」
「私は自由に魔力量も調整できるから安心しろ。バレないさ」
大人達はさも当たり前のようにサラッとそう言った。
「ええーっ!」
私は驚いて大きな声を出してしまう。
「いや、流石にそんな嘘は駄目でしょう!俺との結婚を早めて、彼女は中退ってことでよくないですか!!」
ザックは早く結婚したいことを何気にアピールしている。
「急に魔力がなくなるなど前代未聞だ。なぜ無くなったのかを正直に話すと、リリーが女神だったとバレてしまう。それはどうしても避けたい」
「そうだ。結婚するために急に中退というのも体が悪いよな?妊娠したのかと思われるぞ」
妊娠……そう言われて、私とザックは二人ともぶわっと頬を染めた。私達は清い関係なのにそんなことを勘違いされてはたまったものではない。
「だから、ブライアンに頼もう。私はリリーに卒業して欲しい」
お父様は周囲から真面目と思われがちだが、目的のためなら手段は選ばない。大事な物を守るためなら、ルールを破ることも自らの手を汚すことも何とも思っていない。
それに、器用なお父様はそれを周りに気づかれないように上手くやるのだ。さすが伯爵家の主人と言うべきか、なかなか食えない男なのである。
「でも……学校やみんなに嘘をつくことになっちゃうわ。私もう魔法使いじゃないのに」
そう言った私にお父様は優しく頭を撫でた。
「リリーは嘘のつけない優しいいい子だね。でも、なんの問題もない。君は卒業したら結婚するんだし、魔法使いとして働くわけじゃない。君が魔法使いかそうじゃないかなんて誰が気にする?」
「そうだけど……」
「じゃあ、いいね。そうしようね」
お父様はニコッと笑い、私のおでこに優しくキスをした……これは「もうこの話は終わり」の合図だ。そして、お父様の言う通り私はこのまま学校に通い続けることが決定した。




